第347話 世界七大魔術師

 

 世界七大魔術師。


 数多く存在する魔術師の中でも頂点の存在。ただし、七大魔術師とは魔術協会に所属している魔術師から選ばれる存在である。すでに魔術協会は世界各国に存在しているが、現時点で七大魔術師は全員がアーノルド王国出身である。


 そのことが意味しているのはアーノルド王国が依然として魔術大国として君臨しているということだ。


 過去には他の国の七大魔術師も存在していたが、アーノルド王国がもっとも七大魔術師を輩出していると言っても過言ではない。



 冰剣の魔術師。

 灼熱の魔術師。

 幻惑の魔術師。

 絶刀の魔術師。

 虚構の魔術師。

 比翼の魔術師。

 燐煌の魔術師。



 現在登録されている七人の魔術師には二つ名がある。だがもちろん、意味しているのはアトリビュートでしかない。その本質を知る者はほとんどいない。

 

 世界の頂点に君臨する魔術師たち。


 世界中にいる魔術師たちはその高みを目指して、研鑽を重ねる。努力に努力を続け、至高の領域に至ろうと幼い頃から夢を見る。


 が、立ちはだかるのは圧倒的な才能の壁である。


 努力ではどうしようもない領域。そして、ただの天才では決してたどり着くことのできない領域。


 それこそが──七大魔術師。


 冰剣、灼熱、幻惑、絶刀の四人は王国で生活を送っているが、残りの三人は違う。虚構であるリーゼは研究者だが、フラッと旅に出ることが多い。


 比翼のフランに至っては王国に籍を置いているが、王国にいること自体が珍しい。世界中を飛び回って彼女は旅をしている。彼女曰く、死ぬまでに世界を全て見るのが夢だとか。


 そして、燐煌の魔術師──マリウス=バセット。


 彼もまた現在は王国にはいない。


 もともとはアーノルド魔術学院の教師であり、リディアたちの恩師でもある。マリウスの人気は未だに伝説として語り継がれていて、彼の教えを受けた生徒の多くは魔術師として大成している。


 決して魔術が卓越しているからといって、魔術を教えることが上手いとは限らない。むしろ、七大魔術師ほどになる存在はあまりの規格外の才能故に教えることには向いていない。


 その中で例外がマリウスだった。


 誰でも理解できる魔術理論に実践。彼が辞めると言った時は、当時のアーノルド魔術学院の学院長は土下座までしたという噂もあるが……そんなものでは済まなかった。


 一生困ることのない金を積まれ、地位と名誉すらも約束されると言われていたのだ。マリウスの存在はそれほどまでに学院にとって欠かせないものだった。もとは下流貴族のなかで最底辺の出身だったマリウス。


 辛酸を舐めさせられることが日常だった。しかし、マリウスには圧倒的な才能があった。そして当時の史上最年少の二十歳で七大魔術師に到達。その後はリディアに塗り替えられることになるが、彼が規格外の天才であることに変わりはなかった。


「大丈夫ですか?」

「うん! ありがとう、お兄さん!」


 走り回っていた子どもが後ろからぶつかって転んでしまう前に、魔術で子どもの体を静止させる。ちょうど一ヶ月前は墓参りをするためにアーノルド王国に一時的に帰国していたが、今はまた世界に旅立っている。


 彼はフランとは違い旅をしているわけではない。


 マリウスは慈善活動として貧しい国に赴いていた。貧困に困っている村に井戸を引く、または金銭的な寄付。教会で行われている炊き出しなどを先導したりなど、彼は様々な活動をしていた。


「お兄さん。これってなんて読むの?」


 小さな少女がトコトコと歩いて本を持って来る。文字を読める、というのはアーノルド王国では至極当たり前のことである。識字率は8割を超えているほどには、教育というものが浸透しているからだ。


 だが、まだまだ世界的には浸透していないのが事実。文字が読めることで仕事にありつけることがあるほどには、識字率は低いところもある。


「世界には様々な魔術が存在します。まず魔術とは、第一質料プリママテリアをコード理論によって変換する技術のことを指します。かな?」

「凄い凄い!」


 女の子はぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 青空教室という名前をつけてこの国では貧しい子どもにボランティアで教育をしている。そこにちょうどやって来たマリウスは子どもたちに大人気だった。そもそも、魔術を使える人間がほとんどいない小さな国。


 そこで七大魔術師がやって来るのは、子どもだけではなく大人にとっても驚愕のことだった。


「ねね。お兄さんは魔術師なんでしょ?」

「はい。そうですよ」

「どんな魔術が使えるの?」

「そうですね……分かりやすいものだと」


 スッと手をかざす。


 するとマリウスたちの目の前には氷柱が出現したと思いきや、形を変えて様々な動物に変化していく。さらには、それが水になってからいきなり蒸発して水蒸気になる。蒸気を操って螺旋を描くように天に登っていく。


 と、上を見ていると落雷のようなものが軽く落ちて来たが……その中央には先ほどまで存在しなかった一輪の花がいつの間にか存在していた。


 マリウスはそれを拾うと、女の子の髪の毛に花を差す。


「はい。どうぞ」


 にこりと笑みを浮かべる。マリウスは中性的な容姿も相まって、笑うと女性のように見える。


「す……凄い! お兄さんは凄い魔術師なの!!?」


 女の子はマリウスに尋ねる。もちろん、彼が世界の頂点に君臨する七大魔術師とは知らない。先ほど見た魔術はマリウスにとっては些事に過ぎないが、並の魔術師ではできないことだ。


「いえ。私はそれほどのものではないですよ」

「そうなの?」

「えぇ。世界は広いですから」

「へぇ……私にも使えるかな?」

「そうですね。しっかりと努力すれば、キット大丈夫ですよ」

「うん!」


 笑みを浮かべる女の子の頭を優しく撫でるとマリウスは他の子どもにも色々なことを教える。魔術だけではなく、文字や算術。歴史の話や経済の話まで彼の教育には子どもだけではなく、近くにいた大人も真剣に耳を貸していた。


「あ……あの。すみません、みすぼらしい宿で……」

「いえ。雨をしのげる屋根があるだけで十分です。それにこの村はとてもいい場所です。ご飯もとても美味しかったです」

「あ、ありがとうございます!」


 夜になってマリウスは宿に泊まっていた。滅多に観光客は来ない国ではあるが、宿屋は存在している。そこで受付をしていた女性に謝罪をされるが、マリウスは全く気にしていなかった。


 彼はもちろん、王国での暮らしが長いので豊かな暮らしの快適さを知っている。しかし彼はそれを全てだとは思っていなかった。


 人が笑い合える場所があって、心が豊かならばそれでいいと理解しているからだ。


「それでは、何かあったらおっしゃってください」

「はい。わざわざありがとうございます」

「いえ……!」


 明らかに女性は照れている様子だった。かなりの美形の男性と話をするだけで緊張してしまうのは仕方がないだろう。女性がマリウスの部屋から去って行くと、外からは「きゃー!」という女性の声が聞こえて来る。


 彼を一目見ようと思っている女性がどうやらかなりいるようだ。


「……さて」


 マリウスはただ慈善活動だけのために世界中を巡っている訳ではない。彼にはある仮説があった。


「ここでもないようですね」


 極東戦役。


 真理世界アーカーシャに強制的に接続しようとした大規模な戦争。マリウスは途中参戦し、そこで七賢人セブンセイジの一人を屠った。


 だが彼は思っていた。まだあの戦争の真の目的は終わっていないと。七賢人セブンセイジではなく、別に極東戦役に介入していた存在があることを彼は突き止めた。


 そこで世界各国を旅する中で聞く名前があった。


 優生機関ユーゼニクス


 魔術真理を追求するために倫理の枷を取り払った集団。優秀な魔術師は破格の待遇で招待される。そこでダークトライアドシステムが存在することをマリウスは知った。


 彼もまた、世界を巡る中で優生機関ユーゼニクスの刺客と戦ったことがあるからだ。人間の暗黒面を利用して、魔術領域を強制的に暴走させる技術。


 優生機関ユーゼニクスが生み出したものではあるが、マリウスは腑に落ちないことがあった。そもそもどうして、人間の魔術領域を研究しているのか。記憶痕跡エングラムのことも理解している。


 が、真理世界アーカーシャの接続に必要なのは人間の魂のはずだ。どうして研究テーマを人間の脳にしているのか。それがいまだにわからなかった。


「そろそろ寝ますか」


 床に就く。


 マリウスがその真相にたどり着くのはまだ時間がかかりそうだった──。


 



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