冬の章・14 とても平和な忘年会

 急遽、加藤眞子が忘年会に出席すると聞いて、行くのをやめようかと思った。

 しかし、自分が不在の時に、あることないこと吹き込まれては敵わない。仕方なく思い直したが。

 うん、出てよかった……かな。

 橘が選んだ店は、子供の頃に両親と何度か訪れたことのあるところだった。

 店は古いが清潔で、雰囲気とそうかわらない気がする。

 思いがけず懐かしい場所に、再び訪れることができたのは喜ばしく思うが、この面子では懐かしさに浸っているわけにはいかない。

 特に眞子は要注意だ。言わなくてもいいことを、職場関係者に吹き込む可能性が充分に高い。

 加藤眞子。人をからかうことを生き甲斐にしたような人物だ。

 元々篠原とサークルで一緒だったとかなんとか。気が付くと、何かと絡まれる大学時代。当時は交際相手もいたが、あまりにも眞子が絡んでくるものだから、誤解をされて破局を迎えた……という苦い経験もある。

 眞子曰く「信用されていないってことは、その程度の付き合いだったのよ」とのこと。

 信用も何も、付き合ってまだ数カ月だ。信用も信頼もこれから培うところだったというのに。

 とにかく彼女は、未だに要注意人物であることには変わりない。


「この梅ジュース美味しいわね」

 チェイサーにと、眞子が日本酒の合間に梅ジュースの入ったグラスを傾けている。

「いやー加藤さん、イケル口なのにジュースなんて飲んでちゃダメですよぉ」

 すでに酔いが回って来た橘は、ケラケラと笑いながら眞子の杯に酒を注ぐ。

「何言っているの。延々とお酒を飲むためにはチェイサーが必要なのよ。ほら、あなたも飲みなさい」

「えー、どうせならサワーに」

「サワーじゃチェイサーになりません」

 すかさず順也がツッコんだ。それを見たひなたは、クスクスと笑っている。

 そして誉と篠原は、意外と意気投合した四人の様子を生暖かく見守っていた。

「いやー平和だねぇ」

 しみじみと篠原は呟くと、ビールをぐびりと飲み干した。

「平和か?」

「だって、美味いもん食べて、美味い酒飲んで、気が合う面子で集まって騒いで、これが平和じゃなくて何なんだい?」

 いつになく、篠原らしくない台詞だ。だがまあ、篠原の言わんとすることも、わからないでもない。

 気が合う面子……かどうかはさておき。

「まあ……確かに、そうかもしれんな」

 なんだかんだ、篠原と眞子とは長い付き合いだ。認めたくはないが、ある意味気が合うからここまで付き合いが続いているのかもしれない。

 話に散々出てきた女子大生が、ひなただと恐らく気付いているだろう。普段の毒舌はなりを潜めているところを見ると、やはり初対面の相手が多いから遠慮しているのかもしれない。

 いや、彼女眞子の辞書に「遠慮」なんて文字はあっただろうか。

 一抹の不安がよぎる。

 いや、大丈夫だ。眞子も年月を経て、丸くなったのだ。きっと。

 自分に言い聞かせ、胸の中に渦巻く不安を押し込める。

「へえ、年末出張なの。大学の先生も大変なのね」

 自分のことを言われたのかと、思わずドキッとする。しかしそれは杞憂なようで、橘に対しての言葉だった。

「いえいえ。どうせ家でダラダラしているより、仕事していた方が気楽ですから。実家に帰るたびに『結婚はまだか。彼氏はできたのか』って言われる身にもなってくださいよ。切ないったらありゃしませんです。だから今年は仕事ですから! ってことで帰りません!」

 熱弁を振るう橘に、眞子は「あら?」と不思議そうに小首を傾げる。

「隣りのイケメンくんは、彼氏じゃないの?」

 すると橘は「とんでもない!」と大きく頭と両手を振った。

「いやいやいやいや! あり得ませんよ。そもそもそんなこと言ったら小原くんに気の毒ですよ。未来アリ、将来アリの若者に失礼極まりありませんよ。ね、山田さん?」

 突然話を振られて、ひなたは一瞬戸惑った様子だが、眞子と橘、順也の顔を順番に見てから恐る恐る口を開く。

「ええと……いいと思います、よ?」

 まさかの発言に、橘は驚愕の表情を浮かべる。

「ダメです! 男の人が年上はありだけど、女が年上なんてダメ! わたしの中ではあり得ません! わたしは落ち着いた大人の男性が好みなんです! 甘え倒したいんです! それに女の方が先に年を取るんです! 年が離れていたら、見た目年齢差が激しくって大変ですから。ねえ小原くんも、そう思うでしょ!?」

 それまで沈黙を守っていた順也は、ニコリともせず真顔で告げる。

「俺に聞かれても困ります」

「ね! だよね! ほら、小原くんだって嫌がっていますよ」

 ほら見たか、と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし。

「いえ、俺が困るっていうのは、三花先生が望む言葉は口に出来ないから困るってことです」

「ええと……それはどういう意味かな?」

 混乱する橘に、順也は黙って両腕を広げる。

「つまり、年上でも大歓迎ってことです」

 橘は「ひいぃっ」と悲鳴と共に身を引いた。途端、背もたれのない椅子から転がり落ちてしまう。

「橘先生っ!」

「三花さん!」

 ひなたと順也が慌てて、橘救出に立ち上がった。

 しかし、眞子は立ち上がりもしない。くるりと誉と篠原の方へと振り向くと、至極冷静な意見を述べる。

「…………場所、変えない?」

 眞子の言う通り。少々騒ぎ過ぎだ。

「同感だ」

 誉が頷くと、眞子は、ぴっと人差し指を立てる。

「じゃあ早速撤退の準備よ。飛沢くんはお会計。真人くんは次のお店を探す。小原くんと山田さんは、橘先生の介抱をお願いね」

「で、眞子さんは?」

 何をするの? と果敢にも篠原は問う。すると眞子は艶やかに微笑む。

「お化粧直しに行ってくるわ。じゃあよろしく」

 ポーチを手にして席を立つと、颯爽とお手洗いに向かっていった。


「君が許しても、世間が許しません!」

 

 酔っ払った橘の声が、店中に響き渡るのだった。

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