第254話 実地訓練へ
リディアたちは無事に士官学校でのカリキュラムを修了。本日より、実地での訓練が開始となる。現在は東の方で紛争が起きていることが多い。さらにそれは、魔術を使用しての紛争。
魔術を使用した大規模な戦争はまだ行われていない。コード理論が生まれ、魔術が体系化され、才能のある者ならば魔術教育を受けるだけである程度の魔術行使が出来る。
それは魔術をさらなる進歩をもたらすことではあるのだが、何事にもメリットとデメリットは存在する。
そう。魔術は人を殺す手段としても非常に有用だったのだ。
人間が殺人に魔術を使用する。それはすでに、実際に行われていることであった。
「王国の東のキャンプ地か。ここにはあまり来たことがないな」
背中にバックパックを背負って、リディアが先頭になって進んでいる。現在は王国の国境沿いで争いが起こっているとのことだった。
彼女たちの残りの半年の実地訓練は、主に国境沿いでの防衛を主軸とした訓練になっている。
「リディアは意外と外出しないよな。たまに森に走りに行ったりはするが、本を読んでいることが多いし、魔術実験をしていることもあるな」
アビーがそう言葉にする。
彼女のいうとおり、リディアは活発ではあるのだが、いつも外にいるのが好きというわけではない。
彼女は読書をして知識を吸収する時間、さらには新しい魔術を生み出すために実験をしたりなど、意外と室内での活動もよくしているのだ。
「そうだなぁ……確かに、言われてみればそうかもしれん。しかし、いつも思うがこいつはどうなっているんだ?」
リディアとアビーの後ろには、スキップをしながらキャロルが進んでいた。それに鼻歌も歌いながら。いつものように高い位置で桃色の髪をツインテールにしてまとめている。
そんな彼女は全く疲れなど出ていないようだった。かなりを距離を歩いているというのに。
「え? もしかして、キャロキャロのこと?」
ポカンとした表情を浮かべる。そしてリディアは思ったことをそのまま口にする。
「そうだ。正直言って、お前は士官学校の段階で脱落すると思っていた」
「えー! リディアちゃんってばひーどーいーっ! キャロキャロだって、やればできるんだよっ!」
えっへん、と胸を張って自分のことをアピールする。確かにキャロルは頭脳明晰であるし、身体能力も悪くはない。
しかし流石に大人たちに混ざっての士官学校の中では劣るだろう……ついてこれるのはアビーだけだな、と思っていたのだが、キャロルも無事にこの実地訓練までやってきているのだ。
リディアとしては驚きを隠すことはできなかった。
「キャロル。お前は基本はアホピンクだが、もしかしてやれるやつなのか?」
「むきーっ! もう四年目の付き合いだよっ! リディアちゃんは本当にキャロキャロのことを分かってないんだからっ! この脳筋ゴリラっ!!」
「……あ?」
ドサっとバックパックを下ろすと、キャロルの方へとじりじりと近づいていく。流石にこれはやばいと思ったのか、アビーはリディアを羽交締めに静止させる。
「おいっ! 離せっ! こいつから喧嘩を売ってきたんだ!!」
「売り言葉に買い言葉だろう。落ち着け、リディア」
と、アビーがなんとか宥めているにもかかわらず、さらにキャロルは煽ってくる。
「へへーんっ! 士官学校でもリディアちゃんは、ゴリラだって有名だったよぉ〜」
「……殺す」
その後。本気でブチ切れそうになるリディアをなんとかアビーが沈め、さらにはキャロルにもそれはもうきつい説教を彼女はするのだった。
喧嘩するほど仲がいい、といえば聞こえはいいのだが仲裁するアビーの心労はそれなりに大変なものだったらしい……。
「よしついたな」
無事に落ちついた三人は、さらに歩みを進めて簡易的に設立されたキャンプ地へと辿り着いた。そこには複数のテントが設立されており、すでに人の気配がするようだった。
「お、三人ともに来たようだね」
リディアたちがやってきたのを感じ取ったのか、中から出てくるのはヘンリックだった。
「ファーレンハイト少佐。お久しぶりであります」
敬礼をして、そう声を出すのはもちろんアビーだった。
「三人とも、半年ぶりだね。無事にこちらまでくることができて、とりあえずホッとしてるよ」
「ふん。私にとって、士官学校の訓練など造作もなかったですがね」
ニヤッといつものようにリディアは笑みを浮かべる。それに対してアビーは「はぁ……」と嘆息を漏らす。
上官に対する接し方は何度も改めさせようと思っているのだが、一向に治る気配は無い。
「わーいっ! 少佐だあ! もしかして前よりもおっきくなりました?」
ニコニコと笑いながら、キャロルは近づいていくとその筋肉を許可もなく触り始める。すると彼はグッと上腕に思い切り力を入れる。
「ははは! キャロライン、君はどうやら見る目があるようだね。私の筋肉はさらに成長中だよっ!」
「おぉ! おっきいですねっ!!」
ヘンリックもそれを注意することなく、まるで子どもと接するかのようにキャロルと話をしている。いやきっと、彼にしてみれば彼女たちは子どもも同然。
ただしその振る舞いは計算ではなく、天然ではあるのだが……。
「「はぁ……」」
ため息が重なる。
アビーが横を向くと、そこにはいつもヘンリックの側にいる秘書がいた。もちろん軍服を着ているので、彼女も軍人である。
「申し遅れました。アビー=ガーネットであります」
敬礼をして、自己紹介をする。以前会ったことはあるのだが、正式な挨拶はまだだったからだ。
「あなたは本当に常識人なようね。本当に助かるわ」
「恐縮です」
「私は、フロール=コーレイン。階級は中尉よ」
「は。よろしくお願いいたします、コーレイン中尉」
互いに敬礼を交わしてから、視線を三人の方へと向ける。そこでは、リディア、キャロル、ヘンリックが楽しそうに会話をしていた。
それだけを見ればただの微笑ましい光景なのだが、二人はいつかきっとまた大変なことが起こると予想していた。
「……お互い、苦労するわね」
「いえ。自分はそんなことは」
「分かってるのよ。エインズワースとキャロライン。二人とも、かなりクセがあるでしょう?」
「……う。はい、そうですね。実際のところは本当に苦労しています……ここにくる途中でも喧嘩をしそうになったので、仲裁するのが大変でした」
すると、フロールはアビーの肩に両手を置いた。
「大丈夫よ。今後は二人で、頑張っていきましょう」
「……コーレイン中尉っ!!」
感極まった声を上げる。それは初めて同族を見つけたときの喜び。今までずっとたった一人でリディアとキャロルの間にいたが、それを分かってくれる上官がいる。
それだけでも、アビーは少しだけ泣きそうになっていた。
もっともフロールの方はすでにこの部隊のメンバーを把握している。一方でアビーは知らない。フロールのその言葉の意味を、アビーは後に嫌というほど痛感することになるのだが……。
「お? 新入りか?」
テントの中から出てくるのは、ヘンリックよりもさらに一回り大きい男性だった。圧倒的な筋肉を兼ね備え、その巨躯はあまりにも威圧的だ。
「む……でかいな」
リディアはすぐにその筋肉の質を理解する。どうやら、士官学校にいた連中とは格が違うようだと。
「お前がエインズワースか? 噂には聞いてるぜ?」
ニカっと白い歯を輝かせながら、握手を求めるので彼女はそれに応じる。
「リディア=エインズワースだ。よろしくな」
「はははっ! 俺は、デルク=アームストロング。階級は軍曹だ。よろしくな」
視線を交わす。
リディアは握手をしているのだが、その大きな手に対してグッと思い切り力を込める。普通の人間ならば悶絶してしまう強さなのだが、デルクは全く動じることはなかった。
「おぉ! なかなか、力は強いみたいだな?」
余裕そうな笑みを見て、リディアは思う。
どうやらここは面白い場所になりそうだ、と。
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