第272話 史上最年少の七大魔術師
冰剣。
それはリディアが生み出した魔術の一つ。氷魔術を剣という形に消化させ、より実戦的なものに高めた魔術。軍人になる前から、彼女は自分が氷魔術に対する適性が高いことには気がついていた。
そこに着目して、彼女は冰剣という魔術を生み出すことにした。それは決して、ただの氷の剣ではない。彼女の本質である【減速】と【固定】というコードを緻密に織り込んだものだ。
その差別化を図るからこそ、名称は氷剣ではなく冰剣としている。唯一無二の魔術。それこそがリディアの求める冰剣であった。
「……ふぅ」
冰剣を振るう。
目の前には数多くの魔物が転がっていた。魔物による
《
《
《
《エンボディメント=
コードの中に組み込まれるその二つの本質。それによって生み出される冰剣はリディアの周りに顕現していた。両手に冰剣を掴み、彼女の後ろに控えるようにして他の冰剣は宙に浮かんでいた。
もはや彼女は並の魔術師の領域にはいない。文字通り、次元が違うと言っていいだろう。今回の戦闘を見ていたアビーは、ただ呆然とするしかなかった。
アビーやキャロルもまた、すでに七大魔術師候補と言われているほどには卓越した魔術師であることに変わりはない。
しかしやはり、稀代の天才であるリディア=エインズワースの前ではそれも霞んでしまう。
「リディア……ついに完成したのか」
「あぁ。妙な感覚だ。今まで見えていないものが、全て見える気がするんだ」
よく見ると、リディアの金色の瞳は
「お前、その目は……」
そう言われてリディアはボソリと呟く。
「新しい能力が覚醒したらしい。今の私には、
絶句する。
今まで
神に愛された少女。
その敬称でも呼ばれているリディアのことを茫然と見つめる。間違いなくそれは、後天的なものではないだろう。先天的に持っているものが違いすぎる。
まさに彼女は──神に愛された才能を持っている。
だが、アビーは知っている。強大な力を持っていることが、必ずしも幸せに繋がっているわけではないことを。
「アビー。帰ろう。任務は終了した」
「あ、あぁ……そうだな」
そうして二人は任務を終えて、王国の基地へと戻っていく。
翌日。リディアは魔術協会の本部に呼ばれることになった。すでに事前通達はあった。彼女のもとに、正式に七大魔術師に指名したいという手紙がやってきていたのだ。
リディアの性格ならば、無視してもおかしくはない。だが今回ばかりは、事情が違う。彼女は思っている。自分のこの莫大な才能には、それ相応の責任があるのだと。
だからこそ、彼女は一人で魔術協会へとやってきていた。
「……ここも久しぶりだな」
リディアは天才ということで魔術協会のパーティーにはよく招待されていた。だが彼女は面倒という理由でそれを拒否していた。もっとも、豪華な料理が出ると分かっているときはやってくる時も稀にあるのだが。
そんな彼女が協会内に入ろうとした瞬間、そこでばったりと見知った人間と出会うのだった。
「リディアさんですか?」
「マリウス……奇遇だな」
そこにいたのは長髪の男性だった。胸まである栗色の髪をそのまま下ろしている。いつもは後ろでまとめているのだが、今日に限っては結んではいない。
また、その顔つきは男性にも女性にも思えるが実際は男性である。それは百八十センチある身長からも明らかではあるし、肩幅や筋肉量からも分かる。
そんな彼の名前は、マリウス=バセット。
別名──
「で、
「リディアさんを迎えにきたんですよ。会長に頼まれたので。ここで出会えたので、その仕事ももうありませんが」
「……そんなことをしなくても、私はやってくるというのに」
「そうは言いますが、今までは誘いを無視するのが普通でしたよね?」
「う……うぐ。そうだな」
マリウスはリディアの苦々しい表情を見て、微かに笑みを浮かべる。
二人の付き合いは割と長い。マリウスの年齢はリディアよりも十ほど上。そして彼は、アーノルド魔術学院の教師でもあった。そこで彼は四年間リディアたちの担任をしていた。
リディアとの付き合いはその四年間の中で、かなり濃いものとなった。
彼女としてもマリウスは数ある知り合いの中でも、頭の上がらない人間なのである。
「いいですか。あなたももう、七大魔術師の一人になるのです。学生のような言動では、ダメですよ? それに最近は軍の方では落ち着いたと聞きましたが、リディアさんはいつも──」
「うがああああああああっ! やめろおおおおおおおっ! こんなところでお前の説教を聞いている場合じゃないんだあああああああああっ!」
地団駄を踏んで暴れるリディアを見て、じっとその様子を見るマリウスは依然として笑みを浮かべたままだった。
「ふふ。冗談ですよ。ちょっと懐かしくて、からかっただけです」
「……はぁ。お前は昔からそんなやつだったな」
七大魔術師の一人であり、教師でもあるマリウス。そんな彼は当時から分かっていた。リディア=エンズワースは史上最年少で七大魔術師になる存在であると。
そしていつかきっと、自分すら超えていく魔術になるであろうと。
ここでリディアと出会ったのは偶然ではない。彼は手向けの言葉を送るために、この場所にやってきたのだ。彼にとって卒業したとはいえ、リディアは大切な生徒の一人なのだから。
「リディアさん」
澄んだ声が響く。その声色から彼女はマリウスの真剣な雰囲気を感じとる。
「七大魔術師に抜擢されたようで、私も嬉しいです。しかし、ここから先に待っているのはきっと非情な現実でしょう。あなたほどの人間ならば分かっているはずです。魔術の真髄を極めるということは、狂気です。この領域は私を含めて、狂人の世界です。けれど、私は祝福します。あなたのこの先の人生に幸があらんことを──」
そしてどこからともなく、マリウスは一輪の花を取り出した。それをリディアに手渡すと、軽く一礼をする。
「マリウス。忠告感謝する。私は魔術の覇道を極める。それこそが、この才能を与えられた私の意味だからな」
「えぇ。応援しています。あなたは誰よりも気高く、神に愛された魔術師だ。それでは、またお会いしましょう」
「あぁ。またな」
マリウスは手を振って、その場から去っていった。そんな彼の様子をリディアはじっと見つめる。
彼女は分かっていた。
七大魔術師という地位にたどり着けることができたのは、決して自分一人の力だけではないと。マリウスのような教師だけではない。アビーやキャロル、それに様々な人間と交流を持つことで、彼女は魔術師としてだけではなく人間として成長していった。
その果てにたどり着いたのが、今だった。
踵を返す。
リディアはギュッと自分の手を握り締めると、それを胸に当てる。その瞳には確かな意志が宿っていた。
「──行こう」
進む。
リディアは歩みを進める。彼女のこの先の人生には何が待っているのか。七大魔術師として生きていく覚悟を持っているが、それでもリディアはまだ若い。十代後半にして、七大魔術師となった天才の中の天才。
彼女には確かな意志がある。誰かに強制されたわけでもなく、それは彼女自身が後天的に獲得してきたものである。
学生時代からずっと言われてきた。
才能があって羨ましいと。神に愛されて、努力もできて、リディアのような魔術師になりたかった。そんな言葉は幾度となく送られてきた。
羨望だけではない。そこには嫉妬も混ざっていた。リディアの強大な才能を前にして、潰れてしまった魔術師もいる。それは、それまでの才能と割り切ってしまえばそれまでだ。
だが、リディアはそんな人生を歩んできた思った。ずっと最前線を走り続けてきた人生。年齢など関係なく、すでに世界の頂点に至る魔術師である自分が生まれた意味はなんだ、と。
その答えはまだ得ていない。でもだからこそ、自分には進む必要がある。この才能には数多くの人間の意志が宿っているのだからと、そう思っているからだ。
それは果たして彼女をどんな未来に導くのか。
栄光の道を進んでいくのか。または、それが呪縛となって破滅の道を歩んでいくのか。
リディアの行く末は、まだ誰にも分からない。
そうして彼女が史上最年少の七大魔術師になって──三年の月日が経過した。
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