第243話 まさかのデート?
実家から戻り、俺は寮で一人で過ごしていた。まだ学院が始まるまで時間があるので、寮は未だに閑散としている。確か、エヴィは五日に帰ってくると言っていたな。
一月二日。
今は年が明けたということで、街はかなり賑わっている。特に、一日からの三日間は出店なども出てかなり盛り上げるらしい。
そして俺は、朝から外に出る準備をしていた。
今日はあの人と二人で出かける約束をしていたからだ。年末、俺が実家に帰る前にある手紙が届いたのだ。
レイへ。聖歌祭はレイと踊ろうと思ったのに、歌とダンスで時間がなかったよー! もう、全く! 王族も大変なんだよねっ! まぁ文句を言っても仕方ないけどね。その代わり、一月二日はボクと二人きりでデートしてくれない? 時間が何とかその日は取れそうなんだ! 午前中から昼過ぎくらいまでしか、時間はないけど。その、ダメ……かな? 追記──このことは二人の秘密だよっ! 誰にも言っちゃダメだよ!
そう書かれた手紙が寮へと届いた。それは読んだ時には、返事をどうしようか迷ったが別に予定もないので了承しておいた。
それにオリヴィア王女とはあまり会う機会がなく、ちゃんとまとまった時間を一緒に過ごしたことは少ない。
相手が王族なので仕方がない、という側面もあるが俺は彼女が求めるのなら応じたいと思っている。
自分がやはり年下に甘いのは、間違いないのだろう。
コンコンコン、とノックの音がした。すぐに扉に向かって、開けるとそこには以前のようにオリヴィア王女が立っていた。
「やっほー! 今日はよろしくね!」
元気よく挨拶をする彼女だが、今日はこの前と装いが違う。相変わらず防寒具でもふもふとしているのは同じだが、化粧でもしているのか大人っぽく見える。
それに髪も編み込みをして、それがさらに魅力をぐっと引き立てる。今まではステラと同じで妹のような感覚だったが、こうしてみると改めて一国の姫なのだと実感する。
「どうしたの? あ……っ!」
何かに気がついたのか、ニヤニヤと笑い始める。
「もしかして、今日のボクが可愛いからじっと見つめちゃったとか?」
おおよそ、当たっている。ということで素直に感想を述べることにした。
「はい。化粧は最低限ですが、少し大人っぽく見えますね。それに髪の毛も綺麗な編み込みで可愛いです。それに、防寒具で隠れているとはいえ服装もとても似合っているかと」
「う……ぐうっ……!」
急に胸を押さえて、その場にしゃがんでしまう。
「だ、大丈夫ですかっ……!?」
「ふふ。あと少しで、萌え死ぬところだったよ……レイ、やるね」
ニヤッと笑いながらぐっと親指を立てて、謎の賛辞を送ってくるのだが……やはり、謎である。
ただ、元気であることに変わりはないので良かったのだが。
「それにしても、レイこそ大人っぽいというか……大人そのものというか」
「そうですか?」
「うん。真っ黒なロングコートにブーツは映えるね。それにレイは背筋がシャキッ! としてるから大きく見えるのもあるよね」
「なるほど。そうでしたか」
「うんうん。素晴らしいカップルだね! じゃあレッツゴーだよっ!」
「はい。行きましょう」
他愛のない会話もそこそこにして、俺たちはさっそく街へと繰り出すのだった。
「うわぁ……人が多いねぇ」
「そうですね。自分も来るのは初めてですが、多いですね」
中央区。そこにやってくると、いつもの倍は人がいるだろうか。この人混みの中を抜けていくのは、なかなか大変そうだ。
流石は新年が明けたばかりといったところ。
「では、オリヴィア王女」
「ん? どうしたの。手なんか出して」
「逸れてしまうので、手を繋ぎましょう」
「手を繋ぎましょう……っ!!?」
明らかに驚いている様子だが、この人混みの中を普通に進んでしまえば逸れてしまうのは間違いない。
だからこそ、手を繋ごうと提案したのだが……。
「はい。このままだと逸れてしまいますよ」
「ふ、ふ〜ん。まぁ、ボクは余裕だけどね! もともとボクから言うつもりだったしねっ!」
ギュッとその小さな手を握る。とても冷たい手だった。しかしそれも、この寒さでは無理はないだろう。
「思ったのですが、バレるとまずいのでは?」
「ふふ〜ん。冬はこのもふもふがあるから、大丈夫なんだよっ!」
「あぁ。確かにそうですね」
グイッとマフラーを上にあげる。マフラーに耳当てをつけている彼女は、確かに一見すれば誰だか分からないだろう。特にマフラーは大きめものをあえてつけているのか、顔が隠れてしまうほどには長さがある。
「さて、何か食べものでも買いますか」
「お! いいねぇ……! ボクも今日はお小遣いを持ってきているんだっ!」
「いえ。自分が全部出しますよ」
「……え、でもその。悪いっていうか、ボクから誘ったんだし」
チラッと俺の顔を窺うようにして見上げてくるが、ここはしっかりと伝えておくべきだろう。
「こういうことは、年長者のいうことに従っておけばいいんですよ」
「リディアにそう教えられたの?」
「はい。だから、遠慮しなくてもいいです。お金は十分にありますので」
「……そっか。なら、お言葉に甘えようかなっ!」
一瞬だけ、寂しそうな表情を見せた。彼女は知っているのだ。俺の過去に何があったのか。それを踏まえた上で、笑ってくれる。
本当によくできたお方だ。
そんな風に思うと、俺たちは手を繋いで人混みの中を進んでいくのだった。
◇
その後。
色々と買い食いをしたり、普通に買い物をしたりして、休憩ということで公園のベンチに座っていた。
「ふぅ……いっぱい食べたねぇ」
「そうですね。思ったよりも、食べましたね」
「う……新年はいっぱい食べたくなるんだもん! 太ったりしてないからね?」
じっと半眼で見上げてくるが、もちろん別にそんなことは思ったりはしていない。
「はは。大丈夫ですよ。そんな風に思ったりはしません」
「……」
今度は打って変わって、どこか遠くを見つめるようにして彼女はボソリと呟いた。
「レイも、そんな風に笑うようになったんだね。出会った時は、ちょっと怖かったけど」
「学院に入ることで、変わったのかもしれません」
「そっか。時間が経つのは早いね」
「そうですね」
「ボクも来年度は学院に入学するよ。もちろん、ちゃんと試験を受けてね」
「王族は免除されることもあるのでは?」
その横顔を見つめる。
それは一歳年下とは思えない、真剣な表情だった。
「あるけど、ボクはちゃんと試験を受けるよ。だってそうじゃないと、みんなに失礼だよ。ボクは王族で特別な存在だってことは分かってる。でも、学院に行くのなら少しは普通に過ごしてみたいんだ。ありふれた日常ってやつを、経験してみたい」
それはきっと、ずっと思っていたことなのだろう。王族の苦労は、俺には全く理解できない。しかし、オリヴィア王女は自分なりに懸命に考えて、ちゃんと試験を受けることにしたのだろう。
「そ・れ・に!」
勢いよく立ち上がると、俺の方を向いて快活な笑顔を浮かべる。
「レイの後輩になるんだからね。それがすっごく楽しみなんだ。これからよろしくね、先輩?」
そうか。俺は先輩になるのか。
彼女にそう言われて、改めて自覚する。
「先輩ですか?」
「うん! 入学したら、こうやって呼ぼうかなって。ボクだけの特権じゃない?」
「そうですね。新鮮でいいかと思います」
「ふふ。だよね。これでもっとリードを広げちゃうぞーっ!」
そういって、一人で「おー!」と拳を突き上げる。
相変わらず元気なお人だ。
そうして俺たちは束の間の時間を共に過ごすのだった。
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