在りし日②
そんな二人で一心同体の毎日、夢を追いかける為に毎日を奔走している時。
ーー違和感があった、最初は感じることもないくらい小さくて、どうせ自分の勘違いだろうと、そう思っていた。
そうやって気づく機会を何回も設けられ何度も何度も見逃し、ようやく気付いた頃には既に無視できないものへとなっていた。
歳は十二を越え、身体も大きくなり、精神的にはまだ子供で薄弱な年頃。
その成長段階の途中にある幼い眼には、すべてのものが遅く見えていた。
村を歩く優しい他人が、空を泳ぐように羽ばたく鳥が、目の前で木刀を振るう少年の剣筋が、全てが全て遅く、見切れてしまう。
焦り焦る。
世界が全て変わってしまった、居心地の良かった世界、自分を救ってくれた世界、その世界に一変の歪みひずみが生まれる。
この歳にしてコナーは人生を悟った。
自分の成長を悟られてはいけない、感じられてはいけない、少年に気づかれてはいけない。
もし気づかれてしまえば、
世界が、少年との関係がーー終わってしまうと思ったから。
その時からだろうか、コナーは心の底から楽しむということができなくなった。
真実を包み込み、誰にも悟られないように真実を隠すという、一種の狂信めいた思考に怯える毎日。
真摯に剣に打ち込む恩人に対し、悟られぬように手を抜き続けることの苦痛がどれほどのものなのか、十二の子供に与える影響力は計り知れないものだった。
ーーこれは『罪』だ、
両親を亡くし、住むべき場所を亡くし、いまだに立ち直れていないであろう同族をさし置き、それでものうのうと楽しく生きてきた自分に課せられた『運命』。
運命ならば仕方ない、運命なら抗うことはできない、運命なら抗って勝てるものじゃない。
そう、自分は生涯を運命という名の罪と随伴して生きていかないといけないのだと諦めた。
ーーそんな諦めを甘受した瞬間から三年の時が経った。
〜〜
誕生日前夜、コナーは暑さによる寝苦しさを感じて目を覚ました。
木造の寝台から起き上がり、汗だくの体から掛け布団を引き剥がす。辺りを見回して彼は安堵した。
隣には愛しの恩人ーーナイトが安らかな寝息を立てて眠っている。
不快に滴る汗を拭い、二度目の眠りに就こうとするが一度目同様、暑苦しさが睡眠を阻害してくる。
嫌な予感が背筋を伝った。
寝惚けてまだ開かない視界を酷使し、周りを見回す。
特に違和感のあるものはない、いつもと何も変わらないはずの部屋だけが存在している。
外の空気を吸いにーーそう考えた時、コナーは遅まきに失してようやく気づく。
部屋の窓が赤く輝いて、否、これは窓のさらに先にある村全体が赤く輝いて、いやこれも違う、正確には村全体が燃えているからだと。
少年を置き去りにし、外へと向かう。
触れた扉の熱さに手を離し、コナーはその事実に思い至る。
眠っていた嗅覚が目覚めて焦げ臭さを感じ取り、全身に力を込めて戸を蹴破ってそのまま外へ、外へ
この瞬間においてコナーを支配するのは妄想だった。
窓から見えた燃える町は幻であってほしい、扉の先にはいつもの村の人たちがいて笑っていて欲しかった、記念すべき門出を祝って欲しかった。
その思考が、家の外で目の当たりにした光景に一瞬で塗り替えられる。
集落の中央、いつもコナーとナイトで剣を合わせている場所に高く積み上げられた黒焦げの死体の山。
燃え盛る家々、焼き払われる木々、見慣れた世界が一瞬で赤い地獄へと変わっている。
炎に炙られ、捩くれた死体の中に親しんだ顔が並んでいるのが見えて、コナーは即座に思考を放棄して、崩れ落ちた。
そんな彼をゆっくりと取り囲む、全身を毛皮に覆われた魔族。返り血で染めた顔は口端を吊り上げている。
が、そこには友好の光は一切感じられない。
コナーの頬には似合わない微笑みが浮かべられていた。
それは幼い少年が感じるには達観しすぎた、全てを諦めてしまった顔だった。
その痛ましさすら伴う表情に、魔族は何も取り合わない。
手を振り上げ、その黒く鋭い爪を少年へ向けて振り下ろしーー直後、影の首が一斉に吹き飛ぶ。
鮮血、同時に三つの命が奪われ、飛ばされた首は自らの絶命に気づかないほど鮮やかな手並み、断末魔すら上がらない。
毎日早朝の一時間に食らい続けた魔力の脈動、それを肌に直接得て、シスターの仕業だと確信する。
それを見取った瞬間、コナーは立ち上がる。
シスターが何処かにいるのならば、助けを求めなくてはならない。
視線をめぐらせる必要もなく、すぐに彼女の姿は見つかった。
いつも太陽のような存在だった彼女は顔を悲壮に歪め、コナーに駆け寄ると抱きしめる。腕の中の彼に怪我がないことを確かめ、安堵するかのように弛緩する体。
その体にコナーは全てを委ねていた。
ーーその後のことは、あまり覚えていない。
唯一覚えているといえば、あの優しかった、いつも優しく微笑んでくれたシスターの真剣な顔だった。
彼女はこう言った、「早くここから逃げなさい」と。
多分その言葉に従ったんだ思う。
それが最善で、何より正しい。シスターの言うことはいつだって他人を思いやる励ましの言葉だったのだから。
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