第204話 本戦へ


 エヴィとの会話の後、集合場所へと向かっていた。


 本戦では、すでに使用されていない古城での戦いとなる。もともとは、早期に破棄しようという案も出ていたのだが、今回の大規模魔術戦マギクス・ウォーに際して使用されることになったらしい。


 古城はアーノルド魔術学院のさらに北に位置している。今回は俺たちの試合はシードのため、二回戦から始まる。そのため、今日は円形闘技場コロッセオでの観戦となる。


 そして、学院の前の正門で待ち合わせをしていると、そこには車椅子に座った金色の髪をした女性がいた。それに後ろには、メイド服をきた女性もいる。


 遠目からなので、まだ確信は持てないが……まさか。と思うと、それはどうやら予想通り師匠のようだった。


「師匠。どうしたのですか?」

「レイ。いや少し話があってな」


 師匠はじっと俺を見つめると、すぐに本題に入った。


「今日から本戦だな」

「はい。優勝まで後少しです」

「こんなに朝早く来たのは、レイの調子が知りたくてな」

「なるほど……」


 師匠がわざわざやって来てくれたのは、どうやら俺の調子が気になったから……というものだった。


 今までの試合は、そこまで全力を出すことなく難なく勝つことが出来ていた。しかしおそらく、これからの試合はもっと過酷なものになるだろう。


 現在の状態としては、体内時間固定クロノスロックを完全にレベッカ先輩に譲渡している形となる。そのため、魔術は問題なく使用できるが……やはり、魔術領域暴走オーバーヒートという危険性は付きまとう。


 その中で今までは試合をしてきたが、これから先はどうなるのか分からない。

 

 もしかすれば……という心配もあって、師匠は来てくれたのだろう。


「自分の調子は、そうですね。悪くはありません」

「そうだな。試合を見る限り、魔術は問題なく使えているようだ」

「はい。違和感もありません」

「そうか。それなら良かった。しかし、アレは使うなよ? たとえ、【絶刀】との一騎討ちになったとしてもだ」

「心得ております。自分には、まだ早いと分かっているので」

「それならいいが」


 どうやら、師匠が言いたいことはこれだったようだ。俺にはまだ、秘められた能力がある。それは極東戦役の最終戦で手に入れたものだ。


 その能力はまさに諸刃の剣。


 感情に支配され、激動にその身を任せ、あの時の俺は文字通りこの世界でおそらくは最強の魔術師となっていただろう。


 コード理論の先へとたどり着いた魔術師は、おそらくは俺は史上初だからだ。


 しかし、反動はあった。


 俺の脳は未だにその後遺症が残っている。四年近く経過しているいもかかわらず。


「さて、では私はこれで失礼する。レイ、試合楽しみにしているぞ」

「ありがとうございます。師匠のためにも、優勝してみせます。見ていてください」

「ふふ。そうだな。きっと優勝してくれ」


 とても優しい笑みを浮かべると、師匠はそのままカーラさんに押されて校門から消えていく。


 その後ろ姿が見えるまでずっと、その場で師匠の姿を見る。


 師匠が車椅子で生活を余儀なくされているのは、俺のせいだ。


 あの最終戦で、俺がもっとしっかりと判断ができていれば……あんなことにはならなかった。


 それに、ある誓約があるために師匠の脚の治療は進まない。もう少し時が経てば、その誓約も破棄できる。そうすればきっと、師匠は自分の足で経つことができるようになるだろう。


 もし師匠の足が回復すれば……またいつかのように、森の中を二人きりで散歩をしたいと思う。


 ささやかな時間を、その当たり前の日常を享受できることの幸せを、師匠と共有できたらいいと思っている。


 そんなことを考えながら、俺はアメリアとアリアーヌをこの場で待つのだった。



 ◇



「レイ! おはよう!」

「おはよう。アメリア。体調はどうだ?」

「バッチリよっ!」

「それは良かった。今日からはついに本戦だ。心して試合に臨もう」

「えぇ!」


 アメリアはいつもよりも元気な様子だった。肌の色艶もよく、しっかりと休息を取ることが出来たみたいだ。


 しばらくアメリアと話していると、次にはアリアーヌが早足にこちらに向かってくるのが見えた。


「おはようございます! お二人ともっ!」

「おはよ、アリアーヌ!」

「おはよう。アリアーヌも調子は良さそうだな」

「もちろんですわっ! 乙女たるもの、体調管理は万全ですわっ!」


 アリアーヌもまた、どうやら準備はバッチリなようだった。


 そして俺たちは三人で、円形闘技場コロッセオへと歩みを進めていく。今回は歩きながらミーティングをする予定だ。


「さて、ついに本戦だな」

「そうね。作戦は前に話した通りでしょ?」

「あぁ。基本はアメリアとアリアーヌのペアで行動してもらう。攻撃と防衛。どちらの場合になっても、俺は基本的に前衛で戦う。それと、固有魔術オリジンの使用は限定的にだが許可しよう。自分の裁量で使ってほしいが、決して無理はしないでほしい」

「えぇ。もちろんよ」

「分かりましたわ」


 固有魔術オリジン


 アメリアの因果律蝶々バタフライエフェクトもう相当な負担になる魔術だが、アリアーヌが獲得した魔術も同様だ。


 無理をして使い続けてしまえば、魔術領域暴走オーバーヒートに至ってしまう可能性がある。そうなってしまえば、ろくに魔術は使えない上に、地獄のような苦しみに苛まれることになる。


 それは、経験したことのある人間にしか分からない苦しみ。


 あのような経験は決して二人にはして欲しくはない。だから、たとえこのまま押し切れるという場合であっても、無理はしないでほしいと伝えてあるのだ。


「それにしても、チーム:フォルストは順当に上がってくるのでしょうか」


 アリアーヌがそういうので、俺は自分の所感を交えて今後の展開を述べる。


「こういうと失礼かもしれないが、他のチームでは相手にならないだろう。ルーカス=フォルストだけではない。エヴィとアルバートもかなりの練度で仕上がっている。それに、俺たちと同様にしっかりと分担ができている。おそらくは、決勝には順当に上がってくるだろうな」

「そうですの……まぁ、それはそうでしょうね」

「ルーカス=フォルストかぁ。レイはどうにかできるの?」


 と、アメリアが尋ねてくる。もちろん、すでに対策は考えてある。俺と一対一になった時の想定も考えてある。


 しかし、俺と同じ思考をしているのならば、ルーカス=フォルストは俺との一対一は望まないだろう。


 はっきりと言ってしまえば、俺とルーカス=フォルストの戦いになればどちらに軍配が上がるかは不明だ。負けるかもしれないし、勝てるかもしれない。


 一方で、アメリアとアリアーヌ対エヴィとアルバートでは、こちらのチームに軍配が上がるだろう。エヴィとアルバートも筋は悪くないが、こちらの二人には固有魔術オリジンがある。


 中でも、アメリアの因果律蝶々バタフライエフェクトは仮に七大魔術師が相手になっても太刀打ちできるとは限らない代物だ。


 おそらくは、俺、キャロル、リーゼさんの三人しかその圧倒的な固有魔術オリジンには立ち向かえないだろう。


 アメリアが持っているは、固有魔術オリジンそういうものなのだ。


 おそらくは、数年以内にアメリアは七大魔術師になると思っている。そろそろ周期的にもいい頃合いだ。予想としては、リーゼさんが引退したその席にアメリアがつくことになるだろうと思っている。


 だが本人にはそのことは伝えていない。きっと今伝えてしまえば、大きなプレッシャーになってしまうからだ。


 話が逸れてしまったが、そのような背景があるため可能性としては、俺がエヴィとアルバートの相手をして、ルーカス=フォルストがアメリアとアリアーヌの相手をする。


 必然的に、勝利を求めるのならば相手はこうしてくるだろう。


 もちろん俺が無理やりルーカス=フォルストと対峙してもいいのだが、相手はもそれは理解している。おそらくは、そのような状況には持ち込ませてくれないだろう。


 それを踏まえて、アメリアとアリアーヌには対ルーカス=フォルストのために様々な想定をした訓練をこなしてもらった。


 後はそれを実戦に活かすだけだ。


「ルーカス=フォルストは俺一人ならば、どうにかできる、しかし、以前話したようにおそらくはアメリアとアリアーヌで対処することになるだろう。後は、訓練の時に伝えたように戦ってくれたらいい」

「やっぱ、そうなるのよね」

「相手があのルーカス=フォルストですか……乙女の血が滾りますわねっ!」


 そうして俺たちは、ついに本戦を迎えることになるのだった。

 

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