第321話 彼に問いかける
「師匠……それは、どういう意味ですか?」
全く意味がわからなかった。
いや、言葉の意味自体は理解できている。師匠には姉がいて、その人が結婚して子どもがいる事も話に聞いている。その子どもは俺よりも一歳年下で、とても愛らしい女の子だという。
師匠も会うたびに可愛がっているらしく、俺もいつか顔を合わせるという話もあった。
そんな場所で俺がこれから暮らしていく、ということの意味が分からなかった。
俺はこれから自分の罪を償うためにも師匠のそばにずっといるつもりだったのに、突然予想もしていないことを言われてしまい呆然とする。
「言葉通りの意味だ。私たちはしばらく近い場所にいるべきじゃないだろう」
「……どうしてですか? 俺は……ずっと師匠のそばにいると、思っていたのに……」
か細い声を漏らす。
昔の時のように、師匠のお世話をしていこうと思っていたけれど……その未来はやってこないということなのか?
じゃあ、俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ?
「レイも私も、あの戦争であまりにも多くの死に触れすぎた。それに私の下半身は動かなくなってしまった。レイが私を世話をする度、お前は自分の責任だと思い続けるだろう。私がそうではない、と言葉にしてもな」
「それは……」
確かにその通りだった。
師匠がどれだけ俺の責任ではない、と言葉にしても俺はきっと自分の罪だと思い続けるだろう。彼女の世話をしていくことこそが、贖罪になると信じて。
「私に対して贖罪などしなくてもいい。これは私の意思で行動した結果であり、お前の責任ではない。だからこそ、私たちは一度離れて自分自身を見つめ直す必要があるだろう」
「……はい」
完全に納得したわけではない。
でも、確かにそうなのかもしれない。俺は
「これから先は、メイドを雇おうと思っている。ちょうど伝手があってな。それに私も軍を辞めて研究者として生きていくつもりだ」
「……研究者、ですか?」
「あぁ。お前がレポートにまとめたこれを、しっかりと体系化しようと思ってな。これに関しては私も昔から思っていたことだからな」
「……そう、ですか」
俺は師匠と会う前に、自分の体験したことや新しい魔術などに関してレポートにまとめて提出していた。おそらく師匠が言及しているのは、
この世界に存在している物質や現象には、
何かの役に立つかもしれないと思って。
「レイ」
凛とした声が耳に入る。今は泣いてはいないが、この感情をどう表現していいか分からなかった。ただ、自分の未来が分からないのだ。俺はこれから、どうやって生きていけばいい?
師匠のいない世界でどうやって生きていけばいい?
しかし、少しだけ理解できてしまう。こうやって思考する事が、きっと良くない事なのだろう。ずっと師匠に寄りかかって生きていくべきではない。
だから彼女は俺のことを想って、提案をしてくれたのだろう。
「別にずっと会えないわけじゃない。私も定期的に、会いにいくさ」
「……はい」
「これが今生の別れではないし、私たちにはこれから歩んでいく人生がある」
「……はい」
「自分の未来をどうやって生きていくのか、それをゆっくりと考えるといい」
「……分かりました」
ペコリと頭を下げると、俺は病室を後にした。
この形容できない感情にどうやって向き合っていけばいいのか、今の俺には全くと言っていいほど分からなかった。
翌日。
もう一週間は様子を見て入院するということだが、外出許可が下りたので俺はある場所にやってきていた。王国の中でも綺麗な夕焼けを一望できる丘であり、そこには数多くの墓石があった。
右手には花を持って、俺はたった一人で彼の……ハワードの墓にやってきていたのだ。
すでに彼の葬式には出席しているし、それに……時間も経過した。ハワードの死に対して冷静に向き合う事もできている。
「……ハワード。戦争が、終わったよ」
そっと花を添える。
他にもそこには数多くの花や彼の好きだった品物がたくさん置いてあった。おそらくは、
俺は夕焼けに照らされながら、ハワードに語りかける。
「ハワード。俺は……たくさん人を殺したよ。救える命もあったけれど、救えない命もたくさんあった。ハワードの死も……完全には受け止め切れていない。いつものように、一緒に筋トレしている日々がやってくると……そんな妄想もしてしまう……」
返事がないのは分かっているが、俺は話を続ける。
「俺はこれから、師匠の姉の家でお世話になるらしい。これからはレイ=ホワイトとして生きていくらしいが……俺には全く分からない。戦う事しかできなかった自分の道が、これからどうなっていくのか予想もできない」
ハワードが仮に生きていれば、どんなアドバイスをくれただろうか。
笑って送り出してくれただろうか?
それとも──。
「戦うことしかできなかった人間が戦えなくなった時、どんな道を歩むのか……俺にはまだ分からない。師匠は研究者として生きていくらしい。ハワードはいつも師匠に奢っていたけど、きっと師匠は偉大な研究者になるよ。その時は、ハワードが奢ってもらう番だな」
軽く笑いを浮かべる。
きっとハワードなら笑ってくれているに違いない。俺もぎこちない笑みにはなるが、軽口を言えるほどには回復していた。
「……ハワード。また来るよ。自分のことを、ちゃんと定期的に報告しようと思う。ハワードはいつも、俺のことを心配してくれていたから」
彼の墓に向かってしゃがんで話しかけていたが、俺はその場にスッと立ち上がる。
風が吹く。
俺は靡く髪の毛を押さえながら、目の前にある夕焼けをじっと見つめる。
極東戦役は終わりを告げた。
仲間の死を悼み、自分自身を見つめる時間をもらえることになった。
でも、俺はまだ……自分の生き方が分からない。
願わくば、どうか自分の進むべきが見つかりますように──。
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