第297話 七大魔術師を超える者
「うふふ! あはははっ! あはははハハハハハハッ!! あーあ。七大魔術師って言っても、この程度なの?」
笑う。
少女はこの戦場において、立った一人で笑っていた。その笑みはまるで
そしてその少女の目の前には莫大な数の死体の山が築き上げられていた。その血溜まりを見れば、誰もが嫌悪感を抱いてしまうであろう。しかし、彼女はそんなものを見ても動じることはない。ただニコニコと笑いながら、目の前に残っている一人の魔術師を睨み付けていた。
「……これほど、とは」
なんとか声を絞り出す。
この戦場を率いていたのは七大魔術師が一人、
七大魔術師の中でも戦闘に特化している彼は、たった一人であっても百人程度の相手とは対峙できるだけの能力があった。
過去には五百人を相手にしても引くことはなく、一人だけで戦線を維持したという逸話もあるほどだ。そんな彼は誰からも羨望を集めていた。
全戦全勝。常勝の部隊を率いている紺碧の魔術師。
しかし──今の現状を見れば、そんな彼の実績も霞んでしまう。
相手の少女は依然として笑っている。まるでこの戦場を楽しんでいるかのように。またこの惨劇を生み出したのはその少女ではあるが、後ろではもう一人女性が控えていた。
彼女は手を出すことはなく、手鏡で自分の前髪を整えたり、やすりで爪を整えたりしていた。それはこの戦況を全く気にしていないかのような仕草である。
「終わった?」
「もうちょっとかな。嬲り殺してもいいけど、もう少し遊ぼうと思って」
「はぁ……早くしてよ。私、バックアップできたのにフィーアが全部やっちゃうし」
「ごめんごめんって! 今度おごるからさ! ね、ツヴァイ。機嫌直してよ」
「……まぁ、それならいいけど」
この場にいる二人は七賢人の内の二人。名前はツヴァイとフィーア。ツヴィアはオレンジ色の髪をくるくると弄った後、再び自分の爪を丁寧にやすりで整え始める。
一方のフィーアは金色の髪を高い位置でツインテールにしており、その笑顔を見ればとても陽気な少女に見える。だがこの地獄のような戦場を生み出したのは、他でもない彼女なのである。
相手を殺すことに躊躇などない。彼女は笑いながら、その命を次々と刈り取っていく。そんな様子を見て、紺碧の魔術師である彼が何も思わないわけではないが……感情に支配されてしまっては、魔術は正常に作動しない。
だからこそ、内なる憤怒を噛み殺しながら彼はその双眸でフィーアのことを射抜く。
「あはははっ! そんな目をしても、あなたは負けるんだよ? そもそも、もう一人いた七大魔術師は瞬殺。あなたはそいつよりはちょっとだけ強いけど、もう時間の問題だよ?」
「────ッ!!」
声にならないような怒り。紺碧の魔術師の部隊にはもう一人、七大魔術師がいた。彼と同期であり、長年の付き合いだった。
雷鳴の魔術師。電撃系統の魔術を極めた彼は、この戦闘が始まった瞬間フィーアにより殺されてしまった。どうして自分が死んだのかも理解できずに、雷鳴の魔術師はこの世にから去ってしまったのだ。
その衝撃もあったのか、部隊はバラバラになってしまい……こうして最後に残っているのは紺碧の魔術師ただ一人だった。
「いいよ。出しなよ、
「……その言葉、後悔するなよ」
紺碧の魔術師の代名詞にもなっている
それは
いわゆる、即死魔術とも言われるこの世界で最も危険な魔術に分類されているものだ。
「──
領域展開。
見渡す限りの青がこの世界を覆い尽くしていく。それはまるで、大津波がいきなりやって来たような……そんな光景。この領域内で彼に逆らえたものなどいない。今は魔術師としての全盛期を過ぎているが、それでも七大魔術師の称号は伊達ではない。
そうして彼はこの領域内に入ったフィーアとツヴィアに対して、魔術を発動。容赦無く、瞬殺するつもりで彼は相手の体内の
「はぁ……やっぱりこんなものか。七大魔術師って言っても、この程度なんだ。でもこっちの調べだと貴方たちは七大魔術師の中でも一番の雑魚。これで最強格だったら、私は泣いてたよ〜」
「な、何が起こった……? いやそもそもお前たちのその体は、どうなっている……?」
魔術領域は完全に展開されている。
間違いなく
ただただ、相手に通用しないのだ。彼の魔術が。
「はぁ……未だにコード理論。それに
「何を……ぐッ!!!? こ、れは……」
気がつけば彼は自分の胸から氷柱が貫通しているのに気がついた。全く理解できなかった。魔術的な兆候を理解できなかった。七大魔術師に至るほどの魔術師が、何もできずに地面に沈んでいく。
血溜まりがじわじわと広がっていく。
それによって悟る。自分はもう長くはないのだと。
しかし彼が諦めることはなかった。最後に、一矢報いようとなんとか魔術を絞り出そうとするが、伸ばした手には再び氷柱が突き刺さっていた。
「ぐ、ぐああああああああああああッ!!!」
あまりの痛みに悶絶した声を上げるが、それでも抵抗する意志は決して折れることはない。
七大魔術師である自分の責務。
この戦場で戦うことの意味。
民を守るために戦っていることの誇り。
しかし、その全ては無に還る。圧倒的な強者の前では、そんな肩書きも意志も無慈悲に刈り取られてしまう。
「ふーん。根性あるんだね。そこはちょっと見直したよ。でも、これまで。バイバイ、おじさん」
心臓に一突き。
彼女は地面に転がっていた剣を拾うと、それを彼の心臓に突き立てた。
「王国の……未来に、えい……こう……あ、れ……」
最期の最期に絞り出した言葉。それが紺碧の魔術師である、アーサー=オルストレインの最期の言葉だった。
絶命した死体を見て、フィーアはまるで何も反射しないかのような漆黒の瞳で彼を射抜く。その雰囲気はおおよそ、普通の魔術師ではない。
そうして後ろからはツヴィアが歩みを進めてくる。
「終わった?」
「うん。終わったよ」
「じゃ、帰ろ。でもやっぱ、フィーア一人で良かったね」
「そうだね。一応、七大魔術師が二人も出てくるから警戒したけど、全然大したことなかったよ」
踵を返す。
二人は敢えて、その場に残っている死体には何もしなかった。それは上からの命令でそうするように言われているからだ。
これは宣戦布告。
帝国側には七大魔術師を上回るほどの実力がるという見せしめでもあった。
こうして、紺碧の魔術師が率いる部隊は全滅した。
それも二人の七大魔術師を失って。それは王国軍を震撼させるものだった。
百戦錬磨。全戦全勝の部隊が全滅してしまったという事実。
極東戦役はまだ始まったばかりである。しかし、王国軍の戦力が大きく低下してしまうことになった。
こうして七賢人と七大魔術師の衝突はさらに激化していくのだった。
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