第279話 七賢人


 アーノルド王国が西の大国とすれば、東の大国といえばエイウェル帝国である。世界の東を実質的に支配している巨大な国であり、その魔術の台頭はアーノルド王国に劣らないほどである。


 だが、エイウェル帝国には常に黒い噂が付き纏う。


 魔術による人体実験。その他には、魔術を殺人の道具として高めている集団がいる……など。そして実際には、その噂は真実ではないが限りなく近いのは間違いなかった。


 エイウェル帝国、帝都。そこにそびえ立つ城の地下にはある集団が集まっていた。そしてその中でも一際目立つ一人の男性がいた。


 艶やかな真っ黒な髪を後ろで一つにまとめ、それを前に流している。男性にしては髪は長く、一見すれば女性にも見える容姿。中性的ではあるが、そのスーツの上からでも確認できる筋肉を見れば男性と理解できる。


「さて、集まってくれたな諸君」


 円卓に着席すると、男性が凛とした澄んだ声を響かせる。人工的な光に照らされた地下空間。集まった人間は、全てで六人。


 ここで彼らは、一体何を話すというのか。


「まずは現状の報告だ。現在、戦火は確実に広がっている。だが問題は……王国に生まれた特殊部隊だ。名称は──特殊選抜部隊アストラル。その中にあのリディア=エインズワースがいる」


 その言葉を聞いた瞬間、髪を左右にまとめている小さな少女が口を開いた。その髪の色は金色に染まっており、キラキラと光を反射していた。


「殺せばいいだけでしょ?」

「フィーア。君の言う通りだ。計画の支障になる連中は殺してしまえばいい。それこそが、確実なのだから。だがリディア=エインズワースは覚醒者の一人だ。殺すのは限りなく難しいだろう」

「……そうなの?」

「すでに資料を配布しているはずだが」

「ごめん、アインス。読んでない」


 と、サラッと言うのでアインスと呼ばれている彼は少しだけ嘆息を漏らす。


「はぁ……ま、お前のそれは美徳でもある。後で私が詳しく共有しておこう」

「ありがと」


 そうしてアインスは一息つくと、改めて全員に向かって現状を説明する。


「話を戻そう。今まで言ってきたが、今回の計画の最大の支障になるのはアーノルド王国だ。そこで相手側も理解しているのか、特殊選抜部隊アストラルという組織を作り上げた。少数精鋭。中でも、王国の中でも選りすぐりのメンバーが揃っている。正直言って、リディア=エインズワース以外は雑魚だと言いたいが……油断はできないだろう」


 すでに特殊選抜部隊アストラルのことは調べ上げていた。特殊選抜部隊アストラルの存在は王国内でも公になっていないのだが、彼たちはその情報を確実に収集している。


 目下の敵はリディアと語るが、その真の狙いは決して彼女ではない。


「やつはどうなっているんだ? どうしてこちらで回収できてねぇんだ?」


 乱雑な口調で問い詰める男性。刈り上げた赤い短髪に、横柄な態度。だがそれを指摘するものは一人としていない。


「ドライ。その件は前も言ったが……タイミングが悪いとしか言いようがなかった。あの村での儀式は、こちらでも把握できていなかった」


 その男性はアインスにドライと呼ばれているようだった。


「は。それで、三年も経っているってか?」

「そうだ。だが心配はない。彼の教育はどうやら、リディア=エインズワースが行っているらしい。彼女もまた、彼の特異性に気がついているのだろう」

「なるほど、な。で、育てたところを奪う……ってか?」

「生死は重要ではないからな。必要なのは彼の魂だ」


 真剣な口調でそう語り続ける。


 彼、というのは一体誰を指しているのか。それは他でもないレイのことだった。レイという少年の出自。リディアたちはまだその真相に辿りついていないが、すでにエイウェル帝国側は把握していた。


 彼の存在こそが、世界に変革をもたらすものであると。



「それでー? これからどうするのー?」



 わずかな静寂を切り裂くようにして、発されたその声。女性のものであったが、どこか気怠いような声音である。そんな彼女は爪先を丁寧にヤスリで研いでいた。今までの話も、話半分に聞いているようだ。


「ツヴァイの指摘ももっともだが、まずは戦火を広めることに努めるべきだろう。レイはまだ育つのに時間がかかる」

「果実が熟れたところで、奪い取るってわけ?」

「その通りだ」

「ふーん。ま、あたしは今後もこの楽な生活を送れるならどうでもいいけどねー」

「そのためにも彼の存在はどうにかするべきだ」

「はいはい。協力はしますよー!」


 オレンジ色の髪を軽く後ろに流すと、彼女はそれ以降は関心を示さなくなってしまった。


 そうしてアインスは再び話題を別のものに変える。


「さて、改めてまずはあの村を詳しく調査すべきだろう」

「そのことですが、あの情報は確定なのでしょうか?」


 メガネをかけた利発的な男性が口を開いた。


「ゼクス。その件はすでに共有しているはずだが?」

「しかし、百聞は一見に如かず。この目で見るまでは、信じることはできません。何事も全て自分の経験を優先しているので」

「では後日、視察に向かうといい。軍の方にはそう伝えておく」

「助かります。しかし、本当に彼が零番目の存在なのでしょうか」


 と、再び疑問を呈するゼクス。それに対して、アインスはまるで虚空を見つめているかのような瞳で答える。



「これはばかりは、感覚的な問題だ。しかし間違いない。私の本能がそう告げている。彼こそがあの世界からの終着点であると……」



 その言葉を聞いて、それ以上に言及するものはいなかった。ここにいる六人は、すでに気がついている。


 レイという少年の存在の異質さに。まだ出会ったことのない存在ではあるが、ここにいる六人は確かに彼と繋がっているのだから。


「それでは本日の会議はここまでにしておく。軍の方には私から今後の展望を伝えておこう」


 立ち上がる。


 そしてその場にいた六人の人間たちは、地下空間から出ていく。その中で最後まで残っていたのは、アインスだった。結んでいる髪を解くと、グッと背もたれに体重を預ける。


 パラパラと長い髪の毛が微かに舞う。


 それを一気に掻き上げると、彼はふと声を漏らす。


「ついにここまできた……ついに、だ」


 それは宿願。


 今まで長年待ち望んでいた光景。それがついに目の前までやってきていたのだ。先ほどの会議では興奮を抑えていたが、彼は一人になった今だからこそ笑みを浮かべる。


 それは決して何かを楽しみにしているような純粋な笑みでは無い。


 自身の欲望が叶うという邪悪な笑み。もっとも、本人はそれを決して邪悪などとは思っていないのだが。


 エイウェル帝国の重鎮にまで上り詰め、軍の中でもトップクラスのポストに位置している。アーノルド王国などとは違い、彼らには明確な目標があった。


 それはこの世界を統べること。


 世界全てを支配してこそ、この帝国は帝国たり得るのだと。そのためには手段など選んではいられない。たとえどれほどの人間が犠牲になろうとも、どれほどの血が流れようとも、関係などない。


 全ては世界を手中に治めるために。



「あぁ、レイ。君に会えるのを、楽しみにしているよ」



 エイウェル帝国の中にある組織──七賢人セブンセイジ。その頂点に君臨するアインスは、まるで恋人の名前を呼ぶようにしてレイの名前を告げるのだった──。





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