第322話 惜別のとき


 無事に俺は退院することになった。


 師匠はもう少し入院するようだが、退院祝いということで見送りに来てくれていた。また彼女だけではなく、特殊選抜部隊アストラルのメンバーもそこには残っている。


 いや、特殊選抜部隊アストラルというのは正しくないのかもしれない。特殊選抜部隊アストラルは極東戦役が終了したことで解体されることになった。軍に残るのはヘンリック=ファーレンハイト中佐とデルクのみで残りのメンバーは退役するらしい。


「レイ。今まで本当にありがとう」

「中佐。自分こそ、大変お世話になりました」


 別れを告げる。


 俺は今日、このままホワイト家に向かってこれからはそこで暮らすことになっている。既に相手の了承は取ってあるようで、心待ちにしているとか。


「レイ」

「フロールさん」


 中佐の次には、フロールさんが俺の前にやってくる。彼女は手に紙袋を持っており、それを渡してくれる。


「これは?」

「これからの生活に必要なものとお礼よ」

「そんな、自分は……」

「いいから。本当は私もあなたの側にいたいけど……こればかりは仕方ないわね」

「いえ。お見送りに来てくれただけでも、十分過ぎるほどです」


 改めて握手を交わす。フロールさんにはとてもお世話になった。俺が幼い時から必要な常識などは彼女が率先して教えてくれたからだ。


「あ。中佐と挙式をあげるときは、是非自分も招待してください」

「……誰にそのこと聞いたの?」


 有無を言わせない視線だった。彼女が真剣な眼差しで見つめてくるので、正直に話すことにした。


「噂にはなってましたが、昨日デルクに詳細を聞きました」


 すると人を殺してしまいそうな視線でデルクのことを睨みつける。彼は思わずたじろぐが、すぐに弁明の言葉を紡ぐ。


「だ、だってよお……! もうみんな知っているし、めでたいことだろ! それに……戦争はもう終わったんだ。明るい話題も必要だろ?」


 その通りだと思ったようで、フロールさんは嘆息を漏らす。


「はぁ……まあ、時間の問題よね。レイ。まだ時期は未定だけど、いつか籍を入れる予定よ。その時は絶対にあなたも招待するから」

「はい。楽しみにしています」


 フロールさんはいつものままだったが、中佐は「ははは……バレているとは……」と赤い顔で声を漏らしていた。


「レイ。筋肉、衰えさせるなよ?」

「デルク。当たり前だろ? 魔術は使えなくても、このバルクが衰えることはない。それにきっと、ハワードも生きていたら同じことを言ってるさ」

「へへ。違いねぇな!」


 デルクとガシッと上腕二頭筋を組み合わせる。そうだ。魔術は使えないが、俺にはみんなに貰った大切なものが残っている。


「レイ。達者でな」

「大佐。今まで本当にお世話になりました」


 頭を深く下げる。


 ガーネット大佐にも本当にお世話になった。師匠の親友ということもあり、大佐とは接する機会が多かった。彼女にも色々と多くのものを与えてもらった。


「はは。もう、大佐ではないがな」

「そうですね。学院でのお仕事、頑張ってください。月並みな言葉になりますが」

「あぁ。ありがとう」


 そして、キャロルが遠慮しがちな様子でこちらに近づいてきた。他の人たちと違って、俺に対して申し訳ない……と思ってるのが、容易に理解できた。


「……レイちゃん」

「どうした、キャロル。いつもの元気がないな」

「……だって。私、レイちゃんのために何もできなかったし……」


 俯いて、ポロポロと涙を零し始める。初めは陽気で頭が空っぽの変人だと思っていたが、それだけではない。キャロルは大切な人を心から思いやれるとても優しい人間だ。


 仲間が死ぬたびに誰よりも涙を流し、犠牲を少なくするために奔走していたのは知っている。気丈に振る舞っていたが、優しいキャロルだからこそ無理をしていたのだろう。


 極東戦役の時に、俺に何もできないと言っているがそんなことはない。キャロルはいつも俺のことを心配してくれていた。それだけで十分だった。


「キャロル。もう、泣くなよ」

「う……ぐすっ……だってぇ……」


 涙だけではなく、鼻水も流れてしまっている。俺はポケットにあるティッシュを取り出すと、キャロルの鼻にそれを押し付ける。


 立場としては逆になるかもしれないが、優しくキャロルの頭を撫でる。


「落ち着いたか?」

「……うん」


 まだ目は真っ赤だが、少しは落ち着いたようだった。化粧もすっかり流れてしまい素の状態になったが、十分にキャロルの美貌は保たれていた。


「キャロル。俺は、まだ自分の進むべき道が分からない。でも、特殊選抜部隊アストラルで過ごした日々はかけがえのない時間だった。それだけは間違いない。キャロルとも出会えて、本当に良かった」

「……うん。私もとっても楽しかったよ。それに、レイちゃんに会えて幸せだよ?」

「俺も同じだ。それに、今生の別れじゃない。またいつか、キャロルの笑っている綺麗で美しい顔を俺に見せてくれ」

「……全く。レイちゃんってば、本当に良い男の子になったね。うん、またいつか会おうね」

「あぁ。では、またいつか」


 そして、最後に師匠と向き合う。車椅子に座っている師匠を見るのは辛いが、それでも俺は彼女としっかりと向き合う。


「レイ。姉さんは素晴らしい人だ。心配することはない」

「はい。今まで本当にお世話になりました。師匠にはかけがえのないものを貰いました。ありがとうございました」


 頭を下げる。すると、師匠は優しく俺の頭を撫でてくれた。


「大きくなったな。もう、レイを見上げる事が普通になってしまった」

「そうですね。時間が経つのは、早いものです」

「また近いうちに会いに行く。元気でな」

「はい。それでは、失礼します」


 そうして俺は、改めてみんなに別れを告げると病院から去っていく。


 デルク。

 ファーレンハイト中佐。

 フロールさん。

 ガーネット大佐。

 キャロル。

 師匠。


 そして、ハワード。


 俺はたくさんの大切な人と別れることになった。しかしこれは、決して悲観的なものではない。これからの自分の人生を、自分で見つけるためにも……俺は……。


 そんなことを考えつつ、俺はホワイト家へと歩みを進めていくのだった。

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