在りし日①

  ーーその時の光景はいつまでたっても忘れることはないだろう。


  振るわれる爪、飛び散る血。

  見慣れた景色が血で染められ、見知った人たちが物言わぬ亡骸へと変わっていく。


  終わってしまった世界、葬られた世界、報われなかった世界。

  ただただ残酷で、ただただ理不尽で、ただただ傷つけられるだけの、そんな世界。


 手を伸ばし、指を動かし、唇を震わせながら、無駄だとわかっていても、それでも懇願する。


  そんな救えるはずのない世界でも、そこは自分にとって大切な故郷なのだから。

  ずっとずっと、夢を追いかけるために勤しんできた、居心地の良かった世界。


  壁を取り払い、広がった世界の眩しさに目を細めて、肌を焼く炎の熱さと色を、焦げ付く血の臭いと色を、宙を舞う『風』の美しさとその色を、全てをその眼に、開ききっていなかったその眼に刻み込んでーー、


  もう終わってしまうかもしれない世界の中で、自分が何を思っているのか。

  そのときに得てしまった感情ーーそのことはきっといつまでも忘れないから。





 〜〜





  ーーコナーという少年にとって、この村は不便ながらも、とても居心地のいい日常だった。


  早くから親を亡くし、孤児の中にあって、悲しみに嘆いていた自分をただただ優しく向かい入れ、みんながみんな心を開いてくれる。

  『心の鍵』、早くから親を亡くした子供はどんなに人に優しくされようと、決して心を開かない、優しくされればされるほど疑念は膨らみ、より一層硬く鍵を締める。


  それは何者よりも固く、固く閉められ、何人たりとも入る余地を与えない。

  唯一、『心の鍵』を緩めることが出来るとすれば、それは同族の『絆』しかない。


  強大な乖離を望む少年は奇跡を望んでいた、その想いとは相反する感情に、救済の念は日々強くなる。

  もっとも、そんなコナーと同じような境遇の少年なんて、そう滅多にいるものじゃない、そう、いるはずがない、況してやこんな辺境の地で、悲しみを分け合ってくれるそんな同族は...そう思い、半ば諦めかけた時だった。


  ーー手を、差し伸べられた。


  信じられなかった。いるなんて微塵も思っていなかった。

  自分と同じ境遇の子供がこんなに近くにいてくれたこと、手を差し伸べてくれたこと、全てに感謝した。


  ーー涙が、止まらない。

  自分が悲しみを溜め込んでいたこと、少年の何気ない手に自分が救われたことを涙が如実に物語る。


  そうして辺鄙な街の孤児となった子供ほど、『心の鍵』が緩まるのは早かった。

  毎日毎日を少年と共に過ごし、下手をすれば片時も離れたことがないというほど共に時間を潰した。


  それは身寄りのないコナーにとって幸福な時間だったのかもしれない。

  赤の他人を優しく迎え入れてくれた村で過ごし、いつも宿を貸してくれるシスターに感謝し、共にかけがえのない少年と笑い合って話が出来ること、

  全てが全てコナーにとっては大事なものだったのかもしれない。


  ーーそんな時、少年がある報告をしてきたのである。

  世界には『冒険者』という職業があるらしい。

  時にはクエストとして魔族を倒して、時にはクエストとして世界を冒険し、時にはクエストとして人を助けるそんな職業。


  ーーこれだと思った。

  世界には絶対に存在するはず、

  救いの手すら差し伸べてもらえず、日々を拙い足取りで過ごす弱者が、

  悲しみに溢れ、苦痛を分け合うことのできない同族が。


  夢が広がった、

  救いたい、心の根底からそう願った。


  それからと言うもの、コナーと少年は日々を遊戯ではなく、夢へ近づく毎日へと自然と変わっていった。


  はじめは何もわからない、剣の握り方も、振り方も、魔族の倒し方も、魔法の使い方も、

  試行錯誤どころか、どれが間違っていてどれが合っているのかさえわからない、壊滅的な状態。

  無論二人もこんな状況を変えようと努力をした。

  幼い子供の稚拙な努力に過ぎなかったが、それでも強くなろうと二人で考えた。けどーー知識が皆無だった。


  そんな時、またしても少年が報告をしてきたのである。

  いつも宿を貸してくれるシスターが元冒険者だと言う。


  コナーと少年はいつもの剣のぶつけ合いに疲労し、帰ってきた時、ダメ元でシスターに聞いてみた、本当にダメ元だった、

  彼女は年若いにも関わらず、二人の修行なんかよりよっぽど奔走している、

  それはそれは眩しく、美しく、明るく太陽のように村全体を照らし、今を生きている女性だった。


  しかし、シスターの頭は垂れていた。

  上げた顔は微笑んでいて天使かと見間違うほど美しかった。

  毎日早朝の一時間だけ、それが彼女が提案してきた『了承』の時間。

  コナーと少年は嬉しさのあまり彼女に抱きつき、感謝を伝えた、何度も何度も、自分たちの気が済むまで何度も、その間もシスターはただただ微笑んで二人を抱擁していた。


  この一日を境に二人の実力は見違えるように上がっていく。


  分からなかった剣の握り方も、振り方も、シスターに習い、感じ、時には盗み。

  魔族の倒し方も、シスター同伴の元、外へ出かけて実際に倒し、

  魔法の使い方も、魔力の脈動を身を以て味わいながら、会得することができた。


  とは言えまだ幼い少年、外の世界でやっていくには実力不十分。

  実際に魔族と戦ってみてそれは理解していた。


  けれどもそれも十五まで、二人は来たるべきその日のために、毎日毎日、幸せな日常を送っていく。

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