春の章・07 イケメンの対人スキル
「ところで小原くん。君たちは中学か高校からの知り合いか何かなのか?」
「違いますよ。昨日会ったばかりです」
どうやら彼は初対面の人間ともすぐに親しくなれる技か何かを持っているらしい。羨ましいスキルである。
「ええと……先生に電話をした日、だったよね?」
「は、はい」
順也に人懐っこい笑顔を向けられ、ひなたは微かに頬を赤らめる。
「あの時、サークルの歓迎会があったんですけど、ひなたちゃん、友達に無理やり連れてこられたみたいで、ものすごく居心地悪そうにしていたんです」
彼が入っているサークルを思い出そうとするが……思い出せない。
「卓球サークル」
誉が忘れていることなどお見通しのようだ。念を押すように順也はくり返す。
「卓球サークルです。よかったら先生も今度遊びに来て下さいよ」
「ああ……そのうちに」
あまり乗り気ではないので、曖昧に言葉を濁す。
「あ、先生行く気ゼロですよね」
「…………」
どうやらこちらもお見通しだったようだ。
順也曰く、最近は卓球ができるバーやカフェのような店があるらしいが、どうせバーやらカフェやらに行くならゆっくりしたいと思ってしまう。
最近卓球はお洒落なスポーツとして流行っているらしいが、どうもイメージが沸かない。真剣に卓球に取り組んでいる方々には申し訳ないが、卓球と聞くと温泉旅館と浴衣姿というイメージが強いせいもあるのかもしれない。
「で、ひなたちゃんの話に戻りますけど、声を掛けてみたら、サークルよりもアルバイトの方が興味があるっていうから、ここのアルバイトに誘ってみたというわけです」
ね、と順也が目配せをすると、彼女は気恥ずかしそうに頷いた。
「……なるほど」
興味のないサークルから救済すべく、彼女を誘ったというわけか。
さり気なく気配りが出来るのは、この青年の美点である。非常にすばらしいとは思うが、女性陣にあらぬ誤解を招きかねないという難点でもあった。
短い間だが、この誤解が招いた悲劇(とまでいうと少々大袈裟であるが)を目にしてきた。
女性に対する気遣いも、ほどほどにしておくべきだと思う。しかし気遣いの欠片も持ち合わせていない自分に言われたくは無かろうと思うと、はたして口に出していいものか。
そう言えば……と、順也は思い出したように口を開く。
「この間篠原さんから本返して貰っていましたよね?」
「ああ……あれか」
「あの本貸して貰えませんか? あれって先生の私物なんですよね」
「ああ……」
その本が雨に濡れて全滅したことは、まだ順也は知らない。別に彼には悪気など一欠けらも無いのだとわかってはいる。
「……実は、雨に濡らしてしまって……」
改めて口にするのも虚しいというのに。人の傷口に塩を塗り込むなと言いたいところだが、彼にはまったく罪は無い。仕方が無いのだと己に言い聞かせる。
「駄目になった。すべて」
「え! 嘘! 本当ですか? うわー勿体ない!」
あの本を惜しむ順也の言葉が、まるで誉の心の声を代弁してくれているかのようで、柄にもなく心が熱くなる。
まったくあの時の自分はどうかしていた。いくら熱で浮かされていたとはいえ、己の判断が信じられないくらいだ。
しかも篠原ときたら「まあ物が減ってよかったと思うしかないんじゃない。今流行りの断捨璃ってやつ?」と勝手なことをほざいている。あれは不要なものではないと言ったところで、奴の耳からは素通りだ。
「あれ?」
突然順也は目を皿のように丸くすると、誉の机に身を乗り出してきた。
「怪我でもしたんですか?」
誉の眉間に貼られた絆創膏に気付いたようだ。ここだと、自分の眉間に指を指す。
「これは……」
咄嗟に手のひらで絆創膏を押さえる。今更隠したところで、どうにもならないのは重々承知だ。
「ちょっと火傷を」
「火傷? 珍しいところにしましたね」
「ああ、まあ」
この辺りで火傷ネタは終了だろうと思っていた。しかし。
「どうしてそんなところに火傷なんかしたんですか?」
こともあろうに、順也はさらに突っ込んできた。
「これは……だな」
正直あまり人に話したく無いが、隠す方が返って人の興味を引く場合もある。ここは事実を簡潔に述べるのが一番であろう。
「コロッケが」
「コロッケ?」
順也は怪訝そうに眉を潜める。
「コロッケが額に直撃した。それだけだ」
一瞬の沈黙。そして。
「それだけって……先生」
堪え切れず、順也は「ぶはっ」と大きく吹き出した。
「ちょっ……先生っ! そんな真顔で…………ああもう、おかし過ぎ」
まったく笑い上戸もいいところだ。腹を抱えてお笑いするほど、おかしな話だろうか。確かに篠原も笑ってはいたが、失笑程度に治まっていた。
まったく失礼極まりないと思いつつ、よくぞそこまで笑えるものだと逆に感心したくなる。
「何がおかしい」
「普通、コロッケで火傷って無いですよ?」
「不可抗力だったんだ」
素っ気なく告げただけだが、ますます順也の笑いは止まらなくなる一方である。
「その話はさておき、そろそろ本題に戻ろうか」
自ら話を脱線させてしまった気もするので、少々後ろめたい。誤魔化すように咳払いをする。
「山田さん申し訳ない。さて話の続きだが……山田さん?」
うっかり放置状態だったひなたは、顔面蒼白で今にも倒れそうな様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます