第203話 不器用な親子
本戦。
ついにこの時がやって来た。本戦はトーナメント形式になっており、予選で勝ち抜いた全十二チームが競い合う。
その中でも、予選の獲得ポイントの上位二チームはシード権を獲得することができる。今回の
そのため、チーム:フォルストと当たることがあるとすれば決勝戦になるだろう。
基本的には予選の総獲得ポイントが上位のチームほど優遇されることになっているのが、
「……朝か」
ボソリと呟く。朝になり、心地よい日差しが室内に入り込んでくる。だが俺は、ある違和感を覚えていた。
それはなんてことはないのだが、エヴィの大きないびきが聞こえてこないのだ。
俺は基本的に朝五時には目が覚めるように習慣付けてあるのだが、エヴィは割と朝が苦手である。
だというのに、今日は彼のいびきは聞こえてこない。
つまりは、もう起きているのだろう。
そうしてリビングに向かうと、そこでは冬だというのに大量の汗を流しながら筋トレに励んでいるエヴィの姿があった。
俺もまた、彼と同じように上半身裸になるとそこで筋トレを開始する。
あくまで今日の試合の負担にならないように、軽く汗を流す。するとエヴィがニカッと笑いながら、プロテインを差し出してくれる。
「ほらよ。レイ」
「助かる」
もらったプロテインを飲み干すと、テーブルの上にコンとそのコップを置く。
「レイ。とうとうここまで来たな」
「あぁ。そうだな」
互いに視線を交わす。今回に限って俺たちは、敵チーム同士。そして、当たるとそれば決勝戦になる。
これほど滾ることはないだろう。
「もしレイたちと当たるとすれば、決勝戦だな」
「決勝戦か……そちらは大丈夫なのか?」
「おそらく順当に進めば、チーム:ハートネットと当たることになるだろうな」
「チーム:ハートネットか。手強いぞ」
「それは試合を見て思ったさ。でも、俺たちは勝つぜ」
それは虚栄の類などではなかった。最近思うが、エヴィは今までよりもさらに魔術師としての技能が向上している。
筋トレもそうだが、ほぼ毎日欠かさずに訓練に励んでいたようだからな。
また、俺たちAリーグに関しては一位はチーム:オルグレン。二位はチーム:ハートネットになっている。
俺たちは予選のリーグ戦では全戦全勝。トップで通過を決めた。そして、チーム:ハートネットは俺たち以外のチームに負けることなく二位確定となった。
彼女たちの試合は他にも観戦していたが、やはり魔術での攻防戦は一級品。
そもそも、森での戦い方に慣れている生徒が少ないため、魔術戦になることが多く、チーム:ハートネットは圧倒している試合が多かった。
「このことは、いつ聞こうか迷っていたんだが……」
エヴィは少しだけ間を置くと、俺にある質問を投げかけて来た。
「レイは親父と知り合いなのか?」
「もしかして、見ていたのか……?」
「あぁ。遠目からだが、チラッと見えてな。いや、元々はそうなんじゃねぇかな〜とはずっと思ってたんだ」
それはいつしか来るだろうと思っていた。そして、いつか話すべきだと思っていた。
そう。俺はエヴィの父親とは知り合いだ。それも、同じ隊に所属していた。師匠の元で同じように訓練を受けて、同じ飯を食べ、同じ戦場を経験した。
彼の名前は、デルク=アームストロング。
デルクは極東戦役の最中に、こう言っていた。
自分にも、俺と同じ歳の子供がいて、距離感を図かねていると。
軍人であるがゆえに、家に帰ることは極端に少なかった。それに俺たちの隊は極東戦役の中でも、最前線。
俺とは違って帰る場所のある人は多い。
そして彼もまた、なかなか家に帰ることができずに俺に向かって言っていたのだ。
──いつか息子と、友達になって欲しいと。自分はもう嫌われているから、と。
一目見た時に、デルクの息子がエヴィということはわかっていた。それは容姿が酷似しているからだ。その圧倒的な体の大きさも、ニカっと笑った時に見える白い歯も、彼を想起せずにはいられなかった。
そんなデルクは、まだ軍人だ。
俺たちとは違って、退役することはなかった。そのためおそらく、エヴィとはまだ距離感があるのだろう。
そのような背景もあって、俺は躊躇していたが……時が来たようだ。
「デルク=アームストロング。俺はデルクと呼んでいたが、彼とは同じ部隊に所属していた。戦友だな」
そういうと、エヴィは少しだけ顔を歪めるのだった。
「そうか……レイが極東戦役に参加したって、聞いた時から思ってたんだ。それに試合を見て思った。レイは、親父に似ているところがあるってな」
「そうなのか?」
「なんとなく……になるが、直感的にそう思ってたんだ」
「そうか」
そうして再び、彼は黙り込む。その後、少しだけ不安そうに言葉を紡いだ。
「親父は、俺のことを何か言ってたりしたか?」
「……」
正直に話すべきなのか。親子間の問題に、他人である俺が口を挟んでいいのか。
迷う。
しかし、これも運命だと思って俺は素直に話すことにした。
「デルクは時折言っていた。俺と同じ歳の息子がいて、距離感を覚えていると。それは、あまり家に帰ることができない自分のせいだと言っていた。しかし、その話を聞いて思った。デルクは確かに、エヴィを愛していると……」
「そっか……」
エヴィの落ち込んでいるような、迷っているような顔は初めて見た。
そして俺はさらに言葉を続ける。
「極東戦役が終われば息子と妻に会いたいと言っていたが、会ったのか?」
「一度だけ……入学祝いってことで、家族で食事をした」
「どうだったんだ?」
「やっぱり、俺はずっと母さんをほったらかしにしてた親父に思うところがある。それが、俺の勝手なエゴだと分かっていてもな。今は定期的に実家に戻っているみたいだが……俺と入れ違いになったな」
「なるほど。これは余計なお世話だと思っているが……」
実は俺は、先日デルクに出会っている。それは、試合を観戦するために
おそらくエヴィは、その時に目撃したのだろう。俺とデルクが話している姿を。
「レイ? レイなのか!!」
「……デルクか? 久しぶりだな」
「あぁ! 本当に、久しぶりだなっ!」
エヴィと同じようにその髪を刈り上げ、圧倒的な巨躯を有したデルクはとても元気そうだった。数年ぶりの再会になるが、以前と変わらないようだ。
「極東戦役ぶりか?」
「そうだな。最後に会ったのは、終戦後だな」
「そうか。大きくなったな。それに、レイが学生をしているのか……何だか感慨深いぜ」
ニカっと白い歯を見せて笑うその表情は、やはりエヴィに似ていた。
「で、デルクは何をしに? 観戦か?」
「ま、まぁ……そんなところ、か?」
「もしかして、エヴィの試合を見にきたのか」
「えっ!!?」
分かりやすい男である。眉をあげて、驚いた表情をいとも簡単に晒してしまう。師匠には、「デルクは良くも悪くも、まっすぐだな。ま、単純馬鹿は嫌いじゃないがな」と言われていた。
その言葉は幼い頃はよく分からなかったが、今は本当にそれがよく理解できる。
「まぁ……その。息子が出るんだから、見にきたくなってな。へへ」
照れながら鼻を擦る動作もまた、同じ。本当に似たもの親子だと思う。
そして俺は、単刀直入に話をすることにした。
「デルク。俺は今、エヴィと同じ寮の部屋で過ごしている」
「……は? まじか?」
「あぁ。どうやら、聞いてないみたいだな」
「そう……だな。息子とは、まだ仲が悪いからな。ははは!」
大きな声で笑うが、明らかに元気のない笑い方だった。どうやら、その確執はまだ残っているようだった。しかし、デルクは歩み寄ろうとしている……そんな様子が窺えた。
「で、その……あいつは元気にやっているのか?」
「俺と同じで、筋トレによく励んでいる」
「そっかぁ……まだやってるのか。あいつ」
しみじみと呟く。それは少しだけ嬉しそうな、感情のこもった言葉だった。
俺は、その言葉には何か他の意味があるのだと感じ取る。
「もしかして、エヴィが筋トレに励んでいるのはデルクの影響なのか?」
「ん? あぁ。小さい頃に、母さんを守るためにはどうすればいい? って聞かれてな。そこは筋トレをしとけ! とアドバイスしていたんだ。筋肉があれば、どうにかなるってな。魔術は後からついてくるって、言ってたが……そうか。それは嬉しいな」
顔を少しだけ綻ばせながら、デルクは嬉しそうに微笑む。
彼のそんな顔を見ることができた俺は嬉しかった。互いに数多くの死線をくぐって来た。こうして五体満足でこの場に立っているのが、奇跡と思えるほどの戦場を戦い抜いていた。
よくデルクは、「俺、この戦いが終わったら息子と妻に会うんだ……」と茶化した様子で不吉なことを言っていたが、それが実現できたようで本当に良かったと思う。
この手のジョークは俺たちの部隊ではよくあった話だが、極東戦役の最終戦ではそんなことを言う余裕がないほどに俺たちは追い詰められていた。
そのことを考えると、よくこうしてここに立っているものだと感慨深くなるものだ。
「そういえば、レイの試合も見たがアレは大丈夫なのか?」
「
「そうかぁ……でも、今は隊長じゃなくてレイが【冰剣】なんだろ? それに学生もやっているとは……時が経つのは本当に早いもんだ」
と、少しだけ過去の話に花を咲かせると、俺は率直に言ってみることにした。きっとそれは成長した証。過去の俺だったならば、言うことができない言葉だった。
「デルク。エヴィは確実に成長している。そして、俺が言うのも難だが……もう少し歩み寄ってもいいと思うぞ。エヴィはそれを受け止めてくると思う。」
「……」
するとデルクは、ポカンとした表情を浮かべる。よく顔に出る男だが、今回ばかりは心底驚いていると言う表情をしていた。
「どうした。そんなに驚いた顔をして」
「いや、驚いてんだよ。レイからそんな言葉が出るなんてな。もしかして、学院に入って変わったか?」
「そう、だな。多くの友人ができて、俺は少しだけ変わりつつあると思う」
「そうか……レイにも、同じ歳の友人ができたか」
「エヴィもその一人だ」
「それは本当に嬉しいぜ。レイ。エヴィと今後も仲良くしてくれよ」
「もちろんだ」
というやりとりをしたのだ。
そのことを軽く話すと、エヴィもまた驚いた顔をしていた。
本当に似たもの親子だと思う。そして、二人ともまだ生きているのだ。今はそれを喜ぶべきではないだろう。それはきっと、エヴィも分かっている。極東戦役では、数多くの死者が出た。俺たちの部隊からも、この世を去っていく者は多かった。
その後、エヴィから話を聞いた。父親に対して、思うところはある。しかし、極東戦役から無事に帰ってきてくれて嬉しかったと……まだ言葉にはできていないと、そう彼は俯くがちに話した。
俺はそんな彼に、こう告げた。
「エヴィ。きっとデルクは試合を見ている。だから、不甲斐ない試合はできないな?」
そう口にすると、エヴィは打って変わってニヤリと笑う。
「へへ。そうだな! 親父が見てるんなら、無様なところは晒せないぜっ!」
それはとても嬉しそうな顔だった。デルクと同じように。
いつか二人の距離感がもっと縮まってくれたらいいと、そう思った──。
◇
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