第278話 規格外の少年
レイはエインズワース式ブートキャンプを始めたことを機に、その才能が開花することになった。今まではそこまで本気で教育をすることはなかったのだが、彼の才能の片鱗を見抜いたリディアはその才能を育てることにした。
現在は身体能力強化週間が終了した当日の夜。自宅に戻ってきた二人は、夕食の準備をしていた。といってもリディアは食器を並べるだけで、調理はレイがするのだが。
「師匠。今日もお疲れ様でした。何か食べたいものはありますか?」
「そうだな。今日はオムライスがいいな。レイのやつは卵がとろとろで美味いからなぁ」
「分かりました」
そう言ってレイは手早く調理を始める。今日も今日とて厳しい訓練があったのだが、レイはすでにすっかりと慣れてしまったのか、かなり元気な様子だった。それはこうして料理をしていることからも明らかだろう。
エインズワース式ブートキャンプに取り組んでいた他のメンバーといえば、訓練校の寮に戻ってすでに動けない程になっている。これはリディアが元々予想していたのだが、この一ヶ月で脱走する人間が出ていた。
それはリディアとレイが協力して、無事に捕獲。厳しい罰則を貸すかと思いきや、彼女は真剣に話を聞いた。どのような点で辛いのか、これからどうしたいのか。
彼女は選択肢として、ここで離脱することも許可していた。訓練中は苛烈な姿を見せているが、彼女は一人一人に真摯に向き合っている。
きっと今までリディアならば問答無用で切り捨てていただろう。そんな彼女がどうして、変わったのか。
それはやはり──。
「レイ。すまないな、お前の方が疲れているだろうに」
「いえ。師匠が料理をしたら、きっと酷いことになりますから」
「あ? それはどういう意味だ……と言いたいところだが事実だからな。その失言は許してやろう」
「あはは……ありがとうございます」
レイは内心で思う。事実を述べてしまったが、師匠が怒ることがなくてよかった……と。
レイとリディアの関係はまさに師弟と形容すべきものになっていた。親子でもなく、恋人でもない。その特殊な関係性は、師弟という他ないだろう。
「最近はどうだ? 訓練も慣れてきたか?」
「そうですね」
「そうか……」
そしてリディアは顎に手を当てて、思索に耽る。レイは気がついていない。自分自身のその異質な才能に。
周りの軍人たちよりも優れた身体能力に、魔術領域だけでいえばすでにリディアに迫っているほどだ。
彼自身はそれほど自分の能力に関心がないのか、ただリディアの言う通りにこなしているだけだ。
だが軍の上層部を含めてその才能には気がついている。上からは次の七大魔術師候補として育てるように言われているのだが、彼女としてはその才能に呑まれないようにするために教育している側面の方が強かった。
「師匠できましたよ」
「おぉ! いい匂いだな!」
テーブルに二人分のオムライスを置くレイ。片方はかなりの大盛りで、もう片方は普通の量である。もちろん大盛りの方はリディアのものだ。
「では、いただこう」
「はい。召し上がれ」
彼女はニコニコと笑ながら食事をとる。そんな様子を見て、レイもまた少しだけ笑みを浮かべる。
この生活もすっかりと慣れてしまった。けれど、このささやかな時間だけはいつまでたってもお互いにとってかけがえのないものだった。
「うん! いつも通り美味いな!」
「ありがとうございます。師匠の好みは完全に把握していますからね」
「ふふ。そうだな。それにしても、もう三年も経つのか。時間が経つのはあっという間だな」
「そうですね。自分もそう思います」
そして二人は、その時間を享受するのだった。
◇
「よーしっ! 今回は終わった者から上がっていいぞー!」
リディアは演習場で声をかける。あれから訓練はついに魔術の方へと移行した。今まで二十人ほどいた訓練兵は誰も欠けることはなく、リディアの過酷な訓練についてきている。
初めは彼女に恐怖をする人間が多かった。
史上最年少で七大魔術師に至った天才。それに加えて、彼女の性格は色々と難があるのは有名な話だ。初めはリディアの訓練を受けることができて喜んでいたが、蓋を開けてみると今まで受けてきたの中でも最も過酷な訓練が待ち受けていた。
それに根を上げるのも当然だった。
だが彼女の真摯な姿勢が訓練兵たちも届いているのか、まだ離脱する者は一人としていなかった。
「う……ぐうっ」
「む、難しい……」
「この細さを保つのが……っ!」
演習で現在行っているのは、細い氷柱を一定の高さまで整形するという訓練だった。
これに関してはより緻密なコード構成が必要となる。リディアは大雑把な性格から魔術も豪快なものを大胆に使うと思われているが、実際は違う。魔術の基礎は、コード構築。それをより緻密にコントロールできることことが、魔術全体の向上に繋がるのだ。
「レイ。終わったのか?」
「は。ただいま終了いたしました」
訓練の場では二人の関係は師弟ではなく、教官と訓練兵である。レイは特例で今回の訓練に参加することを認められている。
「……問題ないな」
じっとレイが作りあげた氷柱をみる。そこには、かなり細く仕上がった氷柱が、天高くそびえ立っていた。
「まじかよ……」
「本当に彼は何者なのかしら……」
「あぁ。まじでやばいよな」
と、他の人間の注意が逸れているのでリディアは大声を上げて注意する。
「おいッ! 自分の作業に集中しろッ!」
『レンジャーッ!』
そうして注意を促すと、リディアは改めてレイと向き合う。
「レイ。もう少し難易度を上げるが、いけるか?」
「もちろんです」
リディアが課した課題は、このようなものだった。氷柱の細さはさらに、鋭く。また高さは先ほどの倍。本来ならば、上位の魔術師しかできないような課題だった。
そしてリディアは片手をスッと振るうと、お手本となる氷柱をその場に整形する。
「こんな感じだ」
「……凄まじいですね」
「まぁ、私レベルになるとこの程度は朝飯前だ。今日中にできる必要はない。しっかりと取り組むといい」
「分かりました」
コクリと頷く。レイとしても、流石にこのレベルの氷柱を一瞬で整形することはまだできないので、彼女のその技量にただただ驚くばかりだった。
「おい。調子はどうだ?」
「えっと……途中で折れてしまうことが多く」
「それはだな──」
レイにはかなり高難度の課題を課したので、リディアはとりあえずは他に手ごずっている訓練兵のもとに訪れて指導に入る。
全員がかなり苦戦しているようなので、今回の訓練も時間がかかりそうだな……そうリディアが思っていると、レイの目の前にはリディアが指定したものと全く同じ氷柱が立っていた。
「……レイ。今の短時間でできたのか?」
「いえ。少し時間がかかってしまいました。次の課題は、どうしましょうか?」
「……」
顎に手を当てて、考え込む。
──なんだこの魔術適性は……。これではまるで天才というよりも……。
その先の言葉を敢えて考えないようにするが、やはり思ってしまう。その卓越した学習能力に、異常なまでの魔術適性。
これではまるで──化け物ではないかと。
その実力はすでにリディアにかなり迫っていると言ってもいいだろう。だがこの規格外の才能を、ただの天才と言ってしまってもいいのか。
思うのは、あの時のアビーの言葉だった。
曰く、レイの出身である村は神を下そうとしたいた……とか。
──まさかレイはその結果に生まれた存在だとでもいうのか?
「師匠。どうかしましたか?」
「いや……なんでもない。今日は上がっていい。私は最後まで訓練に残る」
「分かりました。先に家に戻って食事の準備をしておきます」
「あ、あぁ……」
敬礼をすると、レイは去っていった。リディアは去り際、その背中をじっと見つめるのだった。まるで、異質な存在をみるかのように。
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