第247話 彼女たちの行末
「さて、まずは君たちの今後について話をしよう」
改めて、ヘンリックは三人に向かって彼女たちの今後についての話をする。秘書が渡してきた書類を受け取ると、彼はそれに軽く目を通した後に口を開いた。
「まずは士官学校だが、通常の在学期間は四年。しかし君たちには、それを一年で修了してもらう。半年間はこちらで士官学校で、残り半年は実地での演習となる。実地の方は新しい特殊部隊の立ち上げとなるだろう」
その話は初めて聞くものだった。だが、誰一人として表情を崩すことはなく、真剣に立ち続ける。
「特殊部隊の正式な設立は一年後。君たち三人は、士官学校を卒業後そこに配属されることが決定されている。つまり、君たちは特別扱いでかなり期待されているということかな」
そして、それに対してアビーが発言をする。
「発言。よろしいでしょうか」
「構わないよ」
「三人ともに同じ部隊に配属、という認識でよろしいのでしょうか?」
「うん。そうだね」
「なるほど。了解いたしました」
彼女はそれに対して異論を唱えることはなかった。しかし、隣にいるリディアはどうやらそうではないようだった。
「はっ。私たちがあまりにも異常だから、一箇所に集めておこう……って話じゃないのか? 普通の部隊に配属されると、
「おい。口を慎め。少佐の前だぞ」
「アビー。お前もそう思っているんだろう?」
「……思っているのと、口に出すのはまた違う話だろう」
その真剣な雰囲気をどうにかしようと、キャロルもまた会話に入ってくる。
「もうっ! 二人とも、そんな怖い顔しちゃダメだよ〜☆ 笑顔、笑顔っ!」
人差し指を唇の端に持っていって、ニコッと笑顔を作り出すキャロル。しかし、それでこの場の空気が和むわけもなかった。
「はぁ……少佐殿。あの三人は本当に大丈夫なのでしょうか?」
「もちろん。将来を期待されているのは、間違いない。この王国始まって以来の、天才たちなのだから」
ヘンリックは軽く手を叩いて注意を自分の方へと向ける。
「エインズワースの言うことはもちろん分かっている。これは
隣にいる秘書がギョッと驚いたような顔をするが、彼は話を続ける。
「はっきり言おう。私たち王国軍は、君たち三人のことを多少持て余していると言ってもいいだろう。もともとは士官学校にすら入れずに、すぐに特殊部隊に配属すべきと言う声もあったくらいだ。ま、そこはなんとか士官学校で学ぶ機会は与えることができたけどね」
先ほどとは雰囲気が違う。
それは張り詰めたものが少しだけ弛緩していくような。
ヘンリックもまた若い軍人であり、今回の件に関して一任されている。そのように言うと聞こえはいいのだが、実際のところは押しつけられた……と言ったほうが正しいだろう。
「それで少佐殿。私たちは、ただの実験動物にされるわけですか?」
最低限の礼節は弁えているのか、リディアは上官に接する口調で話しかける。もっともそれは口調だけであって、その態度はあまりにも横柄なのだが。
「はははっ! 実験動物かっ! いやいや、君たち三人をそんな風に扱うなんてことはしないよ。それに私からすればまだ幼い少女たちだ。ちゃんとした対応はする。けれど、覚えていて欲しい。君たちの魔術師としての才能は、すでに世界トップレベルであると言うことを」
「ふんっ。まぁ、当然ですね」
ニヤッと笑うリディア。アビーはそんな彼女の態度に、「はぁ……」と嘆息を漏らし、キャロルはニコニコと笑っているままだった。
リディアは自分の才能に疑いなど持っているはずがなかった。
アーノルド魔術学院には飛び級で入学。そこで収めた成績はおそらくは、歴代でも最高。座学に関してはアビーとキャロルと競り合っていたが、魔術の実践的な技術に関しては追随を許しはしない。
その圧倒的な才能はすでに学生レベルでは無い。
いや、学生の域を超えて世界トップレベルなのは間違いなかった。
「特にエインズワース。君は十五歳にして次期七大魔術師候補として、すでに名前が上がっているほどだ」
「七大魔術師ですか。別にそんな肩書に興味はありませんけど」
「ほぅ……では、君の興味は何かな?」
その問いに関して、彼女はその豊満な胸を張って自慢気に応える。
「さぁ。どうでしょう。でも、真理探究といえば聞こえが良く無いですか?」
「はははっ! それは魔術師らしい回答だね」
「でしょう?」
笑いが起こる。それに笑っているのは、ヘンリックとキャロルだけだった。アビーと秘書はただ呆れたような顔をしているだけだった。
「ふぅ……いやはや、流石は王国始まって以来の天才魔術師だ。面白い人材だ」
「恐縮です」
ニヤッと笑うリディアは、一体何を考えているのか。いやきっと何も考えていないのだろうとアビーは思っていた。
「さて、話はここまでだ。一応、士官学校に関する資料を渡しておこう。また何か進展があれば伝えよう」
「はっ。それでは、失礼いたします」
アビーに続いて、リディアはだるそうに、キャロルは面白そうに敬礼をすると三人はこの部屋を去っていくのだった。
パタン、とドアが閉じてからヘンリックはグッと椅子の背もたれに体重を預ける。
「ふぅ……」
「お疲れ様です」
「助かるよ」
いつ間に淹れたのか、彼の目の前には紅茶が置かれていた。
「あの三人ですが、大丈夫でしょうか?」
「あぁ。アビー=ガーネットは真面目な人間だ。それこそ、軍人気質と言ってもいいだろう。あの二人を引っ張っていってくれるに違いない」
ズズズと紅茶を飲むと、彼は少しだけリラックスした表情になる。ヘンリックとしても、実は今の
「それにしても、あれが稀代の天才魔術師リディア=エインズワースですか。印象は最悪ですけど」
秘書の女性は吐き捨てるようにそう言った。
「性格に難があるのは学生時代から有名な話だ。気性が荒いのも、ね」
「あれが世界最高の魔術師なのですか?」
「……そうか。君はまだ、彼女の実力を見ていないのか?」
「
リディアが
飛び級で入学したにもかかわらず、その圧倒的なセンスで年上の魔術師を凌駕していたのだ。
「あの程度じゃ、彼女の本当の実力は見えないよ。所詮は学生レベルだ」
「あれが本気ではないと?」
「本人曰く、半分の力も出していないとか」
「……あれで半分だと言うのですか?」
「彼女の本気は、一度だけ見せてもらったことがある。それはまさに、世界最高の魔術師に相応しいものだった。おそらく、来年には七大魔術師になっているだろう。ということは、十代でその地位に至るのか。ははは、本当に規格外の天才だ」
笑う。
それは純粋にリディアの才能を評価してのものだった。軍の中には、彼女の才能を頑なに認めない者もいる。特にそれは保守的な人間に多い。
しかし、ヘンリックは違う。彼は決して保守的ではなく、革新的な思想の持ち主だった。むしろ変化に対しては喜ぶべきことだと思っている。
「嬉しそうですね」
「あぁ。嬉しいとも。あれほどの才能が王国に在ることを感謝しなければならない。しかし逆を言えば、彼女の力はどの国も欲しがる」
「王国に
「そこまで大袈裟なものではないが、あらゆる可能性は考慮しておくべきだろう」
「何か策が?」
「ん? 別にないけど? これから考えていくさ」
秘書はその言葉に対して、「はぁ……」とため息をつく。これはいつものことなのだが、ヘンリックは物事を考えてそうにみえてそうではない時があるのだ。
全く、思わせぶりな態度はやめてほしいと彼女はずっと思っている。
「さて。彼女たちは、一体どのような道を歩んでいくんだろうね」
リディアたちがレイと出会うまで、後二年を切っていた。
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