第242話 新しい年


「う〜ん。炬燵こたつにオレンジって、妙に合う気がするのよねぇ……」


 大晦日。俺たちは後は年明けを待つだけとなった。


 今後の予定としては、年が明けた当日には向こうに戻ることになっている。アメリアもレベッカ先輩も新年早々、貴族での集まりがあるとのことらしい。


 一方の俺は特に予定もなく、もう少し実家にいてもいいのだが二人を送っていくついでに戻る予定である。


 この話をしたとき、ステラが少し悲しむと思いきや……そうではなかった。


 今は晩ご飯も終わり、四人で炬燵に入っているのだがステラは来年の入試に向けて勉強をしていた。隣にはレベッカ先輩がいて、付きっきりで勉強を教えてくれている。


 ステラは体を動かすことが得意で、勉強などは苦手そう、と思われることが多い。しかし実際には、それなりに勉学もできる。


 師匠の教えで、その辺りは徹底されているからだ。曰く、「バカにはろくな魔術も使えはしない」とのことだった。


「それで、ここが──」

「ふんふん。なるほど──」


 と、真面目にやりとりをしているので俺とアメリアは邪魔をしないように各々好きなことをしている。


 といってもアメリアは体をだらしなく伸ばしながら、机の上に置いてあるオレンジをパクパクと食べ続けている。


 そんなに食べたら太るのでは? と言いたい気持ちもあるが女性に対して年齢と体重の話は決してしてはならないという事を俺は知っている。


 ここ数日。アメリアとレベッカ先輩と一緒にいて思ったのだが、レベッカ先輩はそれほど変化はない。


 いつものようにお淑やかで、気配りのできる素晴らしい先輩だ。


 アメリアといえば、家ではいつもこうなのだろうか。それともこの炬燵の魔力にやられてしまっているのか、ものすごくリラックスしている。


 それはそれでいい事なのだが、そのようなアメリアを見るのは新鮮だったので少しだけ面白かった。


「……」


 そして俺といえば、一人で読書をしている。本当は自室で一人で読もうと思っていたのだが、年越しの瞬間はみんなで一緒にいようという事でここにいる。


「ふぅ」


 声を漏らして、本をパタンと閉じる。


「レイ。読み終わったの?」

「あぁ」

「はい。じゃあ、オレンジあげる」


 スッと差し出してくれるオレンジ。うちの実家には、貰い物という事で山のようなオレンジがあった。それを今は、アメリアが消費している最中。


 彼女は一つ一つのオレンジを丁寧に剥いて、それを皿の上に置いている。


 それはまさに職人技ともいうべき技量。


 というよりも、いつも間にこんなにも大量のオレンジが?


 よく見るとステラとレベッカ先輩にも配られているようで、二人は勉強をしながらパクリとそれを口にしていた。


「ありがとう。それにしても、意外だな」

「え、何が?」

「アメリアは家だとそんな感じなんだな」


 そう言葉にすると、ポトリとオレンジを落とす。よく見ると、顔はサァーっと真っ青になっていた。


「どうした?」

「えっと……違うのよ? いつもはこんなにまったりしてないというか、もっと威厳のある姿なのよ?」

「いや、家にいる時に威厳は必要なのか」

「必要なんだもん! だ、だからその……別に……。そう、炬燵! 炬燵が悪いのよ!」


 支離滅裂な事を言い始めるが、照れているのだろうか。俺としてはそんな姿も可愛らしいのでいいと思うのだが。


「あらあら。面白いお話をしてますね」


 どうやら二人の勉強は終わったようで、レベッカ先輩が会話に入ってくる。ステラといえば、「疲れたよぉ……」と呟いて頭を机につけていた。


「レベッカ先輩は割といつも通りですよね」

「そうですね。家でもこんな感じです」

「う……何だか私だけが、だらけてるみたいじゃない……っ!」


 ブスッと頬を膨らませて、拗ねてしまう。別に悪い、と言っているわけではないのだが……。


「アメリア。別に悪いと言っているんじゃなくて、新鮮というか。そんな姿も可愛らしいというか」

「「……か、可愛らしいっ!!?」」


 なぜか二人の声が重なる。アメリアは分かるのだが、どうしてレベッカ先輩もそんなに慌てているのだろう。


「も、もしかしてレイさんはちょっとお世話したくなるようなお人が好きなのですか?」

「いえ別に。今までと違う姿が見れて、良かったという意味合いです」

「そうでしたか」


 ホッとしたのか、胸を撫で下ろすレベッカ先輩。


 アメリアは対照的に勝ち誇ったような顔をしている。それを見て、レベッカ先輩はじっとアメリアを見つめるが、彼女は「ふふん!」と胸を張っていた。


 その後。


 四人で炬燵で暖まりながら、オレンジを食べ続ける。それはもう、一心不乱に。


「ねね。私、来年は絶対に学院に入るからねっ!」


 ステラはニコッと笑うと、そんな事を言ってくる。もちろんそれは確定事項に決まっている。ステラが不合格になるなど、あり得るわけがない。


「あぁ。ステラが入学するのは、もはや当然だからな」

「えへへ〜。これでお兄ちゃんといつもで会えるねっ!」

「ふふ。俺も楽しみだな」


 よしよしとステラの頭を撫でる。


「思ったけど、レイのそんな姿って意外かも」

「そうですね。レイさんはいつもクールな印象なので」

「もしかして、年下に弱いとか?」

「ぐ……それでしたら、私たちはかなりの不利になるのでは?」

「わ、私は同い年だからセーフ! レベッカ先輩はアウト!」

「ちょ!? それは言い過ぎでしょうっ!」


 どうやらまた二人で仲良く話をしているようだった。ステラを撫でるのに夢中で、あまり声は聞こえていなかったが、仲がいいのはいい事だ。


 そして、ついに時刻は二十三時五十分。


 後十分もすれば、年が明ける。


「改めて。みんなには今年は色々とお世話になった。ありがとう」


 頭を下げる。


 それは素直な思いだった。本当に今年はいろいろな人にお世話になった。そして、一緒に年越しができるのを嬉しく思っている。


「私もレイにはお世話になったわ。またよろしくね」

「私もそうですね。レイさんには本当に、色々とお世話になりました」

「ふふん! 来年は私もいっぱいお世話になるもんね! よろしくね、お兄ちゃんっ!」


 その言葉に微笑を浮かべる。


 そうしてついにカウントダウンに入る。ステラは机に時計を持ってきて、それをじっと見つめてカウントダウンに入っていた。


「5、4、3、2、1──明けまして、おめでとう!」

『明けまして、おめでとう!』


 改めて全員の声が重なる。


 ついに明けた。さて、今年はどのような年になるのだろうか。


 ステラが入学し、俺たちは二年生へと進級。そしてレベッカ先輩は最上級生である四年生となる。


 きっと今年は、去年以上に楽しい生活になるに違いない。


「今年もよろしくお願いしますね。皆さん」

「今年もよろしくね」

「よろしくー!! いえーいっ!」


 三人の笑顔が視界に入る。それに、リビングにいる両親も微笑ましいのか、こちらの様子を楽しそうに窺っていた。


「あぁ。改めて、今年もよろしく頼む」


 年が明けた。今までは、別にそんな事を特別に思ったことなどなかった。軍人時代も、療養している期間も特に意識したことはない。

 

 ただ時間が過ぎているだけ。そんな感覚でしかなかった。


 だというのにどうしてだろう。今年は、こんなにも特別に感じるのは。


 それはきっと、俺が変わったという証……なのだろうか。


 変わることなどないと思っていた。


 この世界は醜いままで、俺はずっとその世界にいると思っていた。


 けど世界が変わるように、人も変わっていく。そんな当たり前の変化と言うものを、俺はこの一年間で学んだ気がする。


 今年はどのような一年になるのか。


 辛いこと、楽しいこと、色々とあるのかもしれない。


 だがたった一つだけ思うのは……俺は間違いなく、今年の学院での生活も期待しているということだ。

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