冬の章・01 コロッケのご利益
一月後の報告会は、前回と同じ居酒屋だった。
「よし、今日はひなたの報告会でーす!」
すでに出来上がっている智美は、ひなたのテンションが低いことに気付いていない。しかしまだ素面の順也は、恐らく橘経由で何かしら知っているに違いない。けれども、敢えて口にしない。
「色々あったみたいだね。楽しみにしているから」
順也は含みのある笑みを浮かべる。
「いやあ……あはは」
残念ながら、事体は進展どころか後退している。
その原因に順也の存在が絡んでいるが、順也自身が悪いわけではないので文句など言えない。
今回はビールではなく、さりげなく梅酒サワーが頼まれていた。もしやこれは事情を察した順也の気遣いなのかと思いつつ、ありがたくいただくことにする。
「では、忘年会とひなたの報告会を兼ねてかんぱーい!」
コツ、とジョッキとグラスがぶつかり合い音を立てる。
「そっか、もう忘年会の季節だっけ……」
ひなたがぼんやり呟くと、智美がずずいと肩を寄せてくる。
「そ! もう年末でーす! でもその前にクリスマスだよ。で、どうなのその後?」
遠慮のない質問に、ひなたは視線を泳がせる。
「えっと、そのこと何だけど……」
「うんうん!」
「ちょっと問題が……」
「え? どういうこと?!」
「顔を合わせる回数を増やしたら、他の理由だと思われてた」
「他の理由って?」
順也の前では言いにくい。他の理由が、なんて言わなければよかったと後悔する。しかし、今更後悔しても仕方がない。
「えっと、ね……」
どう言えば、気になる相手が飛沢だと気付かれずに説明できるだろう。
ひなたは必死に頭を捻るが、いい案が浮かばない。
「あの……つまり……相手にされていないっていうか、他の人目当てだと思われてて。しかも」
「しかも?」
「他の人が目当てでも、気にしてないって、言われた」
「あー……」
智美の痛々しいものを見るような視線が辛い。
「脈なしかあ」
気の毒そうに、ひなたの頭をよしよしと撫でる。
「でもさ、少なくとも自分の気持ちはわかったんじゃない?」
智美の言葉に、どきりとする。
「ど、どうだろう……」
返事に迷っていると、今度は順也が追い討ちを掛けてくる。
「でも、嫌だったんでしょ? 他に人が好きだと思われたの」
「……うん」
順也は事情を知った上で言っているのだろうか。何となく、気になる相手が飛沢だということが、彼にはバレている気がする。しかし、あくまで勘だ。確かではない。
順也のことが好き、と周囲に誤解されているのも、彼に対して申し訳なく思う。
この誤解を解くには、まず気になる相手が誰なのかを順也に告げないといけない状況に陥りそうだ。
順也が気付いているか確信がない状態では、とてもじゃないが、できそうにない。
「でもさ、頑張ってみたら? あのひなたがだよ? 初めて好きな人が現れたわけだから」
「待ってよ、智美ちゃん。 まだ好きって決まったわけじゃ」
「でも、誤解されて嫌だったんでしょ?」
「それは……そうだけど」
嫌だと思うのは、相手が飛沢だからなのか。はたまた他の誰かでも、同じように嫌だと思うのか。
「うーん……」
「ひなたちゃんは、考え過ぎなんだよ」
悩むひなたの姿に、順也は苦笑する。智美も同意するように、うんうんと頷く。
「そうそう、考え過ぎ! 例えば一緒にいたら楽しいとか……あ、そうだ。その気になる人とキスするところを想像してみるのはどう? 嫌じゃなかったらまんざらでもなあってことじゃないかな」
「っ?!」
智美のとんでもない提案に、ひなたはカチンと固まってしまう。
「うわー、智美ちゃん。ずいぶん乙女な提案だね。どこかで聞いたことあるんだけど」
苦笑気味に順也は、ビールをぐひりと飲み干した。
「うん。少女漫画を参考にしていますから」
「あ、やっぱり?」
「一度言ってみたかったんだよね」
智美は言いながら、手を上げ店員を呼び止めると熱燗を注文する。
「わかるわかる。漫画やドラマのセリフとまて、一度は使ってみたいのがあるなあ」
順也も、熱燗をもう一本と注文する。
「でしょ! でも実際使ったら引くよね」
「ね! その証拠にひなたちゃん、引いてるし」
「ゴメンゴメン!」
智美は両手を合わせて謝るものの、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ま、半分冗談だからさ」
では、もう半分は本気ということなのか。きれいに微笑む順也の本意は読み取れない。
「う、うん……」
「で、何か頼みたいものある?」
順也の問い掛けに慌てて考える。
「えーと」
「はい。メニュー」
「ありがと……」
メニューを渡され、すっかり停止していた思考が動き出す。
しかし、メニューを選ばなくてはと思っているのに、さっきの智美の言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡ってなかなか考えがまとまらない。
飛沢先生と、わたしが……?
駄目だ。飛沢の面影すら浮かばない。想像を絶するシチュエーションに、頭がそれを阻止しようとしているに違いない。
想像すらできないなんて、いいか嫌かの問題以前だ。
これって、恋愛じゃないってことなのかな……。
そう思った途端、落ち込んでいる自分に気が付く。でも、キスするところを想像できないということは、恋ではないということになる。
「……じゃあ、コロッケ」
「お、いいね~。了解」
無意識だった。なぜかコロッケ……と思った途端、気が付いた。
なんでコロッケで、先生の顔が浮かぶのかな……。
恥ずかしいような、嬉しいような。まだまだ色気より食い気なのかと思うと、悔しいが納得できてしまう。
「コロッケか……」
何故かコロッケと飛沢が、セットになると、もれなく普段と違う彼の一面が見れるという特典が付いてくる。
そうだ。今度コロッケ、差し入れに買っていこうかな……。
シフトを入れたからにはバイトには行ってはいるものの、会話らしいやりとりはなく、必要事項しか口にしていない。
「ひなたちゃん、コロッケ好きだね」
「うん、す」
好き、と言おうとしたが、順也の言葉に何か含みを感じ取る。
「コロッケ、美味しいから……」
「そうだね」
考えを見透かされているような気がして、ニコニコしている順也がちょっと怖い。
早く帰りたい……。
二人の追及が、この辺りで終わってくれることを祈るばかりだ。
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