第255話 実地訓練開始


「でかいっ! めっちゃでかいなっ!」


 士官学校に入って、圧倒的な巨躯を有する人間は見てきたつもりだった。しかし、リディアの前に立っているデルクは彼女が出会ってきた中でも一番の肉体を誇っている。


 身長が高いのは生まれつきだろうが、この鋼のような筋肉は間違いなく後天的な努力によるもの。彼の努力の足跡を見て、リディアは感嘆の声を上げる。


「ふふ。この筋肉の良さがわかるのか?」


 デルクはニカッとトレードマークの白い歯を輝かせると、上腕に思い切り力を入れる。するとその部分は非常に大きな力こぶが出来上がる。


 リディアはそれを見て、さらに目をキラキラと輝かせるのだった。


「うおおおっ!!? スゲェ! なんてやばい筋肉なんだっ!」

「ふ。しかし、エインズワース。お前もいい筋肉をしているようだな」

「何? わかるのか?」

「もちろんだ。女性にしては非常に鍛え抜かれている」

「ふふふ。よく分かっているな。私も男だったら、筋肉モリモリのマッチョマンになりたかったんだけどなぁ〜」


 筋肉談義に花が咲く。


 この二人はどうやら相性がよく、すぐに打ち解ける。


「俺のことはデルクで構わねぇ。筋肉を愛する者同士、よろしくな」

「私もリディアでいいぞ! よろしくな、デルク!」


 再び握手を交わす。リディアとしては、彼のような存在を見るのは初めてだったので非常に嬉しそうに笑っていた。


 そして現在ここにいるメンバーが召集され、ヘンリックの前に部隊のメンバーが集まるのだが……。


「あれ? 残りのメンバーはいないのかな?」

「少佐。もう一人の合流は今日ではないですよ。昨日一応、お伝えしましたが」

「あ、そうだったね。あはは! うっかりしていたよっ!」


 恥ずかしそうに頭をかきながら、笑って誤魔化す。その様子を見て、リディアたちも笑っているが、アビーとフロールの二人はじっと半眼で彼を見つめる。


「う……何だか、視線が厳しいね。とりあえずすぐに概要に入ろう」


 こほん、と軽く咳払いをするとヘンリックは説明を始めた。


「僕たちの部隊は王国軍の中でも精鋭たちが集まる、特殊部隊になっている。半年後の正式な設立に向けて、これからは準備期間となる。ただこれは、エインズワース、ガーネット、キャロラインの三人に合わせてのものだ。他のメンバーはすでに士官学校などは卒業している」


 特殊部隊の設立に際して、問題なのはその三人だった。いかに早く士官学校を卒業させるのか。そのために作られたカリキュラムであったが、三人は何の問題もなくこの実地訓練まで進んできた。


 ヘンリックとしても特に問題はないと考えている。そもそも、魔術師としての素質だけならばこの部隊の中でもトップクラスなのは間違いない。


 あとは軍人としての経験を積んでいけば、将来的にはかなりの人材になると考えている。


「この半年間だが、実地訓練ということで実戦もあり得るだろう。最近は特に魔術を使用した紛争が多い。ゲリラのような存在も、王国の周辺では確認されている。ただし、ここは最前線ではない。まだ三人は訓練を終えていないからね。しばらくはここで訓練を重ねつつ、実戦に向けて準備をする。もちろんチームワークも含めてね。よろしく」


 その言葉で彼は締めくくった。


 本来少佐の地位である彼は、このようなことをする立場ではない。実際に現場に出て指導をするなど、佐官になってからはしていない。しかし、今回の場合はケースが特殊だ。


 将来的に七大魔術師に至る可能性のある三人。その指導を任されたのは半ば押しつけられたようなものだが、彼としては楽しみな側面ももちろんあった。


 百年に一人の逸材が同時期に現れる。そんな彼女たち三人がどのように成長していくのか、純粋にそれが楽しみなのだ。


「では、今日はここまで。一週間はここで生活をすることになるから、よろしく頼むよ」


 その言葉を最後に、解散することに。


 リディアたち三人はまたも同じテントで暮らすことになった。ここまで来てしまえば、一蓮托生。


 アビーは色々と気苦労が絶えないのだが、慣れとは恐ろしいもので彼女も徐々に適応しつつあった。



「おっしゃーっ! なら今日は俺が飯を作るぜっ! 新人の入隊祝いみたいなもんだなっ!」



 と、デルクが一人で大声を上げる。そしてリディアはすぐに彼に近づいていく。


「デルク。面白そうなことをしているなっ! 何を作るんだっ!!?」


 目を輝かせてそう尋ねる。彼女はアウトドアも好きなので、こうして外で食事を作ることには興味津々である。そして、デルクはニヤッと笑うと自信満々に答える。


「決まってるだろ? カレーだぜ……」

「カレー、だとっ!? 鉄板じゃないかっ!」

「ふふふ……今日は完璧に準備してきたらかな。カレーの材料も、飯盒炊飯はんごうすいはんも準備完了だぜ」


 ズラッと並ぶ調理器具。それを見ると、彼女はさらに嬉しそうに声を上げるが……。


「おぉ! なら私も手伝うぞっ!」

「おいやめろ。お前が作る側になると、ろくなことにならない」

「はぁ〜? 私だって成長しているんだぞ……っ!」


 アビーが止めようとするが、リディアが譲ることはない。そしてそこにはキャロルもまたやってくる。


「……リディアちゃん。絶対にやめておいた方がいいよ……あの時の惨劇を忘れたの……?」

「う……」


 いつになく真剣なキャロルの表情。口調はいつもよりもしっかりとしており、その表情も深刻な様子だ。


 それだけでリディアが料理を作ることがいかにまずいのかよく分かる。


 時は数年前。学生の時に、リディアは何を思ったのか手料理を作ったことがある。


 それをアビーとキャロルに振る舞ったのだが、二人は食べた瞬間失神した。その後、味見をしたリディアも失神してある種の地獄を作り上げたのだ。


 そのようなことが過去にあったので、流石に二人は彼女が料理に絡むことを阻止する。


「リディア、大丈夫だぜ。お前はそうだな……飯盒炊飯を頼む! 水を入れて、加熱するだけだからな」

「デルク……っ! うぅ……なんていい奴なんだ」


 そして全員で調理を開始する。気が付けば、ヘンリックとフロールも合流して全員でカレーを作っていた。大量に持ってきた野菜の皮を剥いたり、カレルーを作ったりなど全員で力を合わせて調理をしていた。


 そんな中、アビーは飯盒炊飯を担当しているリディアのことを野菜の皮を剥きながらじっと監視していた。


「アビー。私なら一人でできる。任せておけっ!」

「いや無理だ。お前は絶対にやらかす。私が最後まで付き添う」

「……そ、そうか」


 いつものリディアならば絶対に反対して口論になっていたはずだが、アビーのその瞳があまりにも鬼気迫っているために、何も言えなかった。


 初めてみるアビーのあまりにも真剣な表情。こればかりは前科があるので、仕方ないと思いつつ彼女の監視の元、リディアは飯盒炊飯を進めていくが……。


「ばかっ! そんな火力を強くするなっ!」

「だって早くできるだろ? 効率いいだろ」

「そんなに強いと焦げるに決まっているっ! もっと火力を落とせっ!」


 案の定、リディアはやらかしそうになっていたのでアビーの懸念は正解だった。そして渋々とアビーのいうことに従うと無事に炊き立てのご飯が出来上がった。


「おぉ! 私でもできたぞっ!」


 嬉しそうな声を上げるが、アビーといえば疲れたような表情をしてボソリと声を漏らす……。


「私がいなかったら、絶対に失敗してたがな……」


 そうしてカレーの方も出来上がり、全員でそのカレーをさっそく食べることになった。


「うまい! うまいぞっ!」


 リディアは嬉々としてカレーをほう張る。他のメンバーもまた、それを食べて美味しそうな表情を浮かべる。


 どうやらあの惨劇は避けることができたようだった。


 こうして特殊部隊としての活動は、まだ正式なものではないが始まるのだった。




 ◇



 ということで、ついに本日から都内には書籍が並ぶと思います!! 本当に読者の皆様のおかげでここまでくることができました。改めて、感謝を述べたいと思います。


 内容は一章を加筆修正をしたものになります。既読の方も楽しめるように、新規エピソードを入れてあります!(あのキャラの意外な面が見られるかも……?)


 またここまで読んでいる方だからこそ楽しめる部分も入れてあります。


 文庫サイズでお求めやすくなっておりますので、本当に何卒、書籍版の方もよろしくお願いします!!

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