第226話 大規模魔術戦、決着


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 真っ白な世界は、徐々にその色を取り戻していく。


 地面に伏せっている二人。エヴィとアルバートとの戦いは、無事に決着した。


 アルバートの固有魔術オリジンである白夜反転ホワイトリバースには、流石に驚きを隠すことはできなかったが、それでもまだ俺の方が上手だった。


 確かに、理解はできる。


 魔術を使用できない状況下の方が、俺たちの実力の差はさらに縮まるだろう。それを考えて、きっとここまで試合を展開してきたのだろう。確かに、これを第1ラウンドなどで見せてしまったは意味がない。


 この最終ラウンドで使ってこそ、その切り札は意味があるものだろう。


 互いにただ拳で殴り合うだけ。その戦いは、純粋に心躍るものだった。本当に二人には、感謝しかない。



「──ありがとう。楽しい戦いだった」



 そうして俺は、そのまま疾走すると予想通りの場所にフラッグを発見。それをすぐに掴み取ると、あとはこれを外に持っていくだけ。残り時間は、すでに十五分を切っている。


 まだ時間にある程度の余裕があるとはいえ、アメリアとアリアーヌの戦いの状況次第では、勝てるかどうかわからない。


 そのまま階段を降りて行こうと、進もうとするが……目の前にはなんとか立ち上がっているアルバートがいた。


 完全に気絶したと思っていたのに、よろよろとその場に立ち上がるのだ。


 ここでアルバートが立ち上がってくるとは流石に予想外だった。


 完全に肉体は悲鳴をあげているはずだ。それに、白夜反転ホワイトリバースを使用したことで、魔術領域をかなり酷使しているはずだ。それに、間違いなく気力はなくなり、意識を断ったはずだった。


 それは、しっかりと確認した。


 肉体も、精神もすでに擦り切れている。限界も限界。


 だというのに、アルバートは気力だけで立ち上がっている。


 ボロボロのその姿を見て、俺は油断などしない。ただ先ほどと同じように、腰を下ろして構えるが……どうにも、様子がおかしい。



「立ったまま、気絶しているのか……」



 そう。アルバートは、立ち上がると同時にその意識を手放していた。


 たとえ意識を手放すことになっても、彼の肉体は敗北を認めることはなかったのだろう。


 ここまでくると、その不屈の意志には素直に感嘆する外ない。


 ただじっと、その場で石像のように立ち尽くすその姿は、彼の努力と執念の結晶だ。


 アルバートに対して、俺は情けなどかけることはなかった。ただ以前の決闘と同じように、勝利を淡々と積み重ねただけだった。


 以前は特に思うことはなかった。しかし、今はどうしてだろうか。


 アルバートのその成長が素直に嬉しいと思ってしまう自分もいる。


 互いに切磋琢磨して、たどり着いた決勝の場。そこで、俺たちは互いに全力を出して戦った。だから、もう後悔などありはしなかった。それはきっと、エヴィとアルバートも同じだと俺は思っている。


 本当に、俺は友人に恵まれている。こうして本気で切磋琢磨できる仲になるとは、思ってもみなかった。


 その場で、二人に対して一礼をする。それは、ここまで戦ってくれた尊敬の念を込めてのものだった。


 そうして俺は、下の階へと歩みを進めるのだった。




 ◇




「二人とも、フラッグは奪取したッ! あとは駆け下りるだけだッ!!」



 レイの声が響き渡ります。それを聞いて、わたくしとアメリアはすぐに行動に移そうと思いますが……アメリアはその場で、倒れ込んでいました。


 助けたい……と思いますが、彼女はなんとか顔を上げると、かすれた声で最後にこう言ったのです。


「わ……私のことは、いいから……レイと……行って」


 その言葉を聞いて、すでに覚悟は決まりました。


 すぐにアメリアの元に駆け寄りたい。わたくしがこうして立っているのは、アメリアのおかげなのですから。でも、彼女は進めというのです。ならば、その意志を継ぐのが仲間というものでしょう。


 パッと見て把握するに、現状はこちらの方が有利。


 ルーカス=フォルストは満身創痍。わたくしの攻撃を防ぐことはできたようですが、ダメージはかなり入っている様子。


 一方で、わたくしは彼と同じか、それ以上にダメージを負っています。


 レイといえば、彼もそれなりに負傷はしているようですが、まだまだ動ける様子でした。おそらくは、この中で一番レイが動くことができるでしょう。


「アリアーヌッ!! あとは任せるッ!!」


 レイはそういうと、わたくしの側にやってきてフラッグを譲渡してきます。それと同時に、彼は端的に伝えてきました。


「俺が、彼を抑える。なんとかアリアーヌは、フラッグを運び出してくれ」

「……分かりましたわ」


 本当は、わたくしも一緒に戦いますわッ! と言いたいところでした。


 しかし、レイの言葉が理解できないほどわたくしは愚かではありません。


 彼は信じてくれているのです。わたくしならばきっと、フラッグを外まで持ち出して優勝を勝ち取ってくれるのだと。


 このような状況になった以上、誰かがルーカス=フォルストを抑えるしかありません。きっとそれは、わたくしでは不可能。ここはレイに任せるしか、選択肢はありません。


 そして、この戦いの勝敗は──わたくしに任されたのです。



「──行けッ!! 走れッ!!」



 レイの背中をチラッと見ると、そのまま見捨てるようにして疾走していきます。残り時間はすでに十分を切っています。


 ギリギリ、本当にギリギリ間に合うかどうか。


 そして、後ろからはわたくしをなんとか止めようと、ルーカス=フォルストが追いかけてきているのは、その圧倒的な圧力プレッシャーだけで分かりました。


 レイがなんとか、そんな彼の攻撃を防いでくれているのも分かっています。



 ──後ろを振り向いて、レイと一緒に戦いたい。



 その気持ちをぐっと飲み込んで、走るしかないのです。今のわたくしは、ただ走ることしかできません。おそらくは、レイと一緒に戦っても足手まといになるのは間違い無いでしょう。


「──絶対に逃さないよ」

「……ぐうううううううううううッ!!!」


 どうやら、その場で完璧に足止めすることは、流石のレイでも難しいようで後ろの声が聞こえるほどには近づいています。


 そんな中、わたくしはレイを信じてただただこの城内を疾走し続けます。


 走って、走って、駆け抜けて、疾走し続けるのですッ!!



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ッ!!!」



 痛い。痛い。痛い。


 体が悲鳴を上げていますの。

 

 もう、止まってしまいたい。


 もう、諦めてしまいたい。


 わたくしはすでに、全力で固有魔術オリジンを使ったあとなので正直いって……もう限界をとっくの前に迎えていました。限界を超えて、今はただ走り続けています。


 軋む体に、灼けているかのように熱い魔術領域。体も僅かに自壊をはじめ、血が止まることはありません。流れ出る血を拭うこともなく、ただただ疾走していきます。


 心の弱い部分は、囁いてきます。


 ここまでくれば、諦めても誰も文句は言わないと。むしろ、よくやったと褒め称えてくれると。


 ここで諦めてしまっても、いいのではないか。

 ここで立ち止まっても、きっと誰も責めることはない。


 けれど、わたくしは──


 

「はぁ……はぁ……わたくしは……わたくしは、絶対に負けませんわあああああああああああッ!!!」


 咆哮。


 自分に負けないように、必死に声を荒げます。もうすでにこれは、自分との戦いなのです。


 レイが抑えてくれている間に、あとはわたくしが制限時間ないにフラッグを外に持っていけばいいだけ。そうすれば、優勝できる。


 それだけのことなのに、この弱い心は揺れてしまうのです。


 弱い。わたくしはとても弱い人間ですわ。


 理想の乙女を求めて、自分を強く見せ続けて、気高くあろうとしているのに、追い詰められてしまえばその化けの皮があっさりと剥がれてしまうのです。



 ──けれどッ!! 弱い自分を受け入れて、前に進むことの方が重要なのですわッ!

 


 えぇ。知っていますとも。わたくしは、ただの弱い人間であると。でもそれと同時に、強いわたくしも存在しているのですわ。強く在ろうとするわたくしも、確かに存在しているのですわ。



 ──表裏一体。



 理想の乙女とは、きっとその両方を兼ね備えて、全てを受け入れている人間のことを指すのでしょう。それはきっと、レイだって例外ではない。彼だって、その弱さをわたくしに見せてくれました。


 人間は誰だって、弱いんですわ。けれど、強く在ろうとすることはできるのです。


 それこそがきっと、わたくしが求める【乙女】なのですわッ!!



「はぁ……はぁ……はぁ……あと、少しッ! もう少しッ!!」



 見えた。一階の踊り場にたどり着くと、その視線の先に外の景色が目に入りました。


 あと、時間がどれだけ残っているのか、そんなことは気にする余裕はありません。


 ただ、あの場所にフラッグを突き立てれば、わたくしたちの優勝が確定するのです。



 ──駆けるッ!


 ──駆け出すッ!!


 ──駆け抜けるッ!!!



 勝った、勝ちましたわッ!! ここまでくれば、間違いなく優勝はわたくしたちですわッ!!


 と、勝利を確信したその瞬間。


 ぐらり、と体が倒れ込みます。


「あ……え……う……ぐぅ……あぁ……あ……」


 限界。


 いくら心で前に進もうと思っても、この体は無慈悲にも限界を迎えてしまいます。レイは依然として後ろでなんとか戦っています。本当にギリギリのところで、押し留めてくれています。


 レイもかなり消耗しているのは分かります。それは、聞こえてくる彼の懸命な声で分かってしまうのです。


 アメリアをあの場に置いてきて、レイに守ってもらって、ここで……わたくしが諦めるわけには──いかないですわッ!!


 まだ……進むしか無いのですわッ!! 


「ぐ、ううううううううううッ!! うわあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 フラッグを口で咥えると、それを思い切り歯で噛み締めました。


 そうして、なんとか這いずるようにして進んでいきます。


 ここまできてしまえば、外聞など全く気になりません。


 ただ勝利するだけ。


 あと少しで、優勝は目の前なのですから。


 全ての想いを、みんなの意志をわたくしは継いでいるのです。たかが、脚が動かなくなった程度、諦めるわたくしではないのですわッ!!


 乙女たるわたくしは、絶対に諦めることはないんですわっッ!!



「ぐうううううううううううッ!!」



 這いずって、這いずって、這いずって──なんとか所定の位置に、やっと、やっと……たどり着きました。



「──これで、優勝ですわッ!!!」



 咥えているフラッグを右手に移動させると、そのまま勢いよくその場に突き立てました。


 その瞬間、大きなサイレンがこの場に響き渡りました。



「──勝者は、チーム:オルグレン」



 勝った……? 勝ちましたの……? わたくしは間に合ったんですの……?


 それは聞き間違いなどではありません。この耳には間違いなく、わたくしたちのチームが勝利したというアナウンスが聞こえてきました。


 わたくしは、わたくしたちは勝ったのです。勝利したのです。


 優勝。優勝したのです。



「う……うぅ……ぐぅ……ううううぅ……」



 涙が、大量の涙が滴ります。もう動くことのできないわたくしは、その場で大の字になってただただ無心に涙を流します。


 体はとっくに限界を迎えています。もう、動くことはできません。それでも、わたくしはたった一人でたどり着いたのです。


 でもそれは、アメリアとレイが支えてくれたから。二人がいなかったら、絶対に諦めていました。二人の想いが、わたくしを前に押し進めてくれたのです。


 断言できますわ。絶対に一人だけでは、この場所にたどり着くことはできなかったと。


 そうして一人で泣いていると、ボロボロになったレイが近寄ってきました。本当にここまで懸命に戦ってくれたのでしょう。わたくしと同じか、それ以上にレイは傷ついていました。


 右腕から血を流しながら、それを抑えるようにして彼はそっと側に腰を下ろしてくれます。



「アリアーヌ」

「レイ……勝ちました……わたくしは、わたくしたちは、やりました……」

「あぁ。本当に最後まで頑張ってくれて、ありがとう」


 

 その瞬間。もう、体は動かないと思っていのに、レイに思い切り抱きつくことができました。それはきっと、内なる恋心がそうさせてくれたのでしょう。


 彼の体に触れると、さらに涙が溢れてきます。



「うん……! うん……! わたくし、頑張りましたのよ……っ!」

「知っているとも。頑張ったさ。ありがとう、アリアーヌ」

「う、う……うわああああああああああああああああああッ!!」


 レイに優しく抱きしめられ、とめどなく涙が零れ落ちていきます。


 あぁ。やっぱりわたくしは、改めて思うのです。


 この恋心こそが、大きな原動力であったと。


 ありがとう、レイ。


 あなたに恋をして、あなたに憧れたからこそ、わたくしはこうして成し遂げることができたのです。


 レイがいなければきっと、わたくしはずっと一人のままでした。アメリアに追いつくこともできずに、ただ強いフリをしているだけだったと思います。


 そんなわたくしが、こうしてこの場にいるのは……本当に、レイのおかげなのです。レイと出会うことができたから、たくさんのものわたくしに与えてくれたから、最後まで諦めることなく戦うことができたのです。


 ありがとう、レイ。あなたに出会えて、本当に幸せですわ。


 そして、あなたのことを……心から、愛していますわ──。

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