冬の章・11 クリスマス? いえ忘年会です

 そういえば、12月には忘年会の他にクリスマスというイベントがあることを忘れていた。

 智美が「彼氏とクリスマス、ネズミィーランドに行くんだ」と自慢げに語るのを聞いて思い出した。

「そっか、クリスマスかぁ……」

 気付けばカフェの様子も、いつの間にかクリスマスっぽい。

 今飲んでいるコーヒーカップも、クリスマス仕様で赤と緑を基調としたデザインになっている。

「ひなたは、例の気になる人と過ごせばいいんじゃないの?」

 たっぷりの生クリームの上に、フリーズドライの苺の欠片が散りばめられたドリンクは、まるで白いクリスマスツリーのようだ。智美は生クリームを崩さないように、そっとカップを傾けている。

「24日はもう予定入っちゃってて」

「ええっ! 何なのその予定とやらは!」

 期待に満ちた智美の視線が痛い。何より期待に沿えなくて申し訳ない。

「……忘年会、橘先生主催の」

「はああ?! 即断るべし!」

 やっぱり、そういうと思った。

「でも……断りにくいなあ」

 弱気にへらりと笑うと、智美は真剣な眼差しで説いてくる。

「あのね、クリスマスだよ? しかも相手がいるのに忘年会って……橘も、なんでよりによってクリスマスに忘年会ぶち当ててくるかな!?」

「お店が24日しか空いていなかったんだって」

「お店ってどんなところ?」

「先生おススメの串焼き屋さん。日本酒と梅酒の品揃えが良いんだって」

「クリスマスに串焼き屋……しかも日本酒と梅酒……………」

 確かにネズミィーランドへ行く智美からしたら、クリスマスの雰囲気はゼロだ。

 頭を抱えて嘆く智美に、ひなたは一応フォローをしておくことにした。

「でも、梅酒なら飲めるってわたしが言ったから。一応先生、希望を取り入れてくれたみたいだし」

「でもクリスマスだよ!」

 どん、とテーブルに拳を叩きつける。

「忘年会断ったところで、例の人とクリスマスが過ごせるとは限らないし」

「弱気だなぁ」

「あはは……」

 ひなたは笑って誤魔化してみる。

 別に弱気というわけではない。

 この忘年会には飛沢が参加すると聞いているからだ。クリスマスを過ごす、というわけではないが、一緒に過ごせるなら忘年会でも何でも構わない。

 でも、それを言ったら智美に自分の好きな人が誰なのかバレてしまう。

「あ! わかった! いるんでしょ、忘年会にその人が」

「え」

 つい驚きを隠せなかった。もろに顔に出てしまったのだろう。智美は「やっぱりね」と満足げにほくそ笑む。

「そっかあ、そっかあ。いるんだあ、ひなたの好きな人が」

「えと、あの、そういうわけじゃ」

 ひなたは焦るが、智美はとても楽し気だ。

「じゃあ、わたしも忘年会に参加させて貰おうかな。橘先生に頼んで」

「それは……」

 どうしよう。どうやって誤魔化したらいいだろう。

 ひなたが焦れば焦るほど、智美のニヤニヤが止まらなくなる。

「橘先生が主催の忘年会ということは、大学の人ってことだよね?」

 ぎくり、とひなたは肩を強張らせる。

 智美ちゃん……鋭すぎる!

 ひなたの顔色を見て、確信を得たと言わんばかりに智美はさらに笑みを深める。

「ええと、年上だったっけ? ひなたの交友関係から考えると、もう相手は絞れちゃうなあ。最初は順也くんかと思ってたんだけどね。好きな相手に恋愛相談って、たまにあるパターンだけど、わたしも交えてだし……」

 心臓の鼓動が早すぎて痛いくらいだ。

「どう聞いても相手は順也くんじゃないよね?」

「あは、ははは……」

 ここは笑って誤魔化そう。もし飛沢の名前が出たら、肯定はできないし、否定はしたくない。

「となると、たまにしか会えない人でしょ? となると飛沢先生は違うかな」

 智美が考える候補から、さっそく飛沢が消えた。

「あははは……」

 よかった……。

 内心ホッとしてしまうが、思っていたよりもあからさまに表に出ていたらしい。智美がそれを見逃すはずがない。

「……わかった」

 智美がポツリと呟いた。

 何がわかったというのだろう。いや、聞くまでも無い。

「最初はあんなに怖がっていたのにさ。ギャップ萌えってやつなのかな……えー結構年上だよね? でも恋愛初心者のひなたには、がっついている男の子より、大人が相手の方がいいかも……? いやー、でも意外。でも結構お似合いかな? 話を聞くところによると、結構大事にしてくれているみたいだし、簡単に手も出せないだろうし。立場的に」

 智美はひとり言のように、ブツブツと呟く。

 好きな人が、飛沢先生だって……バレた?

 多分バレた。きっとバレた。

 途端、顔に一気に熱が集中する。恐らく茹ダコのように真っ赤になっている自覚はある。心臓がもう、口から飛び出そうだ。

「念のため確認だけど、まだ付き合っていないんだよね?」

「う、ん」

「相手に好きって言われた?」

「……言われていない」

「でも、明らかに好きだよね。ひなたのこと。まあ、言えないかー言えないよねー。ひなたの方が頑張らないと、前に進めないかもよ? あの人、超が付くほど真面目そうだから、学生に手を出しちゃいけないって思っているんだろうし」

「前に、進む……?」

「だって、付き合いたいと思わない?」

 確かに以前は彼氏が欲しいなって思っていた。だけど、彼氏が欲しいから飛沢を好きになったわけじゃなくて。

「好きな人と、付き合わないといけないのかな?」

 智美は一瞬、呆気に取られたように瞠目するが、やれやれと生暖かい眼差しになる。

「だって、好きな人とたくさん一緒にいたいでしょ?」

「……うん」

「付き合うって、どこに遊びに行ったとか、誰かに自慢するってことが目的じゃないの。好きな人と一緒にいたいって気持ちが大事なの。それで、二人で楽しいことをしたいなって思うから、あちこち出掛けるわけであって……ネズミィーランド行くって、自慢していたわたしがいうことじゃないかな、あははは……」

 熱く語っていたが、我に返った智美は照れくさそうに頬を掻く。

 周囲の様子を見渡してから、今度はひなたに顔を近づけて声を潜める。

「とにかく、頑張れ!」

「うん」

「飛沢先生とお似合いだと思うよ」

「っ!」

 改めて名前を告げられると、何ともいえない恥ずかしさが込み上げる。

「クリスマス……忘年会にプレゼント用意したら?」

「うん……考えてる」

「そっか。よしよし」

 智美に頭をぐりぐりと撫でられる。

 プレゼント、何がいいかな……?

 考えるだけで、ドキドキしてきた。こんなに楽しみで、ドキドキする忘年会ってあるだろうか。

 頑張ろう。ちゃんと先生に自分の気持ちを伝えよう。

 恥ずかしいけど、断られたらって思うと怖いけど……。

「智美ちゃん、わたし頑張るよ」



 そして、クリスマスイブもとい忘年会の日を迎えたのだった。





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