第353話 突然の雪


 演習が開始されてから、しばらくの時が経過した。ジャングルを進んでいく中、俺たちはあり得ないものを目にする。


「……雪?」


 空から降り注ぐ雪。


 深々と降る雪は、この季節にはそぐわないものだ。


 何かこの演習の意図があるものなのか、それとも……。


 そろそろ時間的にも日が暮れる時間帯になってくる。雪が降り積もる可能性も出てくる。できるだけ、前に進んでおきたい。


「できるだけ前に進もう」


 俺がそういうと、ザックは眼鏡を上げて今の状況を語る。


「うん。僕もその方がいいと思う。この雪、原因は不明だけど、積もる可能性が高い。明日以降は、もしかしたら雪の中で進行しないといけない」

「その通りだ。行こう」

「分かりましたわ!」

「……うんっ!」


 全員で進んでいく中、俺はこの異常気象について考えていた。


 別段、騒ぐことの程でもない。世界的に見れば、異常気象は稀ではあるが、存在している現象。


 王国の春に雪が降るということは聞いたことがないが、今はあまり考えても仕方がないだろう。


 一晩休むのなら、川の近くがいい。そしてしばらく進むと、ちょうど川辺にたどり着いた。まだ日も登っているので、ちょうどよかった。


「川辺で今日は休もう」


 そう言って全員で荷物を下ろしてから、指示を出していく。ザックとエリサにはベースキャンプを作ってもらい、俺とアリアーヌは川で魚を取ろうという話になった。


「で、魚はどうやって取りますの?」


 アリアーヌが訊いているので、俺は段取りと伝える。


「雷系統の魔術は使えるか?」

「えぇ。問題なく」

「川に軽く流してくれ。俺がこの串で、飛び出てきた魚を取る」

「串で取る? 素手ではなく?」

「あぁ。まぁ、見てもらった方が早い」


 アリアーヌが川に手をつけて、魔術を発動する」


雷撃スパーク


 瞬間。川で泳いでいた魚たちが、宙へ飛び跳ねる。俺はといえば、飛び出てきたところは的確に串で突き刺していく。


 一点を見極める。一つの串で、五匹の魚を確保し、残りの串も同時に使ったので全部で十匹程度の魚を捕まえることができた。


「……」

「どうした?」


 アリアーヌはぽかんとした表情を浮かべている。


「えっと。レイは達人芸でも見極めていますの?」

「いや。これくらいはできて当たり前だと、師匠に教えられた。戦闘の際にも、一点を見極めるのは重要だからな」

「色々とレイのことを知ってきたつもりでしたが、まだまだ底は深そうですわね……」


 その後、俺は魚を捌いてから、魚を焼いていく。塩があれば十分に美味しいので、余計な調味料など必要ない。


 火を囲むようにして、俺たちは座って魚が焼けるのを待つ。


「それにして、かなりの雪だね。明日には積もっているかもしれない」


 ザックの言うとおり、まだ雪は降り続けている。これはやはり、明日は積もっている可能性が高いな。まさか、ジャングルの中での演習で雪が降ることになるとは。


 演習の初めは暑いくらいだったが、今は少し寒くなってきている。


「しかし、雪はまずいな」

「そうですの?」

「寒冷地方じゃないから大丈夫だと思うが、低体温症、凍傷の可能性が出てくる。特に汗はできるだけかかないようにしたい。一気に体温を持っていかれて、低体温症になるからな」

「おぉ! 流石はレイだね! 博識だ!!」

「あぁ。一応、雪の中での行軍訓練も経験している」

「? 行軍訓練?」


 と、俺はザックに自分の素性を話していないことに気がついた。アリアーヌとエリサは知っているが、彼は何も知らない。余計なことを言ってしまったな。


「もしかしてレイ……」

「なんだ?」


 ザックは真剣な表情で俺のことを見つめてくる。


「君、かなりの軍事オタクなのかい? その物腰といい、まさに軍人そのものじゃないか!」

「……あぁ。そうだ」


 肯定しておくことにした。まぁ、普通に考えて過去に軍人だったことがあるとは思わないか。


 アリアーヌとエリサはホッとしたのか、胸を撫で下ろしていた。


「そろそろ焼けたぞ」


 全員に焼けた魚を配る。臓物はしっかりと抜いてあるし、食べやすいように大きな骨も取ってある。師匠は昔から、色々とうるさかったからな。


「うん! うまいね!」

「美味しいですわね……!」

「……うん。とっても美味しい」


 全員ともに口にあったようで良かった。


「人間、塩味があれば基本的にはうまいと感じるものだ」

「いやそれでも、レイのサバイバル技術には驚きだよ! かなり年季の入っている、軍事オタクだね!」

「……まぁな」


 褒められるのは悪い気分ではないのだが、嘘をついているのでやはり心のどこかで申し訳ない気持ちになる。


 ザックは非常に明るくて、好奇心旺盛な性格でこの場のムードを盛り上げてくれている。


「よし。夜は早く寝て、早朝から行動を開始しよう。男女に分かれて寝ることにしよう」

「分かりましたわ」

「うん!」


 俺はザックと一緒のテントで横になる。そして、ザックが小さな声でボソリと呟いた。


「レイ。起きているかい?」

「あぁ」

「君の過去は詮索しないよ」

「……気がついていたのか?」


 どうやら、ザックは敢えてあの場はとぼけてくれていたと言うことか。


「レイは只者じゃない。卓越した魔術に、圧倒的な身体能力、その他の知識もズバ抜けている。僕とは違って、机上の空論のようなものではなく、実践に裏付けされているのは見ればわかるさ」


 互いに背中を向けて、話を続ける。顔を合わせないからこそ、ザックは話してくれているのかもしれない。


「未だにレイのことを一般人オーディナリーと侮っている人間もいるが、君は別次元にいる存在に思える。だから、今に至るまでに想像を絶する経験をしているのは、なんとなく察したよ」

「……」


 ザックの指摘は的を射ていた。


 極東戦役を経験して今に至る俺は、やはり普通の人生ではないだろう。


「僕は、自分の知っているものが全てではなくて、世界はもっと広いと知っている。だからこそ、何も聞かない。レイ。一緒に、演習を乗り越えよう」

「あぁ。そうだな」


 しばらくして、ザックの方から寝息が聞こえてきた。


 ザックは、雰囲気を崩さないために俺を軍事オタクということにして話を進めていた。


 やはり、俺は仲間に恵まれているな。改めてそう思った。

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