第239話 満天の空の下で
ステラの発言により一悶着あったのだが、とりあえずは収束することになった。
結局は二人とも俺の恋人ではないとステラには理解してもらった。
二人ともに尊敬できる友人と先輩として見ているので、恋人などは夢にも考えたことはない。
アメリアは同じクラスの友人であり、レベッカ先輩は俺にとって本当に心から尊敬できる先輩だ。また、二人は三大貴族の令嬢である。おそらく将来は、家の決めた人間と婚約するのだろう。
レベッカ先輩はエヴァン=ベルンシュタインの件が表向きには続いているが、近いうちに解消すると聞いている。
さらには、彼女たちは三大貴族の令嬢であるのに対して、俺は
その立場の違いというものは大きい。
それに俺に誰かを愛する資格があるかどうか……そんなことも考えてしまうのだ。
しかしいつか、俺もまた恋に落ちる日が来るのだろうか。
「あらあら。レイってば、お友達? を二人も連れてきたのねぇ……それにしても、美人さんばかりだけど」
「アメリア=ローズと申します」
「レベッカ=ブラッドリィと申します、お母様」
アメリアとレベッカ先輩がその場でスカートを軽く持ち上げて一礼をする。その所作を見て、改めて二人は貴族の令嬢なのだと理解する。
「えっと。もしかして三大貴族の……?」
「はい。レイとは仲良くさせていただいてます」
「そうですね。レイさんには本当に、とってもお世話になっております」
二人の言葉を聞いて、母さんはその場でわなわなと震える。そして、俺の首をがっと掴むとコソッと耳打ちをしてくる。
「……ちょ、ちょっとどういうことっ!? 年末には友達を連れて帰るかも、って前に聞いていたけど、それって三大貴族の御令嬢だったのっ!?」
「あぁ。言ってなかっただろうか?」
「聞いてないわよ! もう、驚いちゃったじゃないっ!」
そんなやりとりをしたのち、二人をリビングに通してから、泊まる部屋へと案内をした。うちの家は田舎にあるので、なにぶん広い。
部屋も余っているということで、アメリアとレベッカ先輩にはそれぞれ一部屋ずつ用意してもらっていた。
「おぉ! レイ! 帰ってきていたのか!」
「父さん。久しぶり」
ガシッとその場で抱擁を交わす。そして、リビングからは女性陣の声がこちらまで響き渡ってくる。今は絶賛、晩ご飯を作っている最中だ。
もちろんステラに触れさせるわけにはいかないので、ステラの相手はアメリアにしてもらっている。料理のほうは母さんと、レベッカ先輩にしてもらっている。
そして俺は、父さんが帰ってきたので一人で出迎えにきたというわけだ。
「む? 友達を連れてくると聞いていたが、もしかして女の子なのか?」
「アメリアとレベッカ先輩だ。二人とも、三大貴族の長女──」
最後まで言葉を言い切る前に、遮るようにして大声をあげる。
「は、はああああああああっ!? も、もしかして二人と交際しているのかっ!?」
そんな突拍子もないことを言ってくるので、すぐに否定する。
「そんなわけがないだろう」
「だ、だよなぁ……でもレイは天然だしなぁ。相手はどう思っていることやら……」
後半はボソボソと呟くので、あまりよく聞こえなかった。
そうして父さんも無事に合流すると、俺たちは六人で食事を取ることにした。会話は存外盛り上がって、とても楽しい会話だった。
中でも、アメリアとレベッカ先輩が俺が学院ではどうしているのか、と聞かれて二人の俺に対する印象を聞くことができて新鮮だった。
その時にはやはり、天然だけどとてもいい人と評されていた。
自分ではよく分からないのだが天然……というのはきっと、人の心をうまく察することができないからそのように言われてしまうのだろう。
俺はまだ、普通の学生のように振る舞っているがそれは表面的なものでしかない。きっと普通の学生ならば、こうなのだろう。そんなものを考えて過ごしてきた。
といってもそんなに器用に振る舞うことはできないので、結局は自然体で過ごしているのだが。
「よし! 今日はアメリアちゃんとレベッカちゃんと一緒にお風呂に入りまーすっ!」
食事が終わった後、ステラは二人を半ば無理やり連れていくと一緒に浴室へと向かった。
俺は特にすることもないので、どうしようかと考える。
そんな時に思ったのは──星が見たい、ということだった。
確か今日は晴れていて、星が綺麗に見えるはずだ。冬の空は、また夏とは違った星空を見ることができる。ちょうど一人で暇を持て余しているので、いい機会だ。
「父さん、母さん。ちょっと星を見てくるよ。すぐに戻るから」
そういうと、俺は軽装で外へと向か雨のだった。
はぁ、と息を漏らすとそれが一気に真っ白に変化していく。
しかし、今日は妙に熱い気がした。決して熱があるわけではない。それは心情の変化とでもいうべきだろうか。
空を見上げる。ここ数日は雪が降っていたということもあって、曇りの日々が続いていた。しかし今は、晴れている。
この煌びやかに輝く星々を、俺はじっと見つめる。
家の近くにある土手にやってくると、そこに腰を下ろす。
そうして一人でこの空を見上げていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「レイさん。軽装で出ていくなんて、ダメですよ?」
やってきたのはレベッカ先輩だった。風呂上がりなので、微かに顔が赤くなっていた。それにこの寒さもあって、鼻の先も赤くなっている。
先輩はしっかりと防寒しており、さらには俺のためにコートを持ってきてくれたようだった。
本当は別に必要ないのだが、せっかく持って来てくれたのだ。素直に感謝すべきだろう。
「ありがとうございます。そういえば、ステラとアメリアは?」
「二人は一緒に遊んでいますよ。なんでも、アメリアさんの
「そうなのですか」
ステラは魔術に対してそこまで熱心なわけではないと思っていたが……今となっては、会わない時間の方が長い。色々と心境の変化があったのかもしれない。
「空。綺麗ですね」
「はい」
先輩も隣に腰を下ろすと、並んで空を見上げた。
「えっとその……もう少し近寄ってもいいですか?」
「はい。構いませんよ」
ピタリと肩が触れ合う。服越しにはなるが、先輩の暖かさを感じる。
「その食事中のことですが……レイさん、何か悩み事でもあるのですか? 時折、上の空になっていたので」
「……よくわかりましたね」
純粋に驚く。それほど呆然としていたわけではないはずだが、先輩はしっかりと見ていたようだった。
「そうですね……この一年を軽く振り返っていました」
「この一年を?」
「はい。先輩には軽くしか言っていませんが、自分は極東戦役で軍人として戦っていました。そこで数多くの仲間を失い、この体だけではなく心にも多くの傷が残りました。もちろん、それは俺だけに限った話ではないのですけど」
なぜかその話は、スッと心から出てきた。先輩は俺の横顔をじっと見つめて、その話を真剣に聞いてくれる。
「それと以前、リーゼさんと話したことを思い出していました。彼女も、自分も結局のところ、人の心は理解できないと。だからこそ、想像して少しでも近づこうとする。けれど、思うのです。自分は、人として成長することができたのか……と」
きっとそう思ってしまうのは、この寒さが突きつけてくるからだ。あの凄惨な過去のこと。極東戦役が終わりを迎えたのは、ちょうど今と同じ冬だった。最後の戦いでは、数多くの仲間を失った。
この冬という季節だけで、俺はそれを思い出してしまうのだ。
「レイさん……」
そっと、先輩の薄い手が触れる。それは確かな熱を帯びていた。
「その……レイさんの過去のことに関しては、私は何も言うことはできません。けれど、あなたに出会ったこの一年は私にとってかけがえのない瞬間でした。レイさんのような人と出会うことができて、私は幸せですよ」
「……先輩」
その微笑みは、無理をして作っているものではないとすぐに分かった。先輩は心からそう思ってくれているのだ。
それは純粋に、嬉しいことだった。
そして、先輩がそっと俺の方へと体重を預けてくる。さらにぴったりと触れ合う。だが、それはどこか心地よい瞬間でもあった。
言葉を多く交わすだけでなく、こうして触れ合うだけでもなんだか人を理解できるような気がした。
今日の星は、今までの中でも……どうしてだろうか。
とても煌びやかに輝いているように見えた。
「ねぇ、レイさん」
「はい」
「また来年も、こうして遊びに来てもいいですか?」
その瞳を見つめる。じっと覗き込むような漆黒の双眸。微かに香る甘い匂いは、鼻腔を抜けていく。
「もちろんです。これから先も、よろしくお願いします」
「はいっ! こちらこそですっ!」
ドキリと心臓が高鳴った気がした。それが今まで感じ取ることはなかったものだ。もしかして、俺はさらに変わり続けているのかもしれない──。
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