第188話 秘めた想い
無事に三日間の訓練が終了しましたの。
わたくしとしても、少しは前に進むことができたと、そう思っていますが……しっかりと大会で実力をはっきすることができるのでしょうか。
そして、帰る準備をしていると外からザアアアアアッと大きな音が室内に響いていきます。
「雨、ですの?」
「そうみたいだな」
レイと一緒に外に出ると、大雨が降っていました。まるでバケツをひっくり返したような大雨。いえ、これはもはや滝ですわ。流石にこの中を傘をさして帰るというのは……。
「ふむ。これは帰るのは厳しいな」
「どうしますの?」
「早朝に帰るとするか。雲を見ても、すぐに止むとは思えない」
「では、もう一晩お泊まりですの?」
「そういうことになるな。構わないか?」
「えぇ。大丈夫ですわ」
ということで、わたくしたちはもう一晩だけ止まることになりました。
でもその……なんというか。
チラッとレイの横顔を見てしまいます。
その精悍な顔つきがなんというか……その……。
いつもよりも惹きつけられてしまうのは、気のせいでしょうか。
「えっ! 今日も泊まっていくの!? わーい! やったー!」
ステラが思い切りレイの腰に抱きつきます。
この三日間でよく分かりましたけど、ステラはブラコンでレイはシスコンですの。二人ともに、本当に互いのことが大好きというか。
何よりも驚いたのが、ステラの前だとレイはいつもよりも優しい雰囲気になります。
普段は張り詰めた雰囲気ですが、それが緩和されているみたいで。
それにしても、今思えば……わたくしはアメリアとレベッカ先輩が知らないことをたくさん知ることになりましたが、大丈夫でしょうか?
二人はレイのことになると、本当に怖いので……。
「ん? 父さんと母さんはどうした?」
「おにーちゃん! 朝言ってたじゃん! 今日は魔術協会に泊まるって!」
「あぁ。そうだったか」
「ということで、私が晩ご飯を作ります!」
「いや、ステラ……それは……」
あぁ。そういえば、朝方にご両親とはお別れの挨拶を済ませておきました。今日はなんでも、魔術協会の方でどうしても外せないお仕事があるとかで。
ん? ということは、今日は三人だけということですの?
ま、まぁ……ステラもいることですし。大丈夫でしょう。
それにレイのことですから、別に変なことは……。
って、わたくしはなにを考えていますのっ!!
「アリアーヌ? どうかしたか?」
「はっ! べ、別に変なことは考えてませんのよ!」
「そうか?」
「えぇ!」
「で、晩ご飯なんだがハンバーグにしようと思う。ステラの好物でな」
「ハンバーグですの! それはわたくしも大好きですわ!」
「ふふ。なら、腕によりをかけて作ろうではないか」
レイはニヤッと笑います。彼の笑顔はあまり見ることはありませんけど、こうした人の悪い笑みにもちょっと慣れてきましたわ。
そうしてレイはエプロンを巻いて、キッチンに立ちます。
わたくしとステラも手伝えることはないかと言って、レイの側に行きますが……。
「二人は風呂にでも入っていてくれ。準備は俺一人でしよう」
そう言いますが、流石に悪いと思ってしまいます。
すると、レイはわたくしに耳打ちをしてきました。
「……頼む。ステラを料理に関わらせないでくれ」
「……どうしてですの?」
「ステラは……やばい。料理を
「え……そんなにですの?」
「あぁ。だから、風呂に連れて行ってくれ」
「わ、分かりましたわ」
どうやらレイの目的は、ステラを料理から離すことのようでした。ということで、ステラを連れてお風呂へと向かいます。
すでに帰ってきてからお湯は張っているようで──いつの間にか、レイがしていましたの──ステラと一緒にお風呂に入ります。
「よし! 今日は洗いっこしよ!」
「そうですわね」
わたくしたちは交互に互いの背中を洗います。ステラも慣れているようで、鼻歌を歌いながら背中を流してくれます。
その後は、二人で一緒にお湯に浸かりますが……その視線はじっとわたくしの胸に注がれます。
「……アリアーヌちゃん。おっぱい大きいよね」
「ま、まぁ……そうですけど。そんなにいいものでもないですわよ?」
「そうなの?」
「えぇ。何より重いですし、汗とかかくと大変ですし。この形を維持するのも、なかなか大変で」
「へぇ……色々とあるんだねぇ」
そう言いながら、思い切り触ってきます。でももう慣れてしまったので、いいですわ。
「それにしても、アリアーヌちゃんは強くなったね! 私は驚いたよ! お兄ちゃんから一本取れる人がいるなんてっ!」
「そうですの?」
「うん! お兄ちゃんはまじで超強いからね! 伊達に七大魔術師じゃないよっ!」
「まぁ……確かに、レイは規格外ですね」
レイ=ホワイト。
その存在は今までも規格外だと思っていましたが、この三日間でその評価がさらに変わることになりました。
魔術師としての格が違う、とでもいうべきでしょうか。
何よりも、戦闘技術が段違い。しかしそれは、戦場で磨かれたもの。彼のその技術は戦争で戦うために必要だったものと思うと、少しだけ悲しくなってしまいます。
──戦うしかできなかった。
彼は以前、そう言っていました。
そうしてステラと一緒にお風呂から上がると、リビングのテーブルにはすでに晩ご飯が準備されていました。
「おぉ。上がったか。二人とも」
「うん! それにしても、美味しそうだね!」
「ふふふ。今日は腕によりをかけて作ったからな」
再びニヤッと笑うレイですが、どうやら本当に腕によりをかけて作ったようです。
ハンバーグにはデミグラスソースがかかっていて、その上には生クリームが少しだけかかっています。それに付け合わせの、にんじんも艶々としていてとても美味しそうです。
その隣には、コーンスープも準備されています。
以前、カレーをいただいた時も思いましたが、レイはとても料理が上手です。そもそも、料理はメイドや女性がするべきものであって、男性が料理することはとても珍しいはずです。
だというのに、彼はとても料理が上手で……本当に、レイには苦手なものがあるのでしょうか。
「では、いただこうか」
わたくしたちは三人で一緒にご飯を食べ始めます。
「「「いただきます」」」
そして、ハンバーグをパクリといただきます。
すると……。
「んん〜〜〜〜〜。美味しい! 美味しいですわ!」
「んにゃああああ! お兄ちゃんのハンバーグは世界一だよっ!」
「ふふ。恐縮だ」
美味しい。美味し過ぎますわ!
王国の三星レストランの料理よりも、正直美味しいですわ……っ!
この豊潤なデミグラスソース。程よい酸味と甘さが綺麗に引き立っていて、それが上手にこのお肉の良さを引き出していますのっ! それに、肉汁もしっかりと閉じ込められていて、お肉自体も美味しいっ!
それにつけ合わせのにんじんは甘くソテーされていました。これはおそらく、蜂蜜とバターを絡めて作ったもの。
ハンバーグを食べた後に、これを食べると口の中が幸せでいっぱいになりますの。
レイ……恐ろし過ぎますわ。
これはお嫁に欲しくなってしまうスキルですわ……まさか、アメリアとレベッカ先輩はこれを知っていて?
いえ、確かレイはちゃんと目の前で振る舞うのはわたくしが初めてと言っていました。
ということは、わたくししか知らないということでしょう。
でもなぜだが、そのことが妙に嬉しく感じてしまうのです。
「「「ご馳走様でした」」」
綺麗に全て食べ終えると、気がつけばステラが眠そうにまぶたを擦っていました。
「ステラ。ちゃんと歯磨きしてから寝ような」
「あい……」
そうしてレイに連れられて、洗面所で歯磨きをするとステラはすぐに自分の部屋で寝てしまったようです。
「ステラは寝ましたの?」
「あぁ。疲れていたみたいだな」
「そうですわね。無理もありませんわ」
と、レイはテキパキと片付けをしてしまうので、わたくしも慌てて手伝います。
「俺一人で大丈夫だが」
「食事を振る舞ってもらって、なにもしないのは乙女の恥ですわっ!」
「そうか。では、お言葉に甘えよう」
二人でキッチンに並んで、お皿を洗います。
なんだか……こうして二人で並んでいると、その……夫婦のような……。
い、いえ! わたくしはそんな経験はないので、分かりませんが!
えぇ。で、でもどうしてこんなことを考えてしまうのでしょう。
そして、またチラッとその横顔を見てみると……どうしてでしょうか。いつもよりもその……カッコよく見えてしまうのは。
「どうかしたか?」
「な、なんでもありませんわっ!」
わたくしがこの感情の正体に気がつくのは、もう少し先のことでした。
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