第234話 聖歌祭当日
十二月二十五日。
本日は聖歌祭の日だ。俺はまだ寮に残っているが、すでに実家に帰省している生徒も多い。俺と同室であるエヴィは、昨日の夜には実家に帰って行った。
それはやはり、聖歌祭は家族と過ごすものだからだ。
俺といえば、夜には師匠の家に集まることになっている。毎年そうなのだが、実は今日は師匠の誕生日なのだ。
師匠の存在は、家族に最も近いのかもしれない。母親、というとまた違う感じがするが……やはり師匠と形容するのが一番ピッタリとくる気がする。
「ふぅ……」
深呼吸。
カーテンをシャッと開けると、そこには相変わらずの雪景色が広がっていた。昨夜にはさらに雪が降ったのか、昨日よりも積もっているみたいだった。
そうして俺は、いつものようにルーティーンをこなす。たとえ聖歌祭であっても、トレーニングを欠かすことはない。
一人で淡々とトレーニングをこなし、シャワーを浴びる。
今日の予定としては夕方から魔術協会のパーティーに招待されている。夏休みの時と同様だが、聖歌祭ということもあってかなり盛大なものになるらしい。
もちろん、三大貴族の令嬢である、アメリア、アリアーヌ、レベッカ先輩も来るとの事だ。クラリスも来ると言っていたな、確か。
「さて、と。どうするか」
時間を持て余す。現在はまだ朝で、魔術協会に向かうことを考慮してもまだ時間は十分に残っている。
読書でもするか、と考えているとコンコンコンと扉が三回ほどノックされた。
珍しいな、と思って扉を開けに向かう。
そして、ゆっくりと扉を開けると……そこにいたのは……。
「やっほー! 来ちゃったー!」
オリヴィア王女が、そこにいた。
銀色の髪がさらさらと流れ、マフラーを巻いているため少しだけそれが溢れている。彼女は寒がりなのか、防寒はしっかりとしていた。マフラーに耳当て、それに手袋もしっかりと装備。
全体的にもふもふとしており、見てるだけでも暖かそうだった。
「えっと。オリヴィア王女。何かご用事でも?」
「遊びに来たんだよーっ! 今日はレイはこの時間なら暇と思ったからねっ!」
「まぁ……その。暇ですけど」
まるで俺のスケジュールを完璧に把握しているかのような……いや、きっと考え過ぎだろう。
そもそも、俺の予定を把握するなど不可能だからな。タイミングが良かっただけだろう。
「それにしても、お一人できたのですか?」
「いいや。護衛もついてたよ。今もどこかから見てるんじゃない?」
「そうですか」
確かに、この周囲には数人の気配が感じとれられる。流石に一国の王女ということもあって、一人で外出するわけはないか。
「ふふーん。今日は他の三大貴族は準備で忙しいと思ったからね。タイミングとしては、今だと思ったんだよっ! どう? ボクって賢くない?」
「はぁ。三大貴族は準備で忙しんですか?」
「うん。そうみたいだよっ! ふっふっふっ! だからこそ、ボクがここで出し抜くというわけさっ!」
胸を張って、高らかに宣言するその姿はやはり可愛らしいと思ってしまう。
それがすべて計算づくであっても、やはり俺はどうやら年下には弱いようだった。
「入りますか? お茶でも入れますよ」
「やったー! 入るーっ!」
ということで、止む無くオリヴィア王女を室内に入れることにした。
「ズズズ……ふぅ。やっぱりレイの淹れる紅茶は美味しいねぇ。あったまるよぉ〜」
「恐縮です」
正直いって、俺は別に紅茶を淹れることは上手いわけではないと思うのだが……まぁ、気に入ってくれたのならよしとするか。
「あ! そういえば、
「ありがとうございます」
「いや〜、アレは手に汗握る戦いだったねっ!」
「そうですね。本当にギリギリの戦いでした」
「ボクはちゃんとレイの試合は全部見たけど、やっぱりレイは強いねっ!」
「恐縮です」
その後、オリヴィア王女は今まで会えなかったことから、積もる話でもあったのか怒涛の勢いで話を続けた。
流石の俺も面食らってしまうが、ある程度は慣れているのでさらっと聞き流しつつ、相槌を打っておいた。
「あ、そういえば……お尋ねしたことがあるんですけど」
「何っ!? ボクに聞きたいことがあるのっ!?」
ニコニコと笑いながら、ズイっと体を寄せてくる。
俺はそうして、思ったことを聞いてみることにした。
「ステラのことなのですが、仲がよろしいんですか?」
「あぁ! ステラか! あの子はそうだねぇ……すっごくいい子だよね。なんというか、裏表がなくて天使みたいな感じ?」
「おぉ! それは自分も同意見です。ステラは本当に愛らしくて、素晴らしい存在ですね」
ステラが天使。言い得て妙だ。確かにあの愛らしさは、もはや天使に匹敵するだろう。
「うんうん。出会った時も、ボクが王女だって言っても物怖じせずに話してくれてね」
「なるほど。流石はステラですね」
「今となっては、とっても仲のいいお友達さっ! 来年はステラもアーノルド魔術学院に入学するって聞いたから、楽しみだね!」
「それは間違いありません」
と、談笑に花を咲かせているところで、時刻は正午を回った。そろそろ、外に出る準備をしようかと考える。
話を聞けば、元々俺と一緒にパーティー会場に向かおうと思っていたらしい。王族としての仕事は無いのかと尋ねてが、もうやることはすべてやった……という話らしい。
嘘か本当かわからないが、護衛の人が特に何も言わないのでおそらくは本当なのだろう。
王族の仕事は俺には分からないが、それでもしっかりとやっているのだろう。俺としては、オリヴィア王女は小悪魔的な存在ではあるが、やはりステラと同じで年下には甘くしてしまう。
そして、二人で街に出る。
僅かにだが、
するとちょうどばったりと、彼女と出会うのだった。
「あ……レイじゃん。やっほ」
オリヴィア王女と同じように、防寒具をこれでもかと着用している。マリアももふもふの状態になっていた。
「マリア、どうしてここに。ブラッドリィ家の方で準備があるんじゃないか?」
「私は面倒だから逃げてきたの。ま、お姉ちゃんが頑張ってくれるでしょ」
「そ、そうなのか……」
レベッカ先輩。頑張ってください……と内心で思っていると、オリヴィア王女が後ろから前に出てくる。
「ふ〜ん。またレイの知り合い?」
「えっと……その……まぁ、はい。そうですけど……」
打って変わって、マリアはまるで人が変わったかのように萎縮する。確か、初対面の人間は苦手と言っていたな。ここは俺がフォローすべきだろう。
「マリア=ブラッドリィ。レベッカ先輩の妹ですよ」
「あー! マリアって、確かパーティーでも目立ってたよねーっ! 真っ白な髪で、ピアスもすごくてさーっ!」
「うっ……ま、まぁそうかもですけど……って、あれ?」
マリアはその大きな目を見開くと、オリヴィア王女のことをじっと見つめる。
「防寒具で気が付かなかったけど、もしかして?」
「ふふん! ボクはオリヴィア=アーノルド第二王女だよっ! 敬いたまえ〜」
と、冗談めいた言葉を言って、その場で「ふふんっ!」といつものように胸を張る。
そんな彼女を見つめると、マリアはわなわなと震えていた。
「えっと……レイってば、王女様と知り合いなの?」
「ちょっとした縁でな」
「ボクたちは将来を誓い合った仲なんだよーっ!」
「ちょ、勘違いするでしょう!」
「勘違いじゃないもーん。確定事項だもーん」
「……」
その場で俺の腕に絡みついてくると、さらに戯れてくるオリヴィア王女を俺はなんとか引き剥がそうとするが、思ったよりも力が強い。
ぐ……どこでこんな技術をっ!?
それはどうしてだろうか。キャロルを想起させるようなものだった。
マリアといえば、その場で震えていた。よっぽど寒いのだろうか。
「う、うわぁああ……レイってば、本当に罪な男ね。お姉ちゃん、がんば……」
と、死んだような目で何かを囁いていた。
その後、マリアも含めて三人で行動することにするのだった。
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