第354話 白銀の世界


「やはり、積もったか……」


 早朝に目が覚め、テントの外に出るとすでにそこには白銀の世界が広がっていた。


「おぉ。これは、かなり積もったね」


 後ろからザックが声をかけてくる。


「そうだな」

「なかなか、進むのが大変そうだ」

「そのことも含めて、全員で話をしよう」


 俺はエリサとアリアーヌの寝ているテントに向かい、外から声をかける。


「エリサ。アリアーヌ。起きているか?」

「うぅん……一応、起きていますわぁ。ふわぁ」

「エリサはどうした?」

「隣でスヤスヤと寝ていますわ。起こしたら、そちらに向かいますので」

「分かった」


 しばらくして、身なりを整えた二人がこちらにやってきた。


「真っ白ですわね」

「うん。すごいね」


 二人の反応も、俺たちとほど同じだった。


「まさかの雪になったが、気をつけて進めば問題はない。ただし、今は気温も下がっているし、一番は低体温症に気をつけることだな」

「低体温症か……確か、雪国などでは一番の死因になるとか」


 流石は博識のザックだった。俺は、彼の言葉に深く頷く。


「そうだ。やはり問題なのは、汗をかくことだ。低気温で濡れることによって、一気に体温が持っていかれる。凍傷にも注意だが、まずは濡れることを避けよう」

「なるほど。ためになりますわね」

「う、うん! 気をつける!」


 アリアーヌとエリサも理解してくれたようである。


 今言ったように、濡れるということは一番避けたい。他にも雪眼炎なども注意したほうがいいが、現在はそれほど雪は降っていない。


 低体温症に注意していれば、それほど問題はないだろう。


 それにこの先、気温が回復することもあり得る。この場所は雪国ではない。一時的な異常気象なので、まずは地に足をつけてしっかりと進んでいくべきだろう。


 そして、俺を先頭にして進み始めた。


「レイ。魔物はどうするんですの?」

「戦闘になったら、俺が先陣を切る」

「分かりましたわ。でも、戦闘をしたら汗が出てしまうのでは?」

「そこは割り切るしかないだろう。俺とアリアーヌならば、逃げることも可能だが今回は仲間もいる。全員で協力し合っていこう」

「ふふ」


 アリアーヌは微かに笑みをこぼす。


「どうかしたか?」

「いえ。なんだか、昔のことを思い出して」

「昔?」

大規模魔術戦マギクス・ウォーの時ですわ」

「あぁ。あの時か」


 大規模魔術戦マギクス・ウォーといえば、去年俺とアリアーヌとアメリアで優勝した大会である。


 あの時も訓練をこなし、全員で協力して勝利を勝ち取った。


 でも言われてみれば、似ているのか?


大規模魔術戦マギクス・ウォー! そういえば、あの時の試合も見ていたよ! アリアーヌ嬢も素晴らしい活躍を見せていたね! 最後のフラッグを突き立てたところは、僕も痺れたよ! でも、僕がレイのただならぬ力に気がついたのはあの時だった! 戦闘技術が素人な僕でも、レイの力はすぐに分かった。心技体の全てが揃っている一年生。いやぁ、本当のあの時は興奮したものだよ!」


 と、後ろからザックが非常に早口でそう言ってくる。


「そうですわね。レイが導いてくれたからこそ、です」

「私も見てたけど、すごかったね!」


 全員で談笑をしながら、歩みを進める。これは訓練的な側面のある試験ではあるが、こうした雰囲気は大切である。


 過去、俺が軍人だった頃にはみんなが支えてくれた。


 ファーレンハイト大佐、フロールさん、デルク、アビーさん、キャロル、師匠……そして、ハワード。みんなのおかげで、俺は今も前を進むことができている。


 なぁ、ハワード。


 今の俺を見たら、お前は何て言ってくれるんだろうな。きっと、笑ってくれるのかもしれない。いや、もっと別の反応かな? ともかく、俺は元気でやっているよ。


 ふと、空を見上げながらそんなことを思った。


「レイ。空を見上げて、どうかしましたの?」

「いや。なんでもないさ」


 しばらく進んでいくと、ちょうど目の前に魔物が現れた。


「あれは、ホワイトウルフか。しかし、妙だな」


 視線の先にはホワイトウルフが待っていた。人間を容赦なく咬み殺し、非常に危険な魔物である。


「妙? どうしてだい」


 ザックの質問に対して、俺は答える。


「寒冷地方ならば理解できるが、本来はホワイトウルフは王国には生息してない魔物だ」

「もしかして、人為的に出現している可能性がある? 召喚魔術の類だろうか?」

「それか物理的に確保してきているかだが、召喚魔術の方が可能性としては高いな」

「教員たちは僕らを試しているってことかな? 積雪の件も含めて」

「そうだといいが……」


 脳内によぎる可能性は、優生機関ユーゼニクスのことである。去年の演習でも、介入があったし……可能性としてはゼロじゃない。


 しかし、雪を降らせてホワイトウルフをけしかける理由はなんだ?


 もしかすれば、考えすぎなのかもしれないが、とりあえずは戦うしかないだろう。


「俺が先頭を行く! アリアーヌは俺のサポートで、ザックとエリサは後方から支援だ!」

『了解!』


 事前に打ち合わせた通りに、俺たちは戦いを始める。


 ウルフ系の魔物との戦闘では、群れのリーダーを早急に叩くことが重要である。そうすれば、相手の指揮系統は乱れ、一気敵の戦力は落ちる。


 そして俺は先陣を切って加速していく。

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