第345話 かくれんぼ?


 休日がやって来た。


 俺はここ最近はずっとステラと一緒に過ごすことや、いつものメンバーで集まったりすることなどが多かったのだが、今日は違う。


 俺はある人物に呼び出されていたのだ。


 閑散としている校舎の中を進んでいく。全寮制ということもあって、生徒が休みの時に校舎にやって来ることは別に珍しくはない。部活動や課外活動、その他自習などのために開放されているからだ。


「……よし」


 ある教室の前で立ち止まる。ここは学院の中でも一番端に位置していて、空き教室となっている。生徒があまり近づくことはなく、ごく稀に男女の密会に使われているのはある種の伝統だとか。


 扉の前で立ち止まってから、俺は意を決して扉を開けることにした。


「レイ。来たわね」


 着崩した制服を着用している彼女。胸のもとのボタンはしっかりと留めていないし、スカートは普通の生徒に比べると短めだ。それに、両耳にはピアスがかなり目立つ。顔つきはいつも少し怒っているようにも見えるが、ここ半年の付き合いで別に怒っていないことは分かっている。


 マリア=ブラッドリィ。


 ブラッドリィ家の次女であり、レベッカ先輩の妹。去年の魔術協会のパーティーで知り合い、文化祭との時には色々と迷惑をかけてしまった。その中でも特に……彼女とはある因縁のようなものが存在する。


「よっと」


 マリアは椅子に座った状態から立ち上がると、俺の方へと近づいて来る。


「持って来たの?」

「あぁ」


 事前にマリアにはあるものを持って来るように言われていた。右手には小さな袋を俺は持っている。その中にあるのは──リリィー=ホワイトになるための女装道具だ。


 どうして今日、俺がマリアに呼び出されたのか。


 女装道具を持って来てと言われたことから、内容は察している。マリアは多くは語りはしなかった。ただ女装道具を持って来て、指定の時間と場所を指定してきたのだ。


「今回レイを呼んだのは他でもないわ」

「それは?」


 一応、尋ね返してみる。


 そしてマリアは、ビシッと俺に向かって人差し指をさす。


「私の目の前で、お姉様になってみなさい!!」


 とのことだった。

 

 マリアは以前、リリィーの正体を知ったときにあまりの驚きに気絶してしまった過去がある。それから特に音沙汰もなく、今まで過ごしてきたのだが……ついにか。


 というのが俺の感想だった。


 いつかマリアはリリィーの件について言及するだろうとは思っていた。それが今になった、ということである。



「いいのか? 目の前で着替える様子を見せても」

「いいのよ。それに私もいつか、現実に向き合う必要があるし。お姉ちゃんとの件もあったしね……」


 少しだけ寂しそうな表情でマリアは言葉にした。マリアとレベッカ先輩の確執はまだ完全になくなったわけではない。学院に入った今でも、マリアがレベッカ先輩の妹だと知ると驚く人間は多い。


 それは肌と髪が真っ白で、瞳が赤いという稀有な容姿をしていることが起因している。それに、マリアは派手な見た目をしている。レベッカ先輩は学院の中でも一番の清楚な女性と呼ばれていることもあって、ギャップは大きい。


 そんなマリアがこうして覚悟を決めたのなら、俺もまたしっかりと向き合う必要がある。


「分かった」

「えぇ。お願い」


 と、リリィーになろうとした瞬間だった。廊下から他の生徒の声が聞こえてきた。


「本当なのレベッカ。あの二人がここにいるって」

「えぇ。私の直感が告げているのです。それに、マリアは前々から怪しいと思っていたので、一度お灸を据える必要があると思うのです」

「へぇ……でも確かに、マリアとレイって妙に仲がいいよね〜。ボクも前からマリアは怪しいと思っていたんだよ〜」


 マリアはサーッと顔を青くする。そして彼女は俺に抱きつくような形で近づいて、慌てた様子で耳打ちをする。


「ま、ままま……まずいわっ! レイ早く隠れないと!」

「どうしてだ?」

「お姉ちゃんにバレたらやばいのよ!」

「ふむ……」


 言わんとすることはいまいち理解できないが、マリアが真剣な様子から俺は教室内のあるものを見つめる。


 マリアの手を取ると俺はたち二人はそこに隠れることにした。


「ドーン! ボクが来たよ! って……あれ。誰もいないけど?」

「あら? おかしいですね。確か、ここのような気がしたんですけど」


 レベッカ先輩とオリヴィア王女の二人が教室内に入るが、俺たちの存在に気がつくことはない。


「ちょっと……レイ! 近い、近いわ……!」

「我慢して欲しい。少しの辛抱だ」

「あぅ……」


 俺とマリアは教室内にあったロッカーに隠れることにしたのだ。しかしもちろん、ロッカーは人が入るようにはできていない。一人でも入るのが大変なのに、二人となれば無理もたたる。


 体はぴったりと密着して微かにマリアからいい匂いがして来る。もちろん、そんなことは口にしないのだが。


「むむ……ボクの直感はまだ二人が近くにいると告げているよ!」

「そうなのですか?」

「うん! もう少し探してみない?」

「そうですね。それがいいでしょう」


 果たして俺とマリアは無事に隠れることができるのだろうか……。

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