第244話 あぁ、愛しきお姉様……?
一月四日。
明日になれば、エヴィも戻ってくる。この広々とした部屋は、俺一人では流石に持て余してしまう。
今日は特に予定はないので、いつものように読書をしようと思っているとノックの音が聞こえてくる。
最近はやけに来訪が多い気がする。といってもそれは、ほとんどがオリヴィア王女のものだ。アポなしでやってくるのは彼女くらいだからな。
そして今回も、同じだろうと思っていると……その予想は外れることになった。
「レイ! ちょっと話があるんだけどっ!」
純白の髪に、耳には大量のピアス。そう、そこにいたのはまさかのマリアだった。街でばったりと出会うことなどは多々あったが、こうして彼女が尋ねてくるのは初めてである。
「どうした。そんなに慌てて」
「話があるの。入れてくれない?」
鋭い雰囲気を纏っている。有無を言わせないその態度に、とりあえずは応じる。
室内へと案内すると、彼女と向かい合うようにしてテーブルに着く。
「単刀直入に聞くけど」
「あぁ」
「リリィーお姉様って、何者なの?」
「……」
まだ慌てるような時間ではない。
そうだ。落ち着け。
しかし、直面することになるのは分かりきっていた。そもそもこのアーノルド魔術学院にマリアが入学してしまえば、バレてしまうことは考慮していた。
それも含めて、先延ばしにしていたのが現状だ。
じっと、真剣な眼差しで見つめてくる。俺と言えば、冷や汗が止まることはなかった。
「ねぇ。私さ、気になって調べたの。来年入学するし、ちょうど良いかなって思って。この学院にお姉様がどのクラスにいるのか」
「あ、あぁ……」
「いないの。それで、別の学院なのかなって調べてもいないし。ねぇ、お姉様って本当に学生なの? そもそも、本当にレイの妹なの……?」
スッと天井を見上げる。
目を瞑り、覚悟を決める。きっとマリアの追及から逃れることはできないだろう。ここは、誠心誠意謝罪をすべきだろう。
きっとマリアはショックを受ける。彼女がリリィーのことを尊敬しているのは、その態度から察していた。
だがこれ以上、嘘を重ねてしまうのは……大きな罪になってしまう。
覚悟を決めるべきだ。
「マリア。すまなかった」
「え、ど……どうしたの? 頭なんか下げてさ」
テーブルに額をつけて、謝罪をする。決して頭を上げることなく、俺は真実を告げる。
「リリィー=ホワイトは架空の人物なんだ?」
「架空の人物……? でも、私は何度も会ってるけど……?」
顔を上げる。すると、彼女は戸惑っているのか大きく目を見開いていた。
「証拠を見せたほうがいいだろうな。少し待っていてくれ」
覚悟を決める。
そして俺は持参している女装セットを使って、手短にリリィーへと変貌を遂げる。この姿を見せるのは心苦しい。しかし、ここで誤魔化してしまうのはマリアに申し訳ない。
しっかりと、真摯に向き合うべきだろう。
「え……っ!!? お、お姉様っ!!? どうしてここに……っ!?」
「マリアさん……」
声は女性のものに変えておいた。そして、彼女の肩にそっと両手を置く。
「レイがいなくなって、お姉様が出てきた……? 待って。もしかして……」
状況を理解しつつある。狼狽しているようだが、マリアはもう分かっているのかもしれない。
「マリアさん。心して聞いてください」
「はい……お姉様」
「私は──レイ=ホワイトなのです」
その言葉を聞いた瞬間、マリアは黙り込んでしまう。
そして、五分は経過しただろうか。マリアはなんとか口を開くのだった。
「えっと。もう一度いいですか?」
「私は──レイ=ホワイトなのです」
「れ、レイ? でも体つきも、声も違いますけど……?」
「両方とも、魔術で操作しているのです」
「ま、魔術で……っ!!?」
「今まで、騙してしまい申し訳ありませんでした。本当に、本当にすみませんでした……」
頭を下げる。こればかりは、彼女の気が済むまで謝るしかないだろう。
「えっと……じゃあ、いつもの声も出せるってこと?」
期待しているような、恐怖しているような瞳。
マリアが望むのならば、この姿でいつもの声を出すのは仕方ない。
「そうだ。こちらの声も、普通に出すことができる」
「あ……あぁ……ほ、本当レイなの?」
「すまない。正真正銘、俺はレイ=ホワイトだ」
「……きゅう」
変な声を上げると、マリアは意識を失って倒れてしまうのだった。
「マリアっ!? 大丈夫かっ!!?」
その後。
とりあえず、自分のベッドにマリアを寝かしておく。彼女が起きるまで、ずっと隣にいるつもりだ。しかし……あまりのショックに気絶してしまったか。
本当にそれほど衝撃的だったんだろうな。
また、彼女が気絶している間に男性の姿に戻っておいた。あの姿を見るのは、あまりにも酷だろう。
「う……ううぅ……お姉様ぁ……」
「マリア。目が覚めたか?」
「あ、レイ……ということは、夢じゃないのね」
「すまない……」
マリアが目を覚ました。上半身だけで起き上がると、俺たちは再び向き合う。
「……お姉様はレイだったんだ」
「あぁ。昔、潜入任務のために女装したことがあってな。その延長のようなものだ」
「そっか。そういうことか」
「すまない……なんと謝罪すればいいのか。とりあえず、あの姿で二度とマリアの前には現れないと約束する」
と、そのように言葉にするとマリアはポカンとした表情を浮かべる。
「え。それだとお姉さまにもう会えないってこと?」
「そうなるな」
「それはダメよっ!!」
バンっと思い切りベッドを叩く。その怒りは、俺に対してというよりもリリィーに会えないことに対する怒りだった。
「ちょっと待って。整理するから」
「あ……あぁ」
額に手を当て、眉間にシワを寄せながら何かを考え込んでいるマリア。そして彼女は、目を瞑ったまま口を開く。
「思ったんだけど、私がリクエストすればお姉様になってくるの?」
「それは構わないが……嫌ではないのか?」
「……それはそれ、これはこれ、よ。やっぱりレイと分かっていても、お姉様に変わりはないわ。それに、お姉様にはたくさんお世話になったし。この学院に入るのも、お姉さまのためでずっと頑張ってきたし……」
「申し訳ない……」
「もうっ! 謝らないで! いいのよ、別に。勝手に私が盛り上がってただけだし。まぁ、流石に女装なのは夢にも思ってなかったけど」
いつものマリアだった。彼女は、俺に怒りを向けることなくそのように言ってくれる。
俺は今まで嘘を重ねていたというのに……本当に素晴らしい人だな、マリアは。
と、内心で思う。
「分かった! レイはこれから、私が頼んだらお姉様になってね」
「それは別に構わないが」
「それと、お姉様の時は男の声を出さないこと。徹底して、お姉様でいることに努めて」
「あ、あぁ……」
彼女は口元に手を持っていくと、何やらボソボソと呟き始める。
「うん……うん……。いける、いけるわ。むしろ会いたい時にお姉様に会えるなんて、素晴らしいことじゃない。それに、これは男の娘っていうの? お姉ちゃんが持ってる本にもあったけど。そう考えると、一度で二度美味しい的な? ふふ。ふふふ。これは逆にいいかもしれないわ……」
と鬼気迫る様子で、彼女は何かを語っていた。
独り言のようだったので、よく聞き取れなかったがどうやらマリアは切り替えてくれるのだろうか。
「よしっ!」
パンっと思い切り手を叩くと、マリアは俺の瞳をじっと見つめてくる。
「これからは、私が言ったらお姉様になってね。そんなに高頻度では要求しないから」
「あ、あぁ……」
「あとは、ちゃんと私を可愛がってね。お姉様の時は」
「えっと……それでいいのか?」
「いいのよ! 逆になんかいい気がしてきたわっ! じゃ、私はお姉様に似合う服を買ってくるから! またねっ!」
颯爽と去っていくその姿を見て、呆然と立ち尽くす。
まるで嵐のような出来事だった。しかし、怒られることはなかったとはいえ、これでよかったのか……?
この時、俺は自分が軽率に承諾してしまったことを──二年生になった時に後悔するとは思ってもみなかった。
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