第238話 実家へ帰ろう?
聖歌祭も無事に終了し、師匠の誕生日も祝うことができた。今年も残すところ、あと僅かだ。今後の予定は、特に残っていない。すでに寮も閑散としており、ほとんどの生徒が実家に帰っているようだった。
「よし……こんなものか」
俺といえば、一人で実家に戻る準備をしていた。エヴィはすでに実家に帰ったので、今この部屋には俺しかいない。
二人でいると感じないことだが、いざこうして一人になると意外とこの部屋は広かったのかと思う。
バックパックに持って帰るものを詰め込んでいく。それほど多くはないのだが、念のためにバックパックでこの冬も帰る予定だ。大きくて困ることなどないからな。
そして準備を終えると、俺は待ち合わせ場所である学校の正門へと向かうのだった。
「レイさんっ! す、すみません……ちょっと遅れてしまったようで……」
「いえ。全然大丈夫ですよ。自分も今来たところなので」
どうしてレベッカ先輩と待ち合わせをしているのか。それは、先輩がどうしてもうちの実家に遊びに行きたいという話を以前から聞いており、聖歌祭が終わった後に改めてそのことについて話し合ったのだ。
俺としては、別に構わない。家族もきっと、歓迎してくれるのは間違いないからな。
しかし問題は、レベッカ先輩の実家の方だ。三大貴族は年末年始もそれなりに忙しいと聞いていたのだが、先輩は大丈夫だと言っている。
「レベッカ先輩」
「はい。なんでしょうか?」
いつものようにニコッと微笑みながら、俺の方をじっと見つめてくる。
「改めてお伺いしますが、予定は大丈夫なのですか? 三大貴族の方で、ご予定もあるのでは?」
「大丈夫ですっ! それに、家族も応援してくれているのでっ! 私の代わりはきっと、マリアが務めてくれます」
「そ、そうですか」
こう言っては失礼かもしれないが、マリアにレベッカ先輩の後がつとまるのだろうか。マリアはパーティーの時でも、隅っこの方にいてあまりコミュニケーションを取ろうとはしない。
そんな彼女に任せることができるということは、俺が思っているのとは別の予定なのだろうか。
先輩と二人で話していると、最後の一人であるアメリアがパタパタと走ってくるのが見えた。
「ご、ごめんなさーいっ! はぁ……はぁ……ちょっと、準備に手間取って……はぁ……」
「大丈夫だ。まだ予定の時刻もそれほど過ぎてないしな」
「アメリアさん、気にしなくても大丈夫ですよ。でも、もうちょっと遅れてもよかったかもですね?」
レベッカ先輩とアメリアは、正直なところ仲がいいのか、悪いのか最近はよく分からない。しかしまぁ……二人とも、以前よりも明るくなった気がするのでいいことなのかもしれないな。
最悪、喧嘩をすることになったとしても俺が全力で止めようと思っている。
「ふぅ……」
アメリアは軽く額を拭って、一息つく。
今回、実家に戻るにあたってレベッカ先輩だけでなく、アメリアも一緒である。どこから話を聞きつけたのかは知らないが、レベッカ先輩と話している最中に「私も行くわっ!」と言ったのだ。
アメリアもまた、三大貴族の長女として責務があるはずなのだが……大丈夫なのだろうか。
「アメリア。家の方はいいのか?」
「うん! 家族も応援してくれてるわっ!」
ふむ。レベッカ先輩も、アメリアの方も家族が応援してくれている……とは何かの暗示なのだろうか。それとも、暗号の類なのか?
人の家に遊びに行くのに、家族からの応援が必要なのか?
謎である。やはり、こうして普通に学生をしているつもりだが、まだまだその普通とやらに慣れることはないようだ。
「実はアリアーヌにも声をかけてみたけど、まだ時間がいるみたいで」
「まぁ。でも、気持ちは分かります。自分の気持ちを整理するのは、大変でしょうから」
「えぇ。そうですよね」
一人で没頭してその謎について考えていると、二人はうんうんと頷いて何かを理解し合っていた。
ともかく、そろそろ出発するか。
「では、行きましょうか」
そうして俺たちは、今度は三人で実家へと向かうのだった。
◇
ここ数日は晴れの日が続いて、雪が微かに溶け始めていた。といっても、まだ積もっていることに変わりはないのでゆっくりと歩みを進める。
ひまわり畑の横にある獣道までやってきたが、あの夏とは違って風景は少しだけ物足りなさを感じる。しかしそれはきっと、この冬特有の醍醐味というものなのだろう。
「ふぅ。結構歩くわねぇ」
「え……えぇ。ちょっと、大変ですね」
俺を先頭にして後ろには二人がついてきているが、どうやらレベッカ先輩は少しだけ辛そうな顔をしていた。
「少し休憩をしましょうか」
「あ。べ、別に大丈夫ですよっ!」
先輩は慌ててそうは言うが、疲れているのは間違い無いだろう。
「そうですよ。ここは休憩をしておきましょう。レイもそう言ってますし」
「……う。では、すみませんが……」
アメリアもそう促すので、ひとまず足を止める。俺はこの時のために持参していた水筒をスッと取り出すと、それを渡す。
「先輩。どうぞ。冬場でも、水分補給は重要です」
「あ、ありがとうございます」
髪の毛を耳にかけると、水筒を受け取ってからごくごくと音を鳴らして水分補給をする。どうやら、念のために準備していてよかった。
「それにしても、レイさんはともかく……アメリアさんはすごいですね。体力がとてもあるようで」
それは純粋に感心して出た言葉のようだった。その一方で、アメリアはどこか虚空を見つめるようにして、ボソリと語る。
「あ、あはは……私は、その。レイと訓練を二度もしているので、体力がつきましたね。うう……もう、思い出したくない」
頭を抑えてブルブルと震えているアメリアだが、またいつかきっと、エインズワース式ブートキャンプに取り組む日は来るだろう。
それに、いつも何かと文句を言ってはいるが、アメリアは最後までついてきてくれるからな。
「あ……そういえば、そうでしたね。あれは傍から見ていても、過酷そうに思えました……」
「そうですよっ! もうっ! レイってば容赦しないんですよ!」
二人での会話が盛り上がっていく。俺としては、それに入る余地もないようなのでじっと空を見つめる。
冬の空は、あまり好きではない。
それは忘れたい記憶をどうしても、思い出してしまうから。
でも今は、アメリアとレベッカ先輩がいる。いや二人だけではない。俺には大切な人がたくさんできた。だからもう、大丈夫だ。
そう思索に耽っていると、視線の先から誰かが物凄い勢いで走ってきていた。
栗色の髪を揺らしながら、彼女は疾走。そして、宙へ飛翔するとくるくると回転しながら、俺に向かって飛び込んできた。
「わーいっ! お兄ちゃんだーっ! 帰ったきたーっ!」
「ステラ。相変わらず、元気そうだな」
「うん! めっちゃ元気だよ! 今回はいつまでいるの?」
「年が明けたら、帰ろうと思っている」
「うう……お兄ちゃんとお別れするのは寂しいけど、後少しで私も学院に入学するからね! 待っててね!」
「あぁ」
よしよし、と頭を撫でるとステラはニコニコといつのように快活な笑顔を浮かべる。この寒く厳しい冬であっても、ステラはとても元気なようだった。
「って、あれ? また別の人と一緒なの? アリアーヌちゃん……じゃないよね」
「紹介しよう」
その言葉を言い切る前に、レベッカ先輩はいつの間にかステラの目線に合わせて少しだけ屈んでいた。
「レベッカ=ブラッドリィと申します。アーノルド魔術学院の三年生で、レイさんの先輩になります」
「先輩! お兄ちゃんの先輩ですか! それにとても美人ですね! おっぱいも大きい!」
「ふふ。素直でいい子ですね」
俺と同じように、先輩はよしよしとステラの頭を撫でる。すると次は、アメリアが自己紹介をするのだった。
「えっと、アメリア=ローズよ。レイとはクラスメイトね」
「あ! 一緒に大会に出てた人だよね!?」
「そうね。レイにはとてもお世話になっているわ」
「おぉ! 流石はお兄ちゃん! それにしても、あなたも美人ですね! いや、可愛い系ですねっ! おっぱいも大きい!」
「あはは。ありがとう、ステラちゃん」
打ち解けたようで、そのまま実家へと向かおうとするのだが……そこでステラがあることを口にしたのだ。
「で、お兄ちゃんの彼女さんはどっちなの? 二人とも? もしかして、アリアーヌちゃんがそうとか?」
「「──ッ!!」」
その発言をもとに、再びここで一悶着が始まってしまうのだった。
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