第304話 七大魔術師の軌跡


「ルーカス」

「はい。師匠」


 まだ幼いルーカス=フォルスト。彼は師匠である絶刀の魔術師──バルトルト=アイスラーの内弟子として生活を送っていた。家族はいなく、孤児として育ったルーカスは剣の才能を見抜かれ、バルトルトの弟子として剣技の習得に励んでいた。


 王国の最北端の山の中で、小屋を構えて二人は生活をしていた。



 バルトルト=アイスラー。別名、絶刀の魔術師。



 彼は確かに魔術を使い、その剣技を高めてきた。しかし実際のところ、彼にとって魔術とは補助的なものに過ぎない。彼の本質は、ただ純粋なまでの圧倒的な剣技のみ。


 その刀剣の領域は、すでに魔術の域を超えて神域とも言われている。


 彼に師事したいと思っている人間は数多くいる。しかし、バルトルトの剣技はたった一人にしか伝えることはできない。それはその流派による掟だからだ。


 そして、次の世代として選ばれたのがルーカスだったのだ。


 すでに頭角を現し、秘剣を複数習得している。バルトルトは初老であり、引退も考える年齢になった。けれど彼は生涯現役を掲げており、見た目に反してその体は研ぎ澄まされている。


 一切無駄のない筋肉。もちろん、贅肉などあるはずもない。


 剣に全てを捧げ、その人生を費やしてきた。


 たとえ全盛期から遠のいても、彼にはまだ野心が残っていた。


「王国軍から招集があった」

「もしかして、出兵するのですか?」

「うむ。だが決して一兵士として戦場に参加するわけではない」

「……以前お言葉にしていた、導きのことでしょうか?」

「そうだ。これはすでに運命であり、避けることはできない」


 導き。


 バルトルトはルーカスに対してそう語っていた。いずれ近い未来、敵対する存在と戦う時がやってくると。それこそがこの世界の巡りであり、避けることはできな因果でもあると。


「どうやら他の七大魔術師もやってくるようだが、俺は協力するつもりなど毛頭ない。王国軍からの依頼は、強力な敵対存在を一人屠ってくれたらいいと言うものだ」

「……行くのですか?」

「うむ。この刀が鈍っていないか、試すのもいい頃合いだろう」


 光り輝く刀身を見つめながら彼はそう言葉にした。


「さらに、ついにあの天才が動き出したらしい」

「リディア=エインズワース、ですか」

「そうだ。あの天才中の天才。この世の特異点とも言うべき存在。だが、まだ七大魔術師最強の座を譲るわけには行くまい」

「……お供します」


 それは本心から出た言葉だった。


 ルーカスは極東戦役の行方など知りはしない。ただ遠く離れた地で王国軍が戦っていることだけは耳に入っていた。


 彼が付いていくと言ったのは、師匠であるバルトルトの姿を灼きつけるためだ。


「……手出しはするなよ。敵は俺が一人で殺す」

「分かりました」


 ルーカスは恭しくその場で頭を下げた。


 そうしてついに絶刀の魔術師が極東戦役に参戦することになるのだった。



 ◇



「先生! どうかお元気で!」

「マリウス先生。さようなら……!」

「先生。私、もっと魔術が上手くなるように頑張ります!」

「先生のいない学院なんて、本当に寂しいです……!」


 数多くの生徒に囲まれている男性がいた。


 校門の前ではこれでもかと人で溢れ、その中心で花束を持って笑顔を浮かべている男性がいた。


 燐煌りんこうの魔術師──マリウス=バセット。


 胸まである栗色の艶やかな髪を、今日は後ろで一つにまとめていた。


 そしてどうしてマリウスがこんなにも大勢の生徒に囲まれているのか、それは──。


「皆さん。今まで本当にありがとうございました。皆さんがいたからこそ、私も多く成長することができました」


 そう。マリウスがアーノルド魔術学院の教師を辞めるからだ。


 今まで数多くの生徒を育て、その中には七大魔術師であるリディア=エインズワースやリーゼロッテ=エーデンも含まれている。魔術に長けているものが、教えることも長けているとは限らないが彼の場合は例外だった。


 彼がいるからこそ、アーノルド魔術学院に進学する生徒も少なくはない。むしろ、彼に教授してほしいからと進学するのは一種の常識でもあった。

 

 そんなマリウスが教師を辞職すると言ったのは一ヶ月前のことである。その際には、学院中に大きなニュースとなって悲劇の声が上がった。


 その理由は一身上の都合。


 ニコリと笑いながらも、彼がその理由を明かすことはなかった。


 そして今日が最後の日だった。彼は授業を終えると、すぐに送別会を開いてもらった。そこで花束を渡され、彼のファンクラブの会長である女子生徒には千羽鶴を渡された。その他にも彼に世話になった生徒から数多くのものを受け取っていた。


 それに全て笑顔で応え、両手にはこれでもかと言うほどの荷物で溢れていた。


 きっと彼以上に愛された教師は王国にはいないだろう。



「それでは、皆さんにどうか幸せがあらんことを」



 校門の前で丁寧に礼をすると、彼は後ろを振り向くことなく歩みを進めていく。後ろからはまだ彼を呼ぶ声が聞こえてくる。それだけマリウスは愛されていたのだ。


 数多くの生徒たちに。


 そしてちょうど曲がり角を曲がって、生徒たちの姿が見えなくなった時、小さな少女がぴょんと飛び出してきた。



「マリウス! 遅いぞ! 遅刻じゃぞ……っ!」



 現れたのは比翼の魔術師──フランソワーズ=クレール。


 幼い容姿をしているが、実年齢は六十歳に迫っている。そんな彼女の言葉に対して、マリウスは丁寧に謝罪をする。


「申し訳ありません。フランさん。生徒たちのお見送りが、予想以上でして」

「まぁ……それは仕方ないの。マリウスは愛されておったからの」

「はい。ありがたい話です」


 一見、この場には二人しかいるように思えないが、フランの後ろにはもう一人女性が立っていた。


「リーゼさん。お久しぶりです」

「……先生。お久しぶりです」


 もう一人の女性。それは、虚構の魔術師──リーゼロッテ=エーデン。真っ黒なコートにロングブーツ。それに真っ白な髪を靡かせて彼女はそこに立っていた。緋色の双眸でじっとマリウスのことを見つめていた。


 そんなリーゼを見て、マリウスはニコニコと微笑みながら捲し立てるように話し始めた。


「どうですか? 研究者として上手くやっていますか? それに、七大魔術師に任命されたようですね。改めておめでとうございます。でも、リーゼさんはいつかきっとそうなると思ってました。私が見てきた教え子の中でも、あなたはとても優秀でしたから。それと──」

「……先生。相変わらずですね」


 リーゼの冷たい声音を聞いて、マリウスはハッとしてから照れたような仕草で頭を掻き始める。これは彼の悪い癖なのだが、昔の教え子に会うとどうにも饒舌になってしまうのである。


「マリウス。絶刀もすでに向かっているようじゃ」

「……そうですか」


 打って変わって真剣な表情になるマリウスは、前に流している髪を後ろへと持っていく。そして、三人揃って歩き始めるのだった。


「……マリウス。これはお節介じゃが、良かったのか? 何も教師を辞める必要は、あったのかの?」

「そうですね。戻ってくるという選択肢もありました。休職という形にして。でも、これから為すことを考えれば、もう私に教師の資格はないでしょう。そうですね。全てのことが終われば、世界中でも旅をしたいと思います。そこで、色々なものをみたいですね」

「……そうか。やはりお前は優しい子じゃな」

「恐縮です」


 マリウスがどうして教師を辞めることにしたのか。


 それは──極東戦役に参加することになったからだ。もっとも、参加する七大魔術師は軍人になるわけではない。彼、彼女たちはある運命の元、進むと決めたのだ。


「ついに、ですね」

「そうじゃの」

「……相手の組織名は、七賢人セブンセイジ。すでに紺碧と雷鳴を殺している」


 リーゼは淡々とした様子で戦況を語る。彼女は情報収集を得意としており、この戦争に背後にある七賢人セブンセイジにまで辿り着いていた。


 その言葉を聞いて、マリウスは天を見上げる。




「そうですか。それでは改めて向かいましょうか。その存在を──殺すために」




 こうしてついに、七大魔術師が極東戦役に本格的に参戦することになるのだった。

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