第249話 圧倒的な力


 入校して一ヶ月が経過。


 その中でもやはり、一番目立つのはリディアだった。訓練においても、座学においてもトップの成績を収める。それも、圧倒的な差をつけて。


 現在は魔術を使用した戦闘訓練も始まっているのだが、彼女は魔術が使えるとなるとさらに圧倒的だった。


「リディア。調子良さそうだな」

「まぁな。最近はさらに感覚が良くなっている気がする」

「ふんふんふ〜ん☆」


 寮の一室。


 就寝時間の前に、二人は話をしていた。キャロルといえば、肌のケアと髪の手入れをしている最中。曰く、「一日でも怠ると、十年後に響いてくるんだからっ!」とのこと。


 最悪保湿だけでもして欲しいとのことで、リディアとアビーも最低限のことはするようにしている。


「それにしても、そろそろ来るんじゃないか?」

「アビーも分かるか」

「もちろんだ。ここ一ヶ月はあまり絡んでこなかったようだが、人数を集めていると他の先輩に聞いた」


 アビーといえば、リディアのように大きく目立つわけでもなく、キャロルのように容姿的な意味で目立っているわけではないので、他の先輩に気に入られている。


 彼女は何より、謙虚な上に年上を敬う精神があった。といってもそれは、ある種当たり前のことなのだが、リディアにそんな精神はあるわけがない。キャロルは常に自分中心で、周りのことなど見えてない。


 だからこそ、この三人の中でも唯一の常識人ということで彼女は相対的に大きく評価されているのが現状だ。


「お前は人間関係に関しては、卒なくこなすよな」

「おそらく、こちらの方が普通だ。お前は傍若無人が過ぎる」

「ははは! でも、それが私らしいだろ?」

「まぁな……」


 それは、アビーも認める点ではある。リディアは一見すれば、ただ何も考えていないだけで暴走する人間に見えるだろう。しかし、学生の頃からの付き合いの彼女は知っている。


 リディアの周りにはなぜか人が集まるのだ。初めは敵対していたとしても、気がつけば仲良くなっている。そんなことが学院にいた頃は多々あった。


「さて。そろそろ就寝時間だ。寝るぞ」

「あぁ。おやすみ〜」


 リディアはすでに寝息を立てており、瞬間的に寝てしまった。


「キャロル。もう手入れはいいだろう? 明かりを落とすぞ」

「はいは〜い☆ アビーちゃん、おやすみっ!」

「おやすみ」


 そして三人は、すぐに就寝するのだった。



 翌日。午前中の戦闘訓練が終わり、食事の時間となった。いつものように食堂にやってきて、同じメニューを頼む。大体はカレーが多く、ここでは一番の人気メニューだ。


 三人で席を取り、先にリディアが席についてカレーを頬張る。彼女は体を動かすのも好きだが、こうして食事をする時間も楽しみにしている。


「うん。美味いなっ!」


 と、味わって食べていると通り過ぎた人間の体が皿にぶつかってしまい、それが地面に落ちる。


「なぁ……!? 私のカレーがっ!」


 声を上げるが、時すでに遅し。彼女のカレーは無残にも地面に落ちてしまった。


「は。すまねぇな。でも、お前が悪いんだぜ? 俺の体が当たるような位置に皿があったんだからな」

「なにぃ……?」


 目の前に立っていたのは、ニックだった。それに後ろには取り巻きの人間もいた。一目見て分かるが、全員が圧倒的な肉体を有している。


 士官学校で何年も訓練を重ねているので当たり前ではあるのだが、ここにいるメンバーはその中でも特に優秀な者ばかりだった。


 それぞれがリディアのことを気に入っていない。それだけは間違いなかった。


 ニヤニヤと笑って、彼女を見下すような視線を送る。もちろんそれに我慢するようなリディアではない。


「ふふ……フハハ! お前、私の食事を台無しにした罪は重いぞ?」

「はっ。ならどうするんだよ」


 一触即発。この雰囲気は確実に、暴力沙汰になると周りの人間は理解していた。そして気がつけば、周りの机と椅子は片付けられリディアとニックたちが対面する形になっていた。


 このようなことは、士官学校では珍しいことではない。流石に流血沙汰になる問題だが、このような小競り合いはよくあることだ。特に教官の介入などもないことが普通である。


「どうやら、私とやりたいようだな」

「この一ヶ月。お前のことを見てきたが、お前の弱点はすでに見抜いている」

「ククク……それなら、やってみろ。ハンデだ。先に手を出してこいよ」


 クイクイと手招きをするようにして、彼女はニックを煽る。それに対して彼は、顔を少しだけ歪めると一気にリディアにタックルをして寝技に持ち込もうとする。


「お前は寝技が苦手だよなぁ? 知ってるぜ? はははっ!」


 笑う。


 そう。リディアは訓練の中でも、寝技をあまり得意としない……ように見せかけていたのだ。いつかこの日が来ると分かっていたので、あえて得意なものを苦手なように見せかける。


 そして、腰にタックルをくらい床に押し倒された瞬間。彼女はニヤァと笑みを浮かべるのだった。


「おいどうした。私は寝技が苦手なんだろ? 早くキメてこいよ」

「ぐ……っ!? こ、こいつ……っ!」


 ニックはリディアをなんとか封じ込めて、関節をキメようとするのだが上手くいかない。それは彼女が圧倒的な腕力でそれを阻害しているからだ。


「はっ。こんなものか」


 スッとその拘束から逃げ出すと、立ち上がる二人。流石にニックの顔には、焦りのようなものが生まれていた。


「おい。もういいぞ。後ろの取り巻きもそろってかかって来い。それでも私には届かないがな」


 その声に対して、後ろに控えていた五人の人間がリディアに襲いかかる。流石にここまで舐められるのは、納得がいかない。そう思って思い切り殴り、蹴り、あらゆる攻撃をするが彼女に当たることは決してなかった。


 そして、一人の鳩尾に思い切り彼女は拳を叩き込んだ。


「まずは、一人だな」

「この……っ!!」


 間髪入れず、相手はさらに攻撃を加える。上段に蹴りを放つが、リディアはそれを片手で受け止めるとそのまま投げ捨てる。


 その要領で、相手をしていくと気がつけばニック以外の五人は呻き声を上げながら地面に這いつくばっていた。


 一方のリディアは息ひとつ乱れていない。ただニヤニヤと笑いながら、ただ一人残っているニックを見つめる。


「はははっ! いいなぁ、お前らは骨があるよ。私の攻撃を喰らって、まだ意識があるんだからなぁ!」


 嬉しそうに声を出す。それは心から思っていることだった。学院生徒ならばすぐに失神していたが、軍事教練を受けている彼らは気絶することはなかった。


「エインズワース……どうやら、本気でやるしかないようだな」

「お。魔術か? いいぞ。上手く使えよ? 私もちょっとだけ本気を出してやるよ」

「ほざけ……」


 転瞬。


 ニックの体が消える。それは魔術的な要因で消えたのではなく、圧倒的な速度。内部インサイドコードを発動して、一気に加速したのだ。


 彼は魔術戦闘においては、この士官学校でも歴代トップに食い込む成績を収めている。だからこその、本気。自分が本気を出せば、リディアなど造作もない。


 そう思っていたが──


「ほいよっと」


 あろうことか、彼女はその速度を利用してニックを一本背負して地面に叩きつけたのだ。


「カハっ……!!」


 あまりの唐突の出来事に対応できず、受け身を取ることもできなまま彼は地面に叩きつけられた。


「うーん。狙いは悪くないが、直線的すぎだな。もっとフェイントを混ぜろよ。それに魔術戦闘。特に内部インサイドコードでの格闘戦は、結局は普通の格闘戦の延長線上だ。魔術に頼り切るのは、危険だな。基本を思い出せ、基本を」


 なぜかアドバイスを始める。それに対して、ニックはさらに怒りを燃やす。彼は本気で、今まで出したことのないような出力で内部インサイドコードを走らせる。


 しかし、その全てが尽く彼女に打ち返される。


 リディアはほとんど本気を出していない。それは、傍から見ている人間でもよく分かった。そして彼女の圧倒的な強さも。



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」



 ニックは大の字になって、寝そべる。正真正銘、全てを使い果たした。だというのに、リディアは息ひとつ乱していない。


 この現実がわからないほど、彼は愚かではなかった。


「ニック。お前、根性あるな。ここまで私に食らいついてきたのは、お前が初めてだ」

「はぁ……はぁ……くそっ……テメェ、一体何もんだ?」

「私か? 私は──」


 いつものようにニヤッと笑うと、彼女はその胸を張って告げた。



「天才魔術師だ。覚えておけ、きっと私はこの世界の真理にたどり着くぞ?」



 それは夢物語ではない。リディアは心からそう思って、この言葉を発している。そう思うと、ニックはどこか笑えてくるのだった。


「ははは……こりゃあ、敵うわけもねぇか」


 こうして彼女は実質的にこの士官学校でトップの存在になるのだった。




 ◇



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