第287話 謎の少女


 エイウェル帝国。


 その歴史はアーノルド王国よりは短いが、その発展はめざましいものがある。度重なる諸外国との戦争を重ねて、急激に成長していき今となっては世界有数の大国。


 それこそがエイウェル帝国。


 国が発展するためならば、尽力を惜しむことはなくそのおかげで世界でも最大と言われるほどの大国となった。


 アーノルド王国はどちらかといえば伝統と歴史を重んじる国ではあるが、こちらは全くの真逆と言ってもいいだろう。革新的な国であり、帝国の門はいつでも開かれている。


 他国からヘッドハンティングをすることもあるが、それでもこの帝国には夢を求めてやってくる若者などが多いのはやはり……それだけ、この国に魅力があるからだろう。


 そうして様々な人間たちが競い合い、国力を高めていくことで今のエイウェル帝国が完成したと言っても過言ではない。


 しかしそれは……あくまで表の向きの話である。



「そういえば、師匠は帝国から誘いがあったとか言っていましたよね?」

「ん? あぁ……かなり昔の話だが、そんなこともあったな」


 出店で食事をしている二人。テラス席で朝食をとっていると、レイがそんなことを尋ねる。また現在は二人ともに国籍などを偽装して潜入している。本名で潜入するには、リディアの名前はあまりにも大き過ぎるからだ。


 幸いにも、彼女が有名なのはその名前だけである。容姿まで知っているものは、限られてくる。それは特殊選抜部隊アストラルに入隊して、表舞台で活動をしてこなかったおかげもある。


 もちろんそれは軍の上層部の狙いでもあるのだが。


「その時はこちらに来ようと思わなかったのですか?」

「確かに、帝国の提案は魅力的なものだったな。金は一生困ることはないぐらい出すというし、その他生活に必要なものは全て無料ただ。その代わり、魔術師として後進の育成を頼みたいと。研究なども自由にしてもらっていいとな。環境だけでいうなら、王国よりも破格だっただろう」


 それはちょうど、リディアが七大魔術師になる直前の話だった。彼女宛にやってきた一通の手紙。それを見て、リディアはエイウェル帝国の提案を一瞬だけ考えたが……。


「どうして拒否したのですか?」


 そう。リディアがここにいるということは、その提案を拒否したということになる。どうしてその選択をしたのか。レイは純粋に気になっていた。当時は、そのことは気になっていなかったが、今になると知りたいと思ったようだ。


「どうして、か。それはやはり、私の追い求めるものは環境などで左右されるものではないからな。金は大事だ。環境もな。しかし、魔術真理にたどり着くためには……もっと大切な何かがある気がする」

「それはなんですか?」


 じっと真剣な眼差しでレイは尋ねる。リディアはそれに対して、真剣に答えようかと迷う。


 今までの人生は魔術を極め、そのために全てを捧げるためだけに存在しているのだと。そう思い込んでいた。


 孤独な天才。それこそが、リディア=エインズワースだった。


 学生の時も、軍人となった時も、彼女はどこかで孤独感を覚えていた。しかしそれは当然だった。魔術真理にたどり着くために、馴れ合いなど必要はないからだ。そんな半端な覚悟ではたどり付ける領域などでは無い。


 でもどうしてだろうか。リディアはレイと出会ったことで、大きく変わった。それは性格的な意味で、魔術的な意味でも。


 成長したのだ。孤独を覚えていた時よりも、ずっと。


 大切なものとは何か。その明確な答えを得ているわけではない。だが、目の前のレイの存在を見てリディアが考えるのは──。


「ま、それもいつか話してやるよ」

「……分かりました」


 いまいち釈然としないようだが、レイはそう答えておいた。


 彼がその答えを知ることになるのは、もう少し先のことである。




 夜の帳が下りた。


 ついに、ここから本格的に任務が開始することになる。二人が潜入するのは帝都の中央に存在している中央管理塔だ。エイウェル帝国の中心であり、これこそが帝国の心臓でもあると言われている。


 そびえ立つそのタワーの大きさには、圧倒されてしまうのも無理はない。


 もちろん二人が真正面から侵入することはできない。ならば、別のアプローチを試みるのは当然だった。


「師匠。どうしました?」

「……これは予想以上だな。しかし──」


 早速、侵入を試みようとする二人だがリディアの足が途中で止まる。中央管理塔へと通じる地下通路。ここからの侵入を予定していたのだが、予め下調べした時と地形が変化しているのだ。


 流石に相手も侵入に関しては対策を講じているとは思っていたが、たった数時間で地形を変化させてくるなどとは流石の彼女でも予想していない。そもそも、どのような理屈でそれが起きているのか。それすらも分からないのだ。


 そうしてどうするべきか考えていると、コツコツと足音が響いてくる。反響するその音は不気味そのもの。


 リディアとレイは音のする方へと視線を向ける。


 やって来たのは一人の少女だった。


 少女は真っ赤なワンピースを着ており、銀色の髪がサラサラと後ろに流れている。そんな彼女のことをレイは知っている。なぜならば、昨日偶然にも宿で出会っていたからだ。


「あれは……」

「レイ。知っているのか?」

「はい。宿で偶然出会いました。しかし、その時はただ少しだけ会話をしただけですが……」

「なるほど。どうやら、すでにこっちの目論見はお見通しというわけか」


 あの時とは違って、帽子を被ってはいない。またこの暗闇の中ということもあって、相手の少女の表情はよく見えない。




「ようこそ、エイウェル帝国へ。でもあなたたちの戦場はここじゃない。ちゃんとした舞台は用意してあげるわ。だから、国へ戻りなさい?」




 少女にしてはしっかりとした口調。凛とした声がこの地下空間へと広がっていく。ニコリと微笑んでいるようだが、それはどこか恐ろしさを覚えるようなものだった。


 それにレイとリディアは気がついていた。溢れ出るその第一質料プリママテリアの異質さに。あまりにもドス黒い第一質料プリママテリアに、レイは僅かにたじろいでしまう。


 じり、と後ろに一歩だけ体が動いてしまう。本能的に悟っているのだ。目の間にいるこの少女とまともに戦ってはいけないと。


 それを庇うようにして、リディアは一歩前にでる。


 すでに臨戦体制。右手にはいつの間にか一本の冰剣が握られていた。


「あら? 私は戦う気は無いのだけれど?」

「──問答無用ッ!!」


 流石に殺す気までは無いが、確保して情報を聞き出そうと思っているリディアは一気に地面を蹴って駆け抜けていった。


 そのスピードは並の魔術師、いや高位の魔術師でも反応できないほど。


 転瞬。一気に駆け抜けていくと、低い姿勢のまま彼女は相手の首元へと冰剣を向ける。


 すでに魔術師として全盛期を迎えているリディアに敵うものなどいない──だが、世界の広さを彼女は知ることになる。


「……なっ!?」

「ふふ。流石の冰剣ね。並の魔術師とは格が違うわ」


 リディアは首元への狙いをフェイクにして、冰剣を袈裟を裂くようにして振り下ろした。その一撃は必中であると、そう思っていたのだが彼女の攻撃は見えない壁によって阻まれていた。


 ガキィンッ! と甲高い音をたててその場には折れてしまった冰剣がパラパラと散っていく。


 流石の彼女も一筋縄ではいかないと理解して、いったん後方へと下がる。


「自分も行きましょうか?」

「いや……私がやる。レイは見ておけ」

「……分かりました」


 と、そう会話をしている間にその少女の姿はまるで霧のようにして消えていく。パラパラと流れる粒子は、彼女を構成していたものだ。


 どのような原理か理解はできないが、油断はできないと改めて冰剣を構える。



「また会いましょう。バイバイ二人とも」



 そんな声が聞こえてくると同時に、頭上から大きな音が鳴る。この地下空間自体が大きな唸り声を上げ、ボロボロと瓦礫が落下している。このような状況では流石に先に進むことはできない。


「くそっ……逃げるしか無いな」


 冰剣を解除すると、リディアは諦めたような声を漏らす。


「レイ。戻るぞ」

「はい」


 二人は難なく来た道を戻って、地上へと戻ってきていた。今回の騒動は自然な地盤沈下として処理されることになった。レイとリディアがやって来ていたという情報は帝国に届くことはなかった。


 そのことは彼女としてはどうでもいい。そもそも、あの少女の存在は何なのか。


 帝国側の魔法師、それとも全く別の何かなのか……。


 リディア顎に手を当てて、しばらく思索に耽るが答えを得るにはあまりにも情報が少な過ぎた。


「すぐに王国に戻るぞ」

「はい。しかし、あの少女は……」

「帝国の魔法師にしてはおかしい。私たちが来ることが分かっているのならば、たった一人で待ち受けているのは変だ。それにあれではまるで、逃しているようにも思えたな」

「……単独で行動をしていた、または全く別の勢力とか?」

「そう考えると、帝国の目的が分からない。だがとりあえずは存在を知ることはできた。それだけで十分だろう」

「……はい」


 そうしてリディアとレイはすぐに帝国を後にするのだった。


 あの少女の存在が何だったのか。二人はまたいずれ、彼女と出会うことなるのだった。

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