第286話 夢想
夢。
夢を見ていた。
俺は一人、真っ白な空間に立っていた。そこには何も存在しない。ただただ、白い世界が広がっているだけ。その世界に自分一人が立っている。いや、一人だけではない。
自分の視線の先には、師匠が立っていた。
リディア=エインズワース。史上最年少で七大魔術師にたどり着いた、天才中の天才。しかし、師匠の才能よりも俺の才能の方が上だと言う話を聞いたことがある。
「……レイはおそらく、私を凌駕する魔術師になるだろう」
「リディア。お前がそこまで言うほどなのか? 確かにレイは優秀だ。しかし、今の私にはリディアを超えていくなど予想もできない」
「アビー。その言い分もわかる。だがこれは、直感的なものだ。あくまでレイの潜在能力を感じ取っているだけだが……きっとレイは世界を統べるほどの魔術師になるだろう」
深夜。二人がそんな話をしているのを、俺は聞いてしまった。俺が師匠を凌駕する魔術師になる? そんなバカな話があるわけがない。
と、そう思った瞬間……脳内に鋭い痛みが走る。
それはまるで走馬灯。幾多もの映像がまるで一つのシーンのよう流れていく。
そうだ、俺はどうして師匠に拾われることになった?
どうして俺はここにいる?
あの時どうして俺は一人でいた?
そう問いかけると、自分の過去の扉が開きそうになる。今までずっと、それは封印してきた。目を背けて、決して見ないようにしてきた。きっとそうしていたのは、本能的に俺は知っていたからかもしれない。
自分の存在が何者であるか。それを知ってしまえば──。
「師匠?」
真っ白な世界で、立っていた師匠はニコリと微笑んだ。そして右手を上げると、先に進んでいく。
「師匠!」
何故だか追いかけないといけない気がした。もう、師匠には会えないような気がしたからだ。
走る。
走る、走る、走る。ただ懸命に、その姿を追いかける。けれど、師匠に追いつくことはない。金色の髪を靡かせながら、師匠はまるで溶けていくようにして消えていってしまった。
そんな世界で一人佇む。
いや、これは夢だろう? そうだろう?
しかしどうしてだろうか。この世界は妙に現実感がある。今日もそうだ。宿で出会った少女と会った時から、いや……このエイウェル帝国に入国した瞬間から、どこかおかしくなっている。
自分の手をふと見る。
するとそこからは、大量の血液が溢れ出していた。あまりに出来事に驚くと、後ろには大量の屍が積み上がっていた。ぼたぼたと血を流し、何も話すことはない。
あぁ……知っているとも。俺はこの光景をどこかで見たことがある。
瞬間。自分の前の前には器のようなものが現れた。その器の後ろには、巨大な赤黒い異形の手があり、蠢いている。
器の中にある液体を飲めと言わんばかりに、差し出してくるのだった。
「お、俺は……」
◇
「……はっ!? ゆ、夢……?」
現実に戻ってくる。
夢。そうだ、今のは間違いなく夢。
レイの体からは大量の汗が滴っていた。しかし、先ほどの夢のように血に塗れてはいない。
レイが飛び起きたことで、いつもは熟睡しているリディアも目を覚ます。
「おー。どうした、レイ? 嫌な夢でもみたのか?」
「いえ……その。大丈夫です」
「そうかー。時間まではもう少しあるな。私は寝るぞー」
「はい」
そう言ってリディアは再び眠る。現在の時刻は朝の四時半。こんな早朝に起きてしまうのは、レイとしてもほとんどない。呆然と彼は、虚空を見つめる。
あまりにも現実感の伴った夢だった。それはまるで、本当に現実に起きたかのような……。
彼は今更眠ることもできないので、そのまま起きることにした。備え付けてある簡素な浴室へと向かうと、そこで意識をリセットする。
今まで過去のことを意識したことはなかった。それはもう、忘れてしまえばいいことだと思っていたからだ。両親はいない。友人も、あの村であったことは全て忘れている。
しかし、レイは思う。
「思い出せない……?」
そう。今のレイは昔のことを完全に忘れてしまっていた。いや、あの時の出来事があったという事実は覚えている。
しかし、あの時が何があったのか。自分が今まで過ごしてきて、両親が誰であったのか。それが完全に抜け落ちてしまっているのだ。
「……」
浴室から出てくる。
レイはすぐにタオルで体を拭くと、衣服を着てから目を閉じて昔のことを考えてみる。だがどれだけ考えてみても、その記憶は途中で止まっているのだ。
リディアと出会ったその瞬間からしか、記憶を思い出すことはできないのだ。
「レイ……? もう起きているのか?」
「師匠。おはようございます」
その後。リディアのためにいつも通り朝食を用意する。今回は宿に泊まっていると言うことで、昨晩のうちに買い物を済ませて簡素にはなるが、朝食を準備していたのだ。
リディアは珍しくスッと起きると、レイの様子がどこかおかしいことに気が付く。
「レイ。何かあったのか?」
尋ねる。彼はそう言われた瞬間に、すぐにこう答えた。
「いえ特には。ちょっと寝不足なだけです」
「……そうか」
レイは成長するにつれて、良くも悪くも自分の感情を隠すのが上手くなってしまっていた。いくら長年の付き合いであったとしても、彼が完全に隠そうと思えばリディアもその真意は分からない。
だからこそ、微かな違和感を覚えはしたがそれ以上リディアが言及することはなかった。
「今日の予定は、まずは帝都を回ってみる。確信的な部分の調査は夜になるだろう」
「分かりました」
「日中はそうだな。色々と見て回ってみるか」
「観光ですか?」
「あぁ。元々、この帝国を見て回る機会は作ろうと思っていてな」
「ありがとうございます」
レイは自分のためにそうしてくれているのだと思って感謝の言葉を述べるが、彼女はそれを少しだけ否定する。
「いや……レイのためもあるが、私のためでもある」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「私は王国から出たことがなかったからな。純粋に別の国に興味があるだけさ」
ニヤッと笑うリディアを見て、レイは「はぁ……」とため息をつく。
「師匠。今回は任務できているんですよ。しっかりしてください」
「レイ。何事もメリハリが大事なんだ! わかるか?」
「それはまぁ……一理ありますけど」
「とりあえず今日は帝国の美味いものでも食うぞ! よし、早速出発だ!」
「……分かりました」
少し釈然としないようだが、レイは意気揚々と進んでいくリディアの後を追いかけていくのだった。
その違和感を決して意識しないようにして。
瞬間、二人が出ていった後方で床がピシリと音を立てた──。
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