第245話 冬休みの終わり


 冬休みも終わりを迎えることになった。


 明日からはついに三学期が開始となる。流石に三学期には、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ大規模魔術戦マギクス・ウォーなどの大きな催し物はない予定だ。


 大規模魔術戦マギクス・ウォー自体は、割とギリギリに通知されたものだったが今回も同じようなことがあるとは思えないだろう。


 そして今はエヴィが帰ってきたので、二人に筋トレに励んでいる最中だった。


「ふっ……ふっ……!」

「はっ……はっ……!」


 室内にて、汗が滴る。ポタリポタリと溜まっていくその汗。それを拭うことなく、俺たちは互いに自分の筋トレメニューをこなしていく。


 もちろん、上半身は裸だ。この真冬ではあるが、筋トレをすれば全てを超越できるのだ。


 寒さなど些事さじでしかない。


「よしっ……こんなものか」

「あぁ」


 俺たちは筋トレを終えると、すぐにタンパク質の摂取に入る。その途中で俺はエヴィにあのことを聞いてみることにした。


「エヴィ。実家はどうだったんだ?」

「……あぁ。そのことか」


 向き合う。


 エヴィは少しだけ恥ずかしそうに鼻をかくと、実家であった話をしてくれた。


「その、レイに話を聞いただろう?」

「あぁ」

「で、俺も色々と親父にも苦労があったんじゃねぇかって……思ってな」

「話してみたのか」

「久しぶりに……そうだな。数年ぶりに、まともに話をしたぜ」


 その声音はとても落ち着いたものだった。久しぶりに見たエヴィのその顔は、とても清々しいものに見えた。


「そうか」

「親父とは、仲直りとまではいかねぇが……前よりも関係はよくなった気がする。それに大会の話とか、レイの話で盛り上がったんだぜ? レイの昔の話も少し聞いたが……」


 その言葉を聞いて、少しだけ身構えてしまう。


「デルクは……何か言っていたか?」


 探るように、そう尋ねる。この冬ということもあって、否応なく思い出してしまう自分の過去。しかし、エヴィの顔は先ほどと変わることはなかった。


「レイは今のレイと、ちっとも変わらないってことだな」

「変わらない……?」

「あぁ。レイはいつだって、真剣で誰かのために努力できる男だ。不器用なところはあるが、俺も親父も同じ意見だったぜ?」


 ニカッと白い歯を見せて、エヴィは笑う。


 自分の中では昔の自分と今の自分が同じだとは決して思えない。だが、きっと根幹の部分は同じなのかもしれない。


 真剣で誰かのために努力できる男、か。


 そう。俺はいつだって、懸命に生きることしかできなかった。未来を見据えることなく、ただ目の前にある圧倒的な現実に立ち向かう。


 極東戦役の時も、ここで学生として過ごしている時も、ずっとそうだったのだ。


 俺はただ、懸命に生きているんだ。


 そのことを改めて、エヴィの言葉で自覚する。


「エヴィ。ありがとう。そう言ってもらえて、本当に嬉しい」

「へへ。ちょっと恥ずいが、レイはいつだってそうだと思うぜ? だからきっとお前の周りにはたくさんの人間が集まるんだ」

「そうだろうか?」

「俺を信じられないか?」


 その双眸をじっと見据える。それは決して嘘をついているものではない。エヴィは真剣にそう考えてくれているのだ。


「……信じるさ。改めて、これからもよろしく頼む」

「もちろんだぜっ!」


 グッと思い切り握手をする。それは痛いくらいの握手。しかし今はその痛みがどこか、心地よいと感じた。



 ◇



 その日の夜。俺は急にアビーさんからの呼び出しに応じることになった。急な話ではあるが、別に夜には予定もない。


 明日からはいつも通り学院が始まるだけなので、大丈夫だろう。


 薄暗い校舎の中を進んでいく。


 向かうのは学院長室だ。この学院に入学したときに一度だけ呼ばれたのだが、今回でそれは二度目。


 そして俺はついに、目的地へとたどり着いた。


 軽くノックをすると室内からアビーさんの声が聞こえてくる。


「入ってくれ」

「失礼します」


 扉を開けて、丁寧に一礼をする。そして顔を上げると、俺は少しだけ驚いてしまう。そこにいたのは、アビーさんだけではな買った。


 車椅子に座った師匠、それにキャロルだった。カーラさんがいないということは、アビーさんかキャロルが師匠をここまで連れてきたのだろうか。


 またいつもと雰囲気が違う気がした。ここに張り詰めているのは、あの時の……軍人だった時代を思い出す。そんな、雰囲気が漂っていた。


「何かあったのですか?」


 開口一番。そう尋ねてみることにした。ここは単刀直入に聞いてしまった方が早いだろう。


「レイ。リディアの件だが……」


 と、アビーさんがその話をしようとするが師匠がスッと手を横に伸ばすと、それを静止する。


「アビー。ここは、私から言っておくべきだろう」

「……そうだな」


 そして、師匠が車椅子を自分の手で押して俺の元までやってくる。


「レイ。そんなに気を張らなくてもいい。重い話じゃないさ」

「そうなのですか?」

「あぁ。単刀直入に言うが、私は来年度からここで教師をすることになったんだ」

「師匠が教師……ですか?」


 驚く。師匠は別に、研究者としても十分に実績があるのでそちらの道でも生活をしていくことができる。だというのに、どうして今になってここで教師をするのだろうか。


「元々、その話は一年前から出ていたんだ」

「それは……初めて知りました」

「はは。言ってないからな」


 微笑を浮かべる。


 師匠は髪を後ろへと流してから、さらに話を続けた。


「前も言ったが……私は、レイに対して間違いを教えてしまったと思っていた。もう私には、レイに何かを教える資格はないのではないか、とな」

「そんなことは──」


 あるわけがない、と言おうとするもそれは遮られてしまう。


「あぁ。分かっているさ。レイがそんなことを言うわけがないってな。しかし、それは私の気持ちの問題なんだ。それに整理がつかない限り、私は前に進むことはできない」

「……」

「だから、あの誕生日の日に決めたんだ。前に進むと」

「……誓約の破棄も、それに合わせると言うことですか?」

「そうだな。きっと、車椅子でなくとも杖があれば大丈夫な程度にはなるだろう」

「そうですか……」


 師匠がこの学院で教師をする、か。軍人時代から軍事教練などを任せられていたこともあって、師匠は人にものを教えるのが上手い。


 昔に少しだけ疑問に感じたことあった。アビーさんがこの学院の学院長となり、キャロルもやってきた。


 そこに師匠がいてもおかしくはない。いや、むしろどうしていないのだろうか……と思った時もあった。


 師匠は迷っていたのだ。俺と同じように、自分の行き先を。


 そしてついに決めた。だからこうして、俺をこの場に呼んだのだろう。



「レイには先に話しておこうと思ってな。学院での手続きのついでに、な。どうだ、驚いたか?」



 ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべる。その顔を見て、俺はフッと軽く笑いを浮かべた。


「はい。とても驚きました」

「そうか。それならよかった」


 久しぶりに見た、師匠の快活な笑顔。やはり彼女はとても美しくて、麗しい人だ。改めて、そう思った。


「しかし、もう十年近くも経つのか……」


 ふと感慨深そうにそう声を漏らす。


「はい。師匠と……他の人たちとも出会って、十年が経とうとしています」

「早いものだ。私たちはずっと、軍人として生きていくと思っていたからな。それが今はこうして学院で教師として生きている。不思議なものだ」


 その言葉には、アビーさんとキャロルもまた頷いて同意をする。


 それと同時に思い出す。


 あの時の、十年前に出会ったあの瞬間を──。




 ◇




 番外編2 Winter Vacation 終

 第五章 追憶の空 続

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