目を覚ましたら、そこは別の世界

 ナイトが目覚めた時、彼の足は地面についていなかった。


 お腹のあたりにがっしりとした腕が回り、誰かに抱きかかえられている。乱暴でガサツなその扱いはとても気を遣っているとは思えない。

 それもそのはず、その腕の持ち主は今は駆け抜けることだけに夢中で、それ以外のことに気を回している余裕など欠片もなさそうだったから。





「くそっ、なんで、なんでこうなったんだよ!」





 聞き慣れた声が、啜り泣く声が聞こえる。

 上下に激しく揺さぶられながら、コナーは茫洋とした意識を頭を振って揺り戻す。そして、その唇を震わせて、





「...こ、なー。ここは」


「ーー!ナイト、すまない、話は、後だ」





 走りながら悲痛な声を上げて、コナーの顔がこちらを避ける。

 虚ろな瞳でそれを見上げて、ナイトは彼のその顔に思わず喉をひきつらせる。


 血を浴びたのか、顔全体をドス黒い赤で染めている。体中のあちこちに昨日まではなかったはずの傷が重なって血を滲ませる。

 満身創痍の上に、手に抱えている荷物を庇いながら駆け抜けた結果がこれだ。


 何も分からない、寝る前と寝た後で真逆に入れ替わった世界に思考を放棄しかけた、

 その直後、





「ーーっ!バーナ!」





 炎の詠唱が行われ、燃え上がる粉塵に森が焼失ーー途上にいた魔族の肉体を燃やし、飛びかかろうとしていたその身を消し炭へと変えた。

 途端、明らかに駆け抜けようとする速度が落ちた。





「ーーくそぉぉ!動けよ!俺の体ぁぁ!」


「こ、コナー!な、なんだよその傷!どうしたんだよ落ち着いてよ!何をそんなに焦ってるのさ!」






 体力の限界に発破をかけながら以前前へ進もうとするコナー。

 彼のその痛ましい姿を見て、ナイトは当然止めに入った。


 焦るコナーに叱責し、無茶を止めようとすふナイト、それでも彼の焦りを払拭できない、体に回る腕の力は抜けない、寧ろそれは強くなる一方で、


 途端、天地が翻りーーナイト自身が、それを抱えているコナーが、身を捻って空を踵で蹴り切り、また一つ、異形の亡骸が出来上がる。





「ーーまだ、まだだ、ここで止まっちゃ、いけな、いん、だぁ...」






 もはやそれは一種の狂気、

 限界を迎えても止まらない、溢れる血が止まらなくても足を止めない。

 命令に使役される傀儡の様に、まるで生き霊に取り憑かれた子供の様に、執念だけが前へ前へと進む。ーーそして、


 絡まる腕の力が緩み、拘束されていた体が浮遊感に包まれる。


 自由落下の法則に従い、ナイトの体は乱雑に地面に叩きつけられ感じるのは軽い擦った様な痛み、だけなはずがない。


 ーー目の前に地面に伏している少年がいる。





「ーーこ、コナぁぁぁぁぁ!!!!!」





 目の前に倒れ込んでいる少年ーーコナーは瞳から光を失い、全身から力という力が抜け落ち、亡骸の様に地面に伏している。

 それは誇張でもなんでもなく、本当に死んだかの様にピクリとも動かない。


 そんな彼を抱き寄せ、混乱する思考はただただ涙を流し、

 ーー嘆きだけが森中に響き渡る。


 ここはどこで、何があって、少年がなぜ傷ついているのか、夜風の吹く風に金髪を靡かせる少年には何一つとして分からなかった。

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