第248話 士官学校


 リディアたちはメディカルチェックなど、所定の手続きを終えると正式に士官学校へと入校することになった。


 もちろん、そのことはすでに噂になっている。


 なんでもアーノルド魔術学院で名を馳せた天才たちがやってくる、と。


 その話を聞いて歓迎するものは多くない。どの時代であっても、目立つものはやはり疎まれてしまう。出る杭は打たれると言うが、まさに彼女たちもそれに直面することになるのだった。


「結局、私たちは同じ部屋か。あ、私はこっちのベッドを一人で使うからな! お前たちは二人で仲良く上と下を分けて使え」

「キャロキャロは嬉しいよ〜☆ よろしくね、リディアちゃん! アビーちゃん!」

「……はぁ」


 前途多難である。


 士官学校の寮では四人一部屋になっているのだが、彼女たちは特別扱いということでその部屋に三人で暮らすことになった。


 元々三人ともにここには、半年しかいない予定なのだ。半年の課程が終了すれば、その後は現地での実地訓練となる。その特別な過程をこなすことで、この三人は晴れて士官学校を卒業すると言う段取りになっている。


 その話は、すでにこの士官学校では広まっている。


 自分たちが苦労しているのに、一年で修了など馬鹿げている……そう思っている者もどうやら存在しているようだが。


「さて、さっそく訓練だ。遅れないようにしよう」

「おう」

「はいはーいっ!!」


 アビーが先導して、三人はそのまま外の演習場へと向かうのだった。



 演習場に到着すると、そこではやはり厳しい目線が三人に注がれる。ここにいるのはすでに士官学校を三年間過ごしてきた人間であり、残り一年で卒業となる。


 そこに飛び級のような形で混ざってくる、三人。しかも、つい数ヶ月前までは学生だったのだ。それを面白くない、と思うのはある種、当然だった。


「ほぉ……お前らが、スーパーエリートか」


 圧倒的な巨躯の男が、近寄ってくる。茶色の髪を刈り込んで、その双眸で鋭く睨み付ける。


「は? お前は誰だ?」


 それに臆することなく、リディアは言葉を発した。今までも自分よりも大きな体の魔術師は相手にしてきた。

 

 それに彼女は知っている。何も、体の大きさだけが全てではないのだと。


「どうやら、テメェがリディア=エインズワースのようだな」

「そうだが。ふふ。どうやら、私も有名人のようだな」

「ほざけ。ま、この訓練についてこれると思うなよ?」


 緊張感の張り詰めた雰囲気だったが、男はそう言って去っていった。


「おいリディア。あまりことを大きくするなよ?」

「あ? 別に私からは何もしていないだろうが」

「お前、返り討ちにする気だっただろ?」

「へへ。わかるか? いやー、学生の時は生半可なやつしかいなかったからな〜。こうして骨のある奴がいそうで、嬉しいよ。ククク……」


 人の悪い笑みを浮かべる。


 そう。リディアに関しては、学生の時は相手になる人間がほとんどいなかった。魔術戦において肉薄できるとすれば、アビーくらいだろうか。


 キャロルは顔と髪が汚れると言う理由で、あまり魔術戦は好まない。


「よし。揃ったな、お前たち。今日も訓練を開始する」


 教官と思われる人間がやってくると、整列する士官候補生たち。その顔には確かな緊張感が宿っていた。


「お前たちも知っているように、新入りがいる。しかし私は特別扱いなどはしない。今日も同じように、訓練を行う」


 それはリディアたちを特別扱いしないということを明示するための言葉。


 流石に訓練においてまで、特別扱いはされないようだった。そのことは三人も当たり前のように承知している。


「では、そうだな。まずは十キロ走のタイムを測る。魔術による身体強化はなしだ。では、全員所定の位置に並べ」


 そう促されると、全員がトラックのラインに並び始める。そんな中、リディアは一人で嬉しそうに笑っていた。


「いきなりのランニングか。滾ってきたな、これは……ふふ」


 一人で笑っているその様子は、明らかに異常者そのものである。この訓練をこなすことを当たり前と思っていても、楽しんでいるものなどいるはずがない。


 そう。リディア=エインズワースを除いては。


「では──始めッ!!」


 教官の言葉と同時に、全員が全力で走り始める。


 そして先頭を爆走しているのは、リディアだった。


「はははっ! 私は風になるっ! ワハハっ!!」


 体を動かすことが大好きである彼女は、ペース配分など考えずに疾走する。


それについていく者など一人もいるはずはないと思うが……先ほどリディアに絡んできた男性はぴったりと彼女の横に並走する。


「おい。あんまり調子に乗るなよ?」

「おぉ! このペースについてこれるのかっ!?」

「ほざけ。どうせ、目立ちたいから全力で飛ばしてんだろう? すぐにバテるに決まっている。女の限界を知るんだな」

「ククク……お前みたいなやつがいて、私は嬉しいよ」


 だが、リディアのペースが落ちることは決してなかった。綺麗なフォームでトラックを一周するが、依然としてペースは保たれている。


「……くっ! くそっ! どうなってやがるっ!?」


 男の方はギリギリくらいついているが、明らかに彼の方が苦しそうな顔をしていた。一方のリディアといえば、未だに満面の笑みで走り続けているのだ。


「ワハハ! どうだ、この王国のはやぶさについてこれるかっ!? ガハハっ!」


 そしてついに、リディアは独走の体制に入る。流石の彼も、異常なペースにはついて行けずに離されることになってしまう。


 彼女はペースを落とすことないどころか、さらに上がっていく。久しぶりにタイムを測って走るということで、テンションが上がっていたのだ。


「……よし。こんなものか」


 ぶっちぎりの一位で、リディアは十キロ走を終えた。


 軽く荒れている息を整えながら、額から流れでる汗を拭う。


「エインズワース」

「は。なんでしょうか、教官殿」


 教官にしては、礼節を持って接するリディア。一見すれば無法者のようにも思えるが、彼女はある程度の常識は兼ね備えている。


「お前、魔術は本当に使ってないよな?」

「それは教官殿が一番お分かりでは? すぐに魔術の兆候を知覚でいるように、広域干渉系の魔術を展開していましたよね」


 彼女のいうとおり、不正がないように教官は広域干渉系の知覚魔術を展開していた。誰かが第一質料プリママテリアを操作した瞬間、分かるように。


「……分かるのか」

「はい。走り出したと同時に、感じ取りました」

「なるほど。どうやら、噂以上の存在のようだな」

「恐縮です」


 丁寧に頭を下げる。


 その後。次々とゴールを迎える。アビーは順調に上位でゴール。キャロルもまた、そのツインテールを揺らしながら中位でゴールした。


 はっきり言って、このメンバーの中で下位にならないだけ彼女たちは優れている。


 ここにいるのはすでに三年も訓練を続けている猛者たちばかり。


その中でも完全にそれについて行けている三人は、魔術的な面だけでなく、肉体的な面でも突出しているのは間違いなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「おぉ! お前は上位でゴールしたようだな。ま、私には到底届いていないがな!」


 ぽんぽんとその肩を叩く。


「くそ……エインズワース。あまり調子に乗ると、痛い目をみるぞ?

「ははは! それは私に勝ってからいうんだな。っと……そういえば、名前はなんていうんだ?」

「……ニック=アーデルだ」

「なるほど。私はお前のことが気に入った。よろしくな、ニック」


 スッと手を差し伸ばす。だがニックはそれをパンッと叩くのだった。


「は。馴れ合いはしねぇ。覚えてろよ」


 そうしてリディアの前から去っていくが、その視線には明らかな敵意が込められていた。


「リディア。さっそく目をつけられているじゃないか」

「アビーか。いいじゃないか。あいつきっと、私に決闘でも吹っかけてくるぞ?」

「……そう仕向けたんだろ?」

「分かるか?」

「血気盛んなお前のことだ。軽く煽ったんだろ?」


 リディアのやり口を理解しているアビーは、肩を竦めながらそう言った。そしてそれは、まさにその通りだった。


「ククク……あいつはどうやら、この士官学校で幅をきかせているようだからな。まずはボスを倒して、どちらが上か教えてやるべきだろう……腕がなるぜ……」


 その顔は間違い無く、何かを企んでいる悪人の顔だった。


「はぁ……」


 アビーはため息をつく。


 どうやらリディアは全く変わることはないのだと、内心で思うのだった。

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