第343話 ホスキンズ家の思惑
ホスキンズ家ではネイトが父親に呼び出されていた。
ちょうど深夜にも差し掛かろうという時間にもかかわらず、呼び出されたのだがネイトが文句を言うことはない。
ネイトが向かうのは父親の書斎。
ラルド=ホスキンズ。
ホスキンズ家の当主であり現在は貴族界では彼の影響力を無視できる人間はいないだろう。三大貴族は別にして、それ以外の血統主義を掲げている貴族を束ねている。
「父上。ネイトです」
「入っていい」
「失礼します」
丁寧に深く一礼をしてからネイトは書斎に入っていく。部屋の左右には大量の本が並んでいる。壁全体が本棚になっているのはラルドの趣味だ。ただし、彼はただの読書家ではない。より高みへと登るための研鑽は怠らない。
「さて、どうして呼んだのか分かっているな?」
顎髭を軽く撫でながらネイトに問いかける。
髪の毛は短く切りそろえられていて爽やかな印象だ。その一方で顔つきは険しく、鋭い眼光でネイトを睨み付ける。まるで猛禽類のような視線にネイトは一瞬だけ怯える。
しかし、グッと拳を握るこむとラルドの問いに答える。
「学院での決闘の件です」
「そうだ。ステラ=ホワイト。こちらで調べたが、ただの普通の魔術師の家系の人間だ」
「……はい。分かっております……」
言い訳をするつもりはなかった。自分の行動もまた、ホスキンズ家に少なからずとも影響を与えることは自覚している。学院でステラと決闘をしたのは、ホスキンズ家の力を示すためだった。
だというのにステラの圧倒的な力の前に敗北し、今ではネイトよりもステラの方が評価が高い。むしろ
ネイトは辛酸を嘗める日々を送っていた。
「ネイト。本来ならば、厳しく叱責するところだが今回は違う」
「違う……ですか?」
ネイトは驚きの表情を浮かべる。いつものように厳しく説教をされるものだと思っていた。だというのに、ラルドはそうしない。いつもとは違う展開に彼は驚く。
「ステラ=ホワイト。一見すれば、普通の魔術師の家系出身。しかし、彼女の母親の妹はリディア=エインズワースだ」
「リディア=エインズワース!? 冰剣ですかっ!!?」
「そうだ。現在は学院で教師をしているようだが」
「そうか……そうだったのか……」
ネイトは独り言を呟く。
腑に落ちたという顔だった。
「何かあったのか?」
「はい。親しそうに話をしているのを目撃したので。納得しました」
「なるほど。リディア=エインズワース自体は突然変異のような存在だ。三大貴族でもなく、普通の貴族ですらない。だが確実に才能という名の血は継がれている」
「父上。確かにステラ=ホワイトは才能があるのかもしれません。しかし、このまま負けておくわけにもいきません。それにレイ=ホワイトの件もあります」
「レイ=ホワイトか……」
レイ=ホワイト。
現在、貴族の間ではレイとステラの存在がかなり注目されていた。普通に兄妹共に才能があるのならば血統で説明がつく。だが、少し調べれば義理の兄妹ということは分かる。
それにレイは引き取られたとはいえ、もともとは小さな村出身の
それに去年の
今となっては本当は有力な貴族の隠し子説があるほどには、レイは有名になりつつあった。
しかしもちろん、そんな噂にホスキンズ家が流されることはない。
必要なのは血統であり、才能。それを
「レイ=ホワイトにステラ=ホワイト。確かに強さは認めよう。だが、才能はお前の方が上だ。自覚しろ。そして、二度と油断するな。お前が本気を出せばあの二人など造作もないことを示せ。それが才能がある人間の務めだ」
「はい。父上のおっしゃる通りです。あの二人とはいずれ決着をつけます」
「よろしい。その意気だ。では、下がっていい」
「失礼します」
ネイトは再び深く一礼をするとラルドの書斎を去っていく。
鋭い目つきでネイトは歩みを進める。
ステラが強い理由は理解できた。才能がある人間だと分かった上で戦えば、負けることはない。あの時はまだ本気を出すことができなかった。それに、レイに負けることは絶対にありえない。
なぜならば……。
「ネイト。彼に呼ばれたの?」
「あぁ。しかし、ステラ=ホワイトの件は聞いた。もう油断しない」
「ふふふ。その意気よ。あなたは強い。それを自覚すればもう負けないわ」
「もちろんだ」
妖艶に笑う女性が彼の部屋にいた。
ビアンカ=ラルフォード。ホスキンズ家と懇意にしている貴族の一つであり、その中でもビアンカは優秀な魔術師として名を馳せていた。彼女はネイトの魔術指導をしている。
「あなたは強い。ホワイト兄妹なんて、目じゃないほどに」
「あぁ。そうだ」
「ふふ。ネイト。あなたはいずれ、七大魔術師になる器よ。それを自覚しなさい」
「もちろん分かっている」
ビアンカは耳元で囁く。まるでそれは暗示のようにネイトに刷り込まれていくのだった。
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