第346話 マリアのボーイフレンド?
「うううぅ……」
「すまない。大丈夫か?」
小声でマリアに話しかける。ロッカーの中にいるということで、かなり距離が近くなっている。それに、マリアは緊張しているのか分からないが顔を赤くして呼吸も少しだけ荒い。否応なく抱き合うような形になっているのは申し訳ないが、ここは二人が出ていくまでじっとしておくべきだろう。
「うーん。本当にいないっぽいけどな〜」
「どうでしょうか。もしかしたら、ベタにロッカーの中に二人で隠れている可能性もありますよ?」
ビクッとマリアの体が震える。俺は体は震えはしなかったが、内心ではヒヤヒヤだった。思えば、レベッカ先輩は時折異常な圧力を発することがある。俺はなぜだか、今はその前触れのような気がしていた。
「あははー。レベッカってば、流石にそんなことはないでしょー」
「えぇ。そうですよね」
と、二人は笑い合っている様子。流石に冗談で言ったようだが、非常に心臓に悪い。
「あ……んっ……」
マリアから漏れる色っぽい吐息。
「ど、どうした?」
「そ、その……胸が当たって……ごめん、変な声出して」
胸が当たって? 確かに真正面から抱きついている形にはなっているが、胸の感触はない……と思っていたが、確かに微かな膨らみが当たっている。俺が軽く動いてしまったので、擦れてしまったようだ。
「ねぇ、今……失礼なこと考えなかった?」
「いや。別に……」
視線を逸らす。だが、マリアは半眼でじーっと俺の顔を見つめていた。
「胸が当たるほどないって、思ったでしょ?」
「いや。そんなことは」
「いいもん。私だって、遺伝的に絶対に大きくなるもん……お母さんも、お姉ちゃんも大きいし……」
最後の方は少しだけ涙声になっていた。俺は女性の胸事情には疎いが(逆に詳しい男はいないだろう)、キャロル曰くあまりにもデリケートな問題なので特に胸が小さな女性には細心の注意を払うように言われたのを思い出した。
ここですぐにフォローしたいが、これ以上声を出すと流石にまずい。マリアも徐々に周りのことを気にしなくなったのか、声を大きくなっているようだった。
「いいもん……絶対に大きくなるもん……!」
「静かに……っ! そろそろまずい!」
その瞬間だった。
俺はマリアの口元に手を持っていったのだが、唇に触れた瞬間驚いてしまったのか足がロッカーに思い切りぶつかってしまう。カン、と小さな音ではあるが室内に響くわたる金属音。
「あら?」
「アレ? 今、何か聞こえたような」
「えぇ。ロッカーから聞こえたような気がしますが」
マリアは「あわわわ……」と微かに声を漏らして、慌てていた。まずい、このままでは絶対にバレてしまう。どうするべきか、と思考している間にも二人の足音が徐々にこちらの方に近づいてくる。
「一応、確認してみますか?」
「そうだね! ありえないとは思うけど、一応ね!」
どうやらオリヴィア王女とレベッカ先輩の間ではロッカーを開けることが決まってしまったようだ。
あまりこの手は使いたくはなかったが……。
「はい。ドーン!」
オリヴィア王女は思い切りロッカーも戸を開ける。しかし、彼女が目撃したのは俺とマリアの姿などではなかった。
「にゃーん」
「にゃん。にゃん」
猫である。今、オリヴィア王女とレベッカ先輩の前には小さな子猫二匹見えているはずだ。
「あれ。猫だね」
「そうですね。二人でじゃれていたのでしょうか?」
そしてその猫二匹が教室の外に出ていくと、二人もまたこれ以上この空き教室にいる必要はないと思ってやっと外に出ていくようだった。
「一応、他の教室も探してみましょうか」
「そうだね! 近くにいるかもしれないし!」
そうして二人は教室の外へと去っていくのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……あ、危なかった」
「そ、そうだな……」
ロッカーから出てくる俺とマリア。
そう。実は先ほど、俺は魔術を使って二人に幻影を見せていたのだ。
知人に魔術を使うのは憚られたので最終手段として取っておいたのだが、ここは仕方ないだろう。レベッカ先輩はともかく、ロッカーの中で抱き合っている姿をオリヴィア王女に見られてしまっては色々と問題になっていただろうからな。
やむなしというやつだ。
「えっと……バレなかったの?」
「あぁ。幻影魔術を使って二人にはロッカーから猫が出て来るように見せかけた」
「え……それって結構難しい魔術よね?」
「そうだな。上級魔術だが、限りなく聖級に近いだろう」
「本当にあんたって何者よ……」
軽く制服を叩くとマリアはしっかりと背筋を伸ばした。
「うん。学院で会うのはまずいわね。これは勉強になったわ」
「しかし、どうするんだ?」
「私のうちに行くわ」
「……いいのか?」
そう尋ねると、マリアは俺から少しだけ視線を逸らした。
「ま、まぁ……背に腹は変えられないってやつよ! 今更引けないし……!!」
ということで俺たちはオリヴィア王女とレベッカ先輩に見つからないように学院を出ていくと、ブラッドリィ家へ向かうのだった。
「うん。今はお父様もお母様もいないみたいね」
「一応、挨拶しておきたいのだが。特に母上には会ったことがないからな」
「べ、別にいいわよ……っ! ともかく行くわよ」
「あぁ」
早速到着したブラッドリィ家だが、両親に見つけると色々とまずいとの話なのでマリアが先導する背中の後に続く。俺としては挨拶をしておきたかったのだが、まぁ……いつか機会もあるだろう。
「マリア様? お帰りになったのですか?」
後ろから声が聞こえて来たので振り返ると、そこにはメイド服を来た女性が立っていた。銀色の髪を後ろでまとめ、顔立ちは可愛いというよりは美人な人だった。それに、年齢は若そうだった。二十代前半くらいだろうか……?
「フェリス……」
マリアは苦虫を噛み潰したような顔で彼女の名前を呟いた。
「本日はお帰りの予定でしたか?」
「いや……そうじゃないけど」
そしてメイドの方は俺の顔をじっと見ると、挨拶をしてきた。
「申し遅れました。メイドのフェリス=ティリーと申します」
「ご丁寧にありがとうございます、ティリーさん。自分はレイ=ホワイトと言います」
「あら? 確かレベッカ様の……っとこれは余計なことでした。もしかして、マリア様のボーイフレンドですか?」
「ちっ! 違うから! 友達よ、友達! ほらレイ、行くわよ!!」
「あ、あぁ……」
強引に手を引っ張られたので、俺はマリアについていくようにして彼女の自室へと向かうのだった。その際、メイドのティリーさんがニヤリと笑っていたのは気のせいだったのだろうか……。
「フェリスはその、昔から私たちのお世話をしてくれる人なの」
「そうなのか。それにしては、かなり若いが」
「……あれで四十手前よ」
「えっ……完全に二十代前半にしか見えないが」
二人でそんな話をしていると扉からノックをする音が聞こえて来た。
「はぁ……来ると思った。入っていいわよ」
「失礼します」
ペコリと頭を下げると、持って来てくれたのは紅茶と茶菓子だった。紅茶のとてもいい香りが鼻腔をくすぐる。茶菓子はパンケーキのようで、こちらもとても美味しそうだった。
「それでは、私は失礼します。あ。思い出しましたが、私はちょうど出かける用事がありまして。他のメイドもこの部屋にはしばらく近づかないと思います」
「どういう意味よ」
「いえ。私の予定をお伝えしただけです。それでは、失礼します」
手早く紅茶と茶菓子を置くと去っていく。マリアはどうしてか、不満そうな顔をしていた。
「はぁ……絶対に勘違いしてる」
「何をだ?」
「レイは気にしなくていいのよ」
「……分かった」
釈然としないが、マリアがそこまで言うのならば追及するべきではないのだろう。
そしてついに、リリィーへと装いを変える時がやって来た。
「私は後ろを見てるから、その……着替えていいわよ」
「では、」
紙袋に入っている制服を取り出すと、早速着替えていく。もちろん、今の俺の体格には合っていないので
最後に茶色のロングヘアーをかぶるとしっかりと固定する。
準備もできたところでマリアに話しかける。
「マリアさん」
来るっと振り返る。
「あぁ……! やっぱり、お姉様はお姉様なんだわ!!」
感極まったのかマリアがギュッと俺の体に抱きついて来る。俺は拒絶することなく、マリアの体を受け止める。
「お姉様……今はこの至福の時間を享受させてください……」
「えぇ。もちろんですよ」
いわゆるロールプレイのようなものだが、マリアはそれでもいいと了承してくれた。むしろ、二度とリリィーに会えない方が苦しいと言っていた。そして、しばらくの間マリアを抱きしめているとドアがゆっくりと開いた。
「あ……」
「え?」
どうやらティリーさんは覗き見していたようで、完全にマリアと目が合っているようだった。
「えっと。その……マリア様の性癖に文句を言うつもりはないですよ? 高度なご趣味を持っている貴族の方がいるのは知っているので。しかしこれは……なかなか……すみません。少し、整理させてください」
「ち、違うのよおおおおおおおおおおっ!!!」
後日譚。
今後はもっと一目のつかない場所で会おうと言う話になった。場所は決まっていないが、マリアが探しておくらしい。
また、ティリーさんにはなんとか誤解を解くことができたようだが、マリアとしては色々と思うところがあるのかしばらく俺と会うと顔を真っ赤にして逃げ去ってしまう始末。
ステラから聞いたが、夜な夜な唸っている声が聞こえるとか……。
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