第227話 友情の果てに
本当にギリギリの戦いだった。
最後の攻防。ルーカス=フォルストの攻撃を凌いでいる時は、アリアーヌを守ることで精一杯だったので時間を意識する余裕すらなかったのだが……残り時間は二秒だったらしい。
アリアーヌがなんとか這いつくばって、フラッグを突き立てたあの瞬間。
あと二秒遅れていれば、俺たちは優勝を逃していた。正直なところ、アリアーヌが限界を迎えて倒れてしまった時には、覚悟をしていた。
このまま敗北する可能性も──あるかもしれないと。
最後は俺がなんとか、フラッグを持っていくかどうか。アリアーヌに任せるのではなく、俺が無理をしてでもフラッグを突き立てるべきか。
そんな一瞬の錯綜があったが、チラリと視界に入ったアリアーヌは自身の口にフラッグを咥えると、そのまま這いつくばるようにして進んでいたのだ。
懸命に、ただ真っ直ぐに、その先を見据えていた。
負ける気など毛頭ない。
どんな姿になろうとも、絶対に勝ってやるのだという意志が感じ取れた。
その姿を見て、確信した。
この最後の攻防は、どのような結果になっても彼女を守り切ろうと。その懸命な姿を見て、俺は全力でルーカス=フォルストに対峙することに決めたのだ。
そして彼女は自力でフラッグを突き立てると、大きなサイレンが響き渡るのだった──。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……う……ごほっ……」
その場に膝をつく。どうやら、アリアーヌの
しかし、最後の執念の宿った剣戟は、それを感じさせないほどに圧倒的なものだった。
俺はダメージを負っていたとはいえ、魔術領域は無事だった。そのため、冰剣を複数展開してギリギリ防御することができた。おそらくは、彼が本領だったならば突破されていたに違いない。
様々な要因が絡み合うようにして、勝利を勝ち取ったのだ。
また、アメリアがあの場で倒れ込んでいるのも、俺は視界に捉えていた。おそらくは作戦通り、ルーカス=フォルストの【秘剣】を封じるために、限界を超えて
彼女のその努力もあって、この優勝を勝ち取った。
全員の努力があってこそ、優勝にたどり着くことができたのだ。
「……負け、だね」
ゆっくりと近づいてくる。そんな彼の表情は負けたというのに、どこか晴れやかなものだった。
「本当にいい試合でした」
言葉を紡ぐ。それは、心から思ったことだった。
「そうだね。僕も、最後まで本気で戦ったけど……そちらの方が一枚上手だったようだ。君も含めて、本当にいいチームだった」
「恐縮です。しかし、それはそちらも同じだと思います。エヴィにアルバート。二人とも、よく鍛えられていました。それに、アルバートの
「こちらとしては、それでどうにか君を戦闘不能にしたかったけど、難しいのは分かっていた。二人もそれを承知の上で、時間稼ぎのために全力を投じてくれた。本当に感謝しかないよ」
今までの印象は、機械的で冷静沈着な人だと思っていた。しかし、エヴィとアルバートに向けるその言葉は、本当に心からの感謝の念がこもっている気がした。
優しそうに微笑むと、彼はこちらに手を伸ばしてきた。
「ありがとう。チームで戦うことができて、いい経験になったよ」
「こちらこそ」
握手を交わす。大きな手ではないが、それは分厚く硬いものだった。彼の努力の足跡が、少しだけ理解できた瞬間であった。
「でも、僕はやっぱり一対一での戦いを臨んでいる。改めて、来年の
「はい。自分も、楽しみにしています」
そういって彼は、颯爽とその場から去っていった。
すでに城内には、救護班が駆け込んでいるようで、倒れている三人の元に改めて向かう必要はないようだ。
そうして俺は、その場で倒れ込んでいるアリアーヌの元に向かう。
「アリアーヌ」
声をかける。すでに涙を流しているようで、その顔は嬉しさと感動に満ちているようだった。
「レイ……勝ちました……わたくしたちは、やりました……」
なんとかその場に起き上がった彼女を、俺は優しく抱きしめるのだった。たった一人で、最後は頑張ってくれた。
本当に、俺はアリアーヌのそんな頑張りに感謝をしていた。
「あぁ。ありがとう。本当に最後まで頑張ってくれて、ありがとう」
「うん……! うん……! わたくし、頑張りましたのよ……っ!」
「知っているとも。頑張ったさ」
「う、う……うわああああああああああああああああああッ!!」
涙をさらに流すアリアーヌを、ギュッと抱きしめる。ここまで、本当に過酷な道のりだったに違いない。
最後の攻防では、這いつくばってくれてまで、フラッグを運んでくれた。
きっと、辛かっただろう。諦めたい瞬間も、あっただろう。
けれど、アリアーヌは最後まで成し遂げてくれた。俺を信じて、戦ってくれた。諦めることなく、進んでくれた。
そのことが、俺は何よりも嬉しかった。
この優勝は、三人で成し遂げたものなのだから──。
閉会式。そこでは、この大会に出場した全チームが並んでいた。そうして、準優勝のチーム:フォルストが表彰され、最後に優勝したチームである俺たちが壇上へと昇る。
アメリアは見た目よりも負傷は軽いようで、今は自分の足でしっかりと歩いている。一方でアリアーヌは本当に全てを使い切ったようで、自分の足で立つことはできない。
だが、絶対に閉会式には出たいということで、俺とアメリアが左右から支える形でこの場に立っている。
頭と体には包帯を巻いて、痛々しい姿だがそれでも彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。
「
アビーさんがニコリと微笑みながら、俺たちにそれぞれ優勝の証であるバッジを送ってくれる。それを受け取ると、その後はトロフィーを受け取ることになった。
もちろん受け取るのは、チームのリーダーであるアリアーヌだ。
「謹んでいただきますわ」
腕はなんとか上がるようで、彼女はそれを受け取る。
そしてそれを天に掲げるようにして持ち上げると、観客たちから莫大な数の拍手をもらうのだった。
「おめでとー!」
「すごかったぞー!」
「おめでとうー! すごかったわよー!」
「本当に最高の試合だったー! ありがとうー!」
数多くの拍手、さらには声援をもらってアリアーヌは微かに涙ぐむが、グッとそれを堪えて手を振ってそれに応える。
俺とアメリアもまた、手を振るうことでそれに応えるのだった。
「さて。本日の大会は、初めての試みであり、色々と難しいこともあっただろう。しかし、こうして無事に終わることができて本当に良かったと思う。また、参加してくれたチームは非常に練度の高いものばかりだった。この調子で、切磋琢磨していって欲しい。私からは以上だ」
その言葉を最後に、
「あれは……」
俺も行くといったのだが、「一人で大丈夫よ。レイは、まだ話すべき人がいるでしょう?」と言ってくれたので、こうして二人の元へとやってきた。
所々に包帯はしているようだが、二人ともしっかりと自分の足で立つことはできるようだった。
「レイ。ありがとう、いい試合だった。負けてはしまったが、後悔はない」
「アルバート。そうか……こちらこそ、本当にありがとう。いい試合だった」
握手を交わす。次は、エヴィはニカっといつものように白い歯を見せて、その大きな分厚い手で握手を求めてくる。
「レイ! やっぱお前は強えなぁ……本当に凄かったぜ! 俺とアルバートなら、勝てるかもって思ったが……まだまだみたいだな! 次はもっと、筋肉をさらに鍛えてから試合に臨むことにするぜ!」
「あぁ。そうだな。二人ともに、素晴らしい筋肉だった」
ガシッとその大きな手を握る。エヴィの筋肉は依然として素晴らしいものだった。しかし、まだ高みを目指すとは……本当にその向上心には驚いてしまう。
そして俺は、自分の想いを伝える。
「二人とも、改めて礼を言わせてくれ。決勝戦で、戦うことができて本当によかった。友人たちとこうして切磋琢磨する機会など、今までの俺にはなかった。だから、この大会はずっと楽しかった。心が躍っていた。二人と友人になることができて、俺は本当に良かった。ありがとう。エヴィ、アルバート」
心から思ったことを伝える。
今まではずっと、友人というよりは戦友たちが側にいた。もちろん、戦友のみんなも大切なな人たちである。
だが、こうして同じ歳の友人と一緒に切磋琢磨することも、俺にとっては本当にかけがえのないものだった。
だから、素直に自分の心情を吐露した。
「いや、俺こそ……礼を言わせてくれ」
アルバートは少しだけ俯きながら、話を続ける。
「俺がここまでくることができたのは、レイと出会うことができたからだ。いや、レイだけじゃない。他の友人たちにも、俺は出会えてからこそ……自己を見つめ直して、前に進むことができた。二人とも、ありがとう」
晴れやかな表情だった。思えば、アルバートの出会いはいいものではなかった。しかし、今の彼は本当に自己を省みて大きく成長したのだろう。
それは、あの決死に戦う姿を見て分かった。
そうだ。俺たちはこれからもきっと、互いに高め合ってゆける。
「俺だってそうだぜ! 二人に出会えたからこそ、この筋肉もさらにデカくなったからなっ! へへ、ちょっと照れるがありがとなっ!」
そうだ。俺たちは、決して一人だけでは生きていけない。大切な人たちが、友人たちがいるからこそ、こうして前に進めるのだから──。
「よし! じゃあまたみんなで筋トレでもすっか! 行こうぜ、レイ! アルバート!」
「「おうっ!!」」
そして俺たちは、会場を後にするのだった。
きっとそれは、今までの中でも一番心から笑えた瞬間なのかもしれない──。
◇
「アメリア。わざわざ付き添ってくださり、ありがとうございますわ」
「いいのよ。私も、病院には行くつもりだったし」
今はちょうど検査入院をするということで、わたくしはベッドに寝ていました。アメリアが付き添ってくれたのは、本当に嬉しいのですが……欲を言えば──。
「レイにも来て欲しいって、思ったでしょ今」
と、アメリアがまるでわたくしのこと心を読んだかのようなことを言ってきます。奇しくもそれは的中しているので、思いっきり動揺していまします。
なんとか隠そうとしますが、やはり自覚した今となってはそれも難しいようです。
「え……っ!? べ、別にそ、そ、そ、そんなことはありませんのよっ!!」
「ふ〜ん。まぁ……いいけどね。アリアーヌがレイに惹かれてたのは、ずっと前から分かってたし」
「は……っ!!?」
ずっと前から分かっていたっ!!?
わたくしがこの気持ちに気がつく前から、アメリアは気がついていたというんのですのっ!!?
「やっぱり、ね。でも、自分の気持ちにやっと気がついたみたいね」
「そ……それは……っ!」
否定したい気持ちもあります。だって、わたくしはアメリアがレイのことを好きだということを、知っていたのですから。
それをこんな風に、後から好きになるなんて……何だか、反則のような気がしてなりませんの。
でも、それでもやはり……わたくしは、レイのことが好きですの。彼に惹かれていることは事実。ですから、はっきりとアメリアに話すことにしました。
「そう……ですわ。わたくしは、レイのことが好きですわ。それだけは、はっきりとしていますの」
「そっか。なら私たちは、恋のライバルね」
「恋のライバル……?」
「えぇ。だって、同じ人を好きになっちゃんだもの」
「アメリア、あなたは……」
彼女は優しく微笑みかけると、わたくしの方へと手を伸ばしてきました。それを握ってもいいのか、わずかに迷いますが……アメリアが無理やり引き寄せるようにしてこの手に触れてきます。
「アリアーヌ。別に私に引け目を感じなくたって、いいのよ。だってレイはとっても魅力的な人だから。きっとこうなるのは、分かってたの。あなたも、レイに触れてもらったんでしょ? その心に、さ」
「……お見通しみたいですわね。えぇ。認めますわ。そして、そうですわね。これからは恋のライバルとして、アメリアと競っていくことにしますわっ!!」
「ふふ。そうこないと、アリアーヌらしくないわね」
と、二人で笑い合いっていると、扉の方から声が聞こえてきました。
「──あらあら。とても面白いお話をしていますね」
それはなんと……レベッカ先輩でしたの。彼女もまた、レイのことが好きということは知っています。そして何よりも、その本気度合いはアメリアと同等か……いえ、それ以上の執念があるというか。
ともかく、今の話を聞かれたのは非常にまずいと思ってしまいますが……。
「やっぱり、私も思っていたんですよ。レイさんとあれだけ近い距離にいれば、いずれこうなってしまうって」
「うんうん。私もずっとそう思ってました」
どうやら二人は完全に同調しているようで、その場で意気投合します。
「それでなのですが、レイさんの実家に行った話を詳しく聞かせていただきましょうか?」
レベッカ先輩のことは、昔から知っています。歳こそ二つ上ですが、幼なじみのようなものです。
そんな彼女はとても麗しくて、美しい笑顔を浮かべます。それは、ずっと前から変わらない。
け、けれど……何故でしょうか。
今はこの笑顔がとても怖いんですわっ!
笑ってはいます。確かに、目を細めてニコリと微笑んでいます。しかし、その目は決して笑っていないのです。まるで、深淵でも覗き込んでいるような……。
──ひ、ひぃいいいいいいいっ!
一人であまりの恐怖に震えていると、さらにアメリアが追撃してきます。
「あ、そうよ! 私もちゃんと聞かないと! アリアーヌ、しっかり話してよねっ!」
「あ、あはは……」
もう、どうにでもなれですわ。こうなったら、全部話すしかないですわ。
その後、わたくしたちはまるで昔のように、三人で仲睦まじく話をしました。
レイのどこが魅力的なのか、逆にレイはあまりにも鈍感すぎて先に進むことができない、などなど。たくさんの話をしました。
あぁ。やっぱり、そうですわ。
レイのおかげで、わたくしたちは成長できたのだと。レイが側にいてくれたから、わたくしたちは再びこうして笑い合うことができるのだと。
彼の存在は、わたくしだけではないのです。きっと多くの人間を変えているのでしょう。
「だーかーらー! レイさんは私のことを想ってくれているのです! アメリアさんには負けてませんよっ!」
「ふーんだっ! 私なんて、レイと一緒に生きていくんだもんっ! 実質夫婦みたいなものだもんっ!」
「またその話ですかっ! いつまで同じこと言うんですかっ!」
「ずっと言うもーんっ!」
どうやら、気がつけばアメリアとレベッカ先輩は年甲斐もなく、二人で口喧嘩をしていました。
本当に二人とも変わりました。今までわたくしたちは、貴族の宿命に囚われていた。そしてそれをまるで呪いのように、受け入れていました。
今はどうでしょうか。
確かに、状況は変わりません。わたくしたちは、どこまでいっても三大貴族の令嬢であることに変わりはありません。
しかし、レイがいるだけでもこんなにも世界は鮮やかに、美しく見えるなんて。
あぁ。本当に全く彼は、不思議な人間ですわ。
「ふふ……」
微笑を浮かべます。
おかしい。えぇ、とってもおかしいですわ。
どうしてわたくしたちは、そんな些細な日常を今まで楽しむことができなかったのでしょうか。彼一人がいるだけでも、こんなにも変わるなんて。
本当に、おかしな話ですわ。
「む……アリアーヌってば、余裕の笑顔ねっ!」
「むむむっ! まさか、私とアメリアさんが知らないリードがあるとかですか……っ!!?」
「ふふ。実は、レイに手料理を目の前で振る舞ってもらいまして……」
「「──く、詳しくっ!!」」
そうですわね。
お話をしましょう。もっと、もっと、わたくしたちは語り合うべきなのでしょう。お互いの心に、こうして触れ合っていくのでしょう。
わたくしたちは、友人。かけがえのない、友人ですわ。
この友情の果てには、何が待っているのでしょうか。
それはきっと……これから、この先の未来の中で知っていくのでしょう──。
チラリと窓越しに外を見ると、
雪景色。まるで、雪化粧をしていくかのように、世界は白く染まっていきます。
もうすぐ、聖歌祭が近づいてきます。
真っ白な世界の中で、わたくしは何を思うのでしょうか。レイと共に、進んでいくことができるのでしょうか。
いえ。きっと、そうですわね。
一波乱起きるのは、間違い無いでしょう。
でもそれもきっと、青春には付き物なのでしょう。
進んでいきましょう。
これからも、大切な人たちと共に──。
◇
ということで、四章無事に終了いたしました! 始まったのは、3/21なので二ヶ月ちょっとですね。いつものように、冗長な面があったとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。実は四章は毎日更新の中で辛い時もあったのですが、皆様の応援のおかげで無事に駆け抜けることができました。
改めて感謝を。本当に、ありがとうございます。
さて、続きですが……番外編(冬休み編)を挟みます。明日の更新は、四章の設定資料集を予定しているので、明後日からですね。
五章は私のTwitterでも告知しましたが、レイの過去編です。タイトルは、【追憶の空】でいく予定です。レイがどのようにリディアたちと出会い、極東戦役を経験し、学院に行くことになったのか。その軌跡を追いかけるような感じですかね。基本は三人称メインで、レイの一人称をそこに混ぜていこうかなと。
また、ここまでお読みいただいて評価がまだの方は、是非ともページ下から★を入れていただければと思います! 今後の執筆の大きなモチベーションになりますので、もし良ければお願いしますー!
最後は宣伝になります。
・講談社ラノベ文庫様より、7/1(水)に書籍第1巻(書き下ろし収録)発売です。イラスト担当は【梱枝りこ先生】で、すでに予約開始してます。メロンブックス様では、B2タペストリーがつく限定版も予約が開始しております。梱枝先生のイラストはそれはもう、素晴らしく可愛いものになっておりますので、ご期待ください!
・コミカライズは、マガポケ(少年マガジン公式漫画アプリ)にて、6/24(水)より連載開始予定です。アプリのダウンロードをよろしくですー!
Web版の更新も続けていきますが、書籍版とコミカライズの方も是非とも、よろしくお願いします!(……本当に、何卒よろしくお願いいたします!)
それでは、また五章で!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます