第235話 ダンスパーティー
「じゃあ、レイ。また後でねっ! ボクの勇姿、見ててよねっ!」
「私もお姉ちゃんと合流するわ。バイバイ」
「あぁ。二人とも、また会場で」
オリヴィア王女とマリアとはしばらく一緒に過ごした後、そこで別れることにした。
オリヴィア王女は、パーティーに際して着替える必要がある上に、別の準備もあるとかでそのまま戻って行った。
マリアもまた、レベッカ先輩と一度合流してから行くということで、ここで別れた。
一人になった俺だが、このまま魔術協会に向かおうと思っている。
開場は十六時で、パーティーが開始されるのは十七時から。現在は十五時を回ったところなので、ちょうどいいだろう。
そして、一人でこの雪景色の中を通り過ぎるようにして、魔術協会へと向かっていく。今日は晴れており、ここ数日のように雪は降っていない。
といっても、まだ雪は積もってはいるが。
シャク、シャクと雪を踏み締める音を鳴らしながら、ふと空を見上げる。
「もう、こんな時期になったのか」
思えば、本当に早いものである。ついこの前入学したばかりな気がするのに、気がつけばもう本格的な冬を迎えた。それに、二学期も終了したばかりだ。
残すところは三学期だけ。それを超えれば、俺は二年生になる。
学院に入る前は、今の状況を予想などしていなかった。大切な友人ができて、満足な学生生活が送ることができている。はじめは、師匠に言われたから入学するか……という希薄なものだった。
しかし、いま言える確かなことは……本当に、この場所に来て良かったということだ。
「レイ。一人か?」
魔術協会に向かっていると、ばったりと出会う。今日は金色の髪を後ろで綺麗にまとめて、いつもよりも艶やかに見える。
そこにいたのは、師匠だった。もちろん後ろには、カーラさんが車椅子を押している。
「師匠。カーラさんも。ご無沙汰しております」
すぐに近づいて頭を下げる。
「あぁ。そうだな」
「お久しぶりでございます」
そのまま俺たちは、並んで歩みを進める。夏に魔術協会のパーティーに行った時も、確かこうしてばったりと師匠たちと出会った気がする。
振り返ると、学院に入ってから師匠と街などで偶然出会う確率が高い気もするのだが……まぁ、きっと気のせいだろう。
「大会。全部見たぞ」
「ありがとうございます」
「いい試合だった。それに、最後は手に汗握る展開だったな」
「そうですね……本当に、ギリギリの戦いでした」
「レイ。もう学院に入学して、長くなるが……どうだ? 楽しいか?」
その声音はいつになく真剣なものだった。並んで歩いているので、その顔は見えないのだが、きっと師匠は真面目に俺の身を案じてくれているのだろう。
「はい。今回の大会を通じて、改めて思いました。本当に学院に入って良かった、と。大切な友人たちが、たくさんできましたから」
「そうか。それは良かった」
師匠が微笑んだような……そんな気がした。
そして俺たちは、魔術協会に到着し、中へと入っていく。すでに準備はある程度できているようで、中には人もそれなりにいた。
「レイ。私はまた挨拶回りがあるからな。また後で」
「はい。夜にお伺いします」
「あぁ、楽しみにしている」
ひらひらと手を仰ぐと、師匠たちは会場の奥へと進んでいった。
師匠は昔はこうしたパーティーに来ることは少なかったが、今は心境の変化でもあったのだろうか。
「あら? あなたは……」
一人でポツンと立っていると、そこにいたのはシャーロット=ハートネット先輩。それに後ろには、メイドの二人も控えていた。
「ハートネット先輩。ご無沙汰しております」
その場で丁寧に一礼をする。
一見すれば、髪型を整えて化粧をしているため、この前と印象がかなり違う。それに背中が大胆に開いたドレスを着ているので、本当に大人っぽく見える。
「あ、えっと……そ、その。久しぶりねっ……!」
「見て、お嬢様が照れているわ」
「えぇ。そうね。照れているわね」
「もう……っ! ふたりは黙っていなさいっ!」
と、何やらやりとりをした後、こちらの方を向くと「こほん」と軽く咳払いをした。
「大会。最後まで見ていましたよ。優勝おめでとうございますわ」
「ありがとうございます」
「それにしても……あなた、噂になっていますよ?」
「噂、ですか?」
「えぇ。大会であれだけの功績を残したのです。注目されるのも当然でしょう。今もほら」
チラッと視線だけで後ろの方を見るように促されると、確かに俺の方に視線が集まっているようだった。ヒソヒソと囁いているようだが、俺の名前が確かに聞こえた。
「
「そうですか。それは光栄なことですが」
「そ、それでなのだけど……こ、この後……っ」
何かを言おうとしたのは、理解できた。しかしその声は、ある人によって遮られてしまう。
「レイさん。それに、シャーロットさんも。二人とも、仲がよろしいみたいですね〜。えぇ、とっても……ね」
ニコニコといつものように笑って、この場にやって来たのはレベッカ先輩だった。
髪を三つ編みにして、それをアップにして止め、さらにはその髪はわずかに艶やかに光っている。
着ているドレスは純白のものであり、胸元が大胆に開いており、いつもとは印象が違う。
しかしやはり、レベッカ先輩が美しいことに変わりはなかった。
「レベッカ先輩。どうも」
「はい。それで、シャーロットさんとはお知り合いなのですか?」
「そうですね。街の本屋でばったりと出会って、本の趣味が合いまして。大会でも、いい試合をさせていただきました」
「へぇ〜。そうなんですねぇ……」
レベッカ先輩がくるっと翻って、ハートネット先輩の方を見つめる。その途端、ハートネット先輩の表情が引きつる。
そして、レベッカ先輩が耳元で何かを呟くと、彼女は慌てた様子でこの場から離れていくのだった。
「わ、私はちょっと他にも挨拶まわりがありますので……っ! これで失礼します……っ!」
メイドの二人を引き連れて、ハートネット先輩は会場の奥の方へと消えて行ってしまった。
「慌てていましたね。何か急な用事でもあったのでしょうか」
「さぁ。どうなんでしょうねぇ……」
レベッカ先輩も、どうやらその理由は分からないようだった。
先輩は改めてこちらを向くと、少しだけ俯きながら話しかけてきた。
「あ、えっと……その……レイさん。今日はとても大人っぽいですね」
「そうですか?」
「はいっ! とてもかっこいいですよ!」
「恐縮です」
といっても、別になにか特別なことをしているわけでもなく、黒のスーツを着て、髪型を少し整えているだけだ。
褒めてもらったので、俺はすぐにレベッカ先輩にも同じような言葉を向ける。
「しかし、レベッカ先輩こそ今日はとても美しいです」
「え……っ!? そ、そうですか?」
ビクッと体を少しだけ震わせると、忙しなく指先を動かす。そしてチラッと上目遣いで反応を見るようにして、俺を見つめてくる。
「はい。髪も綺麗にまとまっていますし、そのドレスもよくお似合いです。先輩はやはり、白がよく似合いますね。化粧をしていることもあって、とても綺麗です」
「あ……その……あ、ありがとうございますっ」
先輩は顔を俯かせて、顔を真っ赤にしていた。それは耳まで赤くなっていたので、少々言いすぎただろうか……? そう思っているとさらに、聴き慣れた声が耳に入って来るのだった。
「む……! ちょっと遅れちゃったかぁ……っ! まぁいいわっ!」
軽く走って来るのはアメリアだった。彼女もまた、今日のパーティー際してしっかりと準備をして来たらしい。髪をまとめ、真っ赤なドレスに身を包んでいる。
その後ろからは、アリアーヌもやって来る。
「はぁ……はぁ……アメリアってば、急ぎ過ぎですわ……」
アリアーヌといえば、髪はアップではなく下ろしているままだが、それが逆にドレスと相まって綺麗に見える。彼女は黄色のドレスを着ており、それはとてもよく似合っていた。
「はぁ……アメリアさんですか」
「ちょっ! あからさまにため息つくなんて、酷いですよっ!」
その後、ふたりは何やら言い合いを始めてしまった。そんな様子を、アリアーヌと二人で呆然と見つめるのだった。
「なんだか、アメリアとレベッカ先輩は距離感が近くなったな」
「まぁ……そうですわね。原因はたった一つですが……」
「たった一つ? それは?」
「レイもいつか、知る時が来ますわよ」
そうして俺たちは、パーティーが始まるのを心待ちにするのだった。
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