第285話 極東戦役、開幕
極東戦役。
ついに極東での紛争はその名称で呼ばれるようになっていた。王国は西に位置しているため、今回の極東戦役には参加しないものと思われたいた。しかし、自体は思わぬ方向へと進行していくのだった。
「今回集まってもらったのは、他でもない」
ブリーフィングルーム。そこでヘンリックは緊急会議を開くことにした。全ては現在行われている極東戦役のために。
「すでに知っていると思うが、東で行われている紛争の被害がかなり拡大している。私たちもすでに何度か介入に入ったが、その時よりも被害の拡大は著しく早い」
その言葉に対して、リディアがある一つの懸念を投げかける。
「──エイウェル帝国。裏にいるんでしょう、中佐」
エイウェル帝国。今回の極東戦役は小さな国同時の紛争から始まったものであり、エイウェル帝国ほどの大国が参加しているものではない。しかし、あまりの被害の拡大スピードから軍の上層部は考え始めていた。
裏で意図的に、戦争を長引かせている、または戦争を拡大させているものがいると。
「……すでに軍の上層部はそのように考えている。そこで、
ヘンリックから告げられる言葉は、全員にとって意外なものだった。
「レイとエインズワース。主にこの二人に潜入してもらう。残りのメンバーはバックアップだ」
リディアはまだ分かるが、流石にレイはどうなのかと思いアビーが懸念の声を上げる。
「中佐。流石にレイには早計すぎるのではないでしょうか」
「その懸念ももっとだ。ガーネットの言い分は分かっている。だが、レイは何よりも優秀だ。うちの部隊でも主力と言っていいほどに。それに他のメンバーにはやることがある。あとは二人に任せることにしよう」
「……分かりました」
そう言われてしまえば、それまで。確かにレイの優秀さはアビーも認めるところだった。それにリディアとレイのコンビネーションはすでに完璧に等しい。それは、アビー以上にレイはリディアに合わせるのが優れているからこそ、認めているのだ。
レイは何事も真似るのが上手い。相手の呼吸に合わせてサポートをする技能、それに命をかけた戦いであっても冷静に対処できるだけの胆力。おおよそ、年齢にそぐわないその技量をアビーは誰よりも高く評価していた。
「バックアップがあるとはいえ、レイと二人か……」
「師匠は色々と問題がありますから。自分がしっかりとサポートします」
「あ? ずいぶんと生意気な口を聞くようになったなぁ……?」
「いたっ!」
と、レイは気がつけばリディアから頭に拳をもらっていた。最近は避けることもできるようになっていたのだが、流石にリディアが本気で振るう速度にはまだ対応できないようだった。
特にここ最近のレイの成長は目覚ましい。それはおそらく、この部隊でも屈指の魔術の技能を誇っているからだろう。リディアからの英才教育の影響もあるだろうが、彼にはそれだけでは済ませることができない何かがあった。
そうしてレイとリディアは先にエイウェル帝国へと潜入することになるのだった。
「見えましたね」
「あぁ。やっとだな」
馬車に揺られてやってきたのは、エイウェル帝国。王国とは真逆の東に位置している大国。ここ数十年では、各国との交流を盛んとしており貿易なども積極的に取り組んでいる。そのため、国内に侵入すること自体は容易ではある。
しかしそれは、エイウェル帝国側も把握していることだ。おそらくは仮に敵対する人間や組織が侵入したとしても撃退できるだけの実力を持っているからこそだろう。
この国はアーノルド王国に次ぐ魔術大国だ。いや、実際のところどちらの方が上なのか……という議論に決着はついていない。アーノルド王国は魔術発祥の地ということもあって世界最大の魔術大国と謳われているが、その真相はまだ誰も知ることはない。
「ついたな」
「はい」
リディアとレイは無事に入国審査を済ませて、エイウェル帝国に入国。入国目的は観光であり、滞在期間は一週間ほど。二人はいとこと言う設定にして、特に深く尋ねられることもなく無事にその巨大な門を通り過ぎる。
王国にはない巨大な真っ白な外壁。それは外敵から国を守るために設立されたものらしいが、伝聞で知っているのと実際に見るのでは訳が違った。
「大きいですね」
「あぁ。私も初めてきたが、かなりのものだな」
それはある種のアピールでもある。我が国はこれだけの国力がある。暗にそう示しているの側面もあるのは事実だった。
「それにしても、人が多いですね」
「そうだな。人口はうちの国よりも多い。それにここは帝都だ。一番人の集まる区画だ。無理もないだろう」
二人はそう話しながら、歩みを進める。まずは宿の確保から始めるべきだとリディアは言って、二人で帝都を進んでいく。
レンガ作りの建物に、道は綺麗に舗装されている。アーノルド王国もインフラなどはかなり進んでいる方だが、このエイウェル帝国はそれと同等かそれ以上。
レイの主観的な感想からすれば、ここは王国よりも進んでいるような……そんな気がしていた。
街ゆく人は、このメインストリートで開かれている出店で品物を吟味している。それに家族連れもいるのか、笑いが溢れている国だった。
おおよそ、この光景だけ見れば平和な国と思うだろう。それこそ、極東戦役に加担しているなどとは思えないほどに。
「レイ。どうした?」
立ち止まってその光景を見つめていたレイに、彼女は声をかける。
レイがこうして王国の外にやって来たのは初めてだった。そもそも彼は、自分の過去のことをそれほど鮮明に覚えていない。だというのに、この景色には既視感があった。
どこかで見たような……そんな感覚。
しかしそれはきっと気のせいだと思って、すぐにリディアの言葉に答える。
「いえ。なんでもありません」
彼はリディアの後を追いかけるようにして、人混みの中に消えていくのだった。
「レイ。宿の手続きをしてくる。待っていてくれ」
「はい」
帝都でも最も有名な宿に泊まることにした二人。現在は色々と時期などの関係もあって、宿には数多くの人間がいた。
そして、リディアが手続きをしている間、レイは呆然と後ろの席に座って荷物番をしていた。特にすることもないが、何かをする時間もない。
「あ……っ」
ボーッとしていると、目の前で少女が派手に転んでしまうのを目撃した。地面にぶつかってしまうその瞬間、レイはすぐに駆け出していた。
そして彼は小さな少女の体を受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……ありがとう。本当に転んだと思ったから」
「いえ。ご無事でしたら何よりです」
少女は真っ赤なワンピースを着ており、銀色の髪がサラサラと流れる。しかし帽子を深く被っているようで、全体的にあまり顔はよく見えない。
「改めてお礼を。助けていただき、ありがとうござました」
スカートを軽く持ち上げると、彼女は礼を述べた。
「いえ自分は。当然のことをしたまでです」
そう対応していると、リディアが部屋を取ったと声をかけてくる。レイはすぐに荷物を持つと、移動しようとする。
「では、自分はこれで」
「えぇ。またね──レイ」
レイ、と言われた瞬間……振り向いた。自分の名前は教えてないはずだった。しかし彼女は確かに、レイと名前を言ったのだ。
喧騒の中でただ一人、佇む。まるで世界の時間が止まったかのような瞬間だった。
一体今の少女は何者だったのか。ただの白昼夢だったのか。
それにしてはあまりにも現実感があったが……とレイは思うが、すぐにリディアに呼ばれてしまうので思考を切り替える。
「レイ。行くぞー!」
「はい」
この出会いが後にどのような影響をもたらすことになるのか。
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