第189話 探る乙女たち
「バイバーイ! 大会! 私も見にいくからねぇー!」
ブンブンと両手を大きく振りながら、ステラは大きな声で別れを告げる。
俺とアリアーヌもまた、後ろを振り向くとそれに答えるようにして手を振るう。
「ステラー! またなー!」
「バイバイですのー!」
早朝。
今から移動すれば、ギリギリ今日の授業には間に合うだろう。
雨もすっかり止み、薄暗い明るさが徐々に世界に広がっていく。
そんな中、俺たちは歩みを進めるが……このままでは間に合うかどうかも、ギリギリになってくるだろう。
というのも、実はアリアーヌが寝坊してしまったのだ。
俺も早く起こせばよかったのだが、起きているものだと思って自分だけ準備していると……彼女は幸せそうにまだ眠っていたのだ。
また、ステラもすっかり懐いたようでまるで本当の姉妹のように、抱き合って寝ていたのだ。
そしてなんとか慌てて起きたアリアーヌが準備をして、今に至る……ということになっている。
「も、申し訳ありませんの……そのぐっすりと眠ってしまって……」
「いや。仕方ないだろう。それほどまでに、この三日間は過酷な訓練だったからな」
「でも、レイまで授業に遅れるとなると……っ!」
「任せておけ。こんなこともあろうかと、俺は準備をしていた」
その場に立ち止まると、柔軟を始める。
そして、
「え……? 何をするつもりですの?」
「俺が全力で走って戻る」
「走って間に合わせる気ですのっ!!?」
驚くのも無理はないだろう。
実家から学院までの距離を考えれば、全力で走って戻っても間に合うわけがない。普通はそう考える。
だが、俺は学院までの裏道を知っているし、それに……俺が全力で走るとなればどうなるのか。アリアーヌはまだ知らない。
「もちろんだ。任せておけ」
「って……うわっ!」
時間も惜しいので、有無を言わさず彼女を横抱きにする。
アリアーヌの体重はそれほど重くはないので、余裕で抱き抱えることができる。
「しっかりと俺に手を回しておけ。かなりスピードが出る」
「で……でもその……これって、お姫様抱っこというやつでは?」
「嫌だったか?」
「……べ、別にいいですけど。その、恥ずかしいですが……間に合わせるためなら、仕方ありませんわっ! えぇ。仕方ないですわねっ!」
と、顔を微かに朱色に染めて目線をそらしながら、俺にギュッと抱きついてくる。
「では、いくぞ」
「って……う、うわああああああ!! 早過ぎですわああああああああああああああああああっ!!」
そうして俺は、久しぶりに全力で大地を駆け抜けていくのだった。
「よし。着いたぞ」
「も、もう着いたんですの……?」
「あぁ」
ディオム魔術学院の校門に到着。まだ、早朝ということで、生徒はいなかった。
途中からアリアーヌはずっと目を瞑って耐えているようだったので、周囲を見る余裕がなかったのだろう。
俺としても、朝からいい運動ができて清々しい気分だ。
「下ろすぞ」
「えぇ」
その場にゆっくりと下ろすと、彼女に荷物を渡す。かなりスピードを出してしまったが、荷物は無事だ。俺としては、割と加減をして走ったからな。
と言っても、王国内を爆走したのがバレてしまえば色々と問題が、今回はバレていないので良しとしておこう。
「では、今日の訓練は休みだ。明日から再開する」
「分かりましたわ」
「それでは失礼する」
そう言って、踵を返そうとすると……アリアーヌがギュッと俺の右手を握ってくる。
「そ……その! ありがとうございましたっ! レイのおかげで、わたくしは進めている気がしますのっ!」
「そうか。それはよかった」
自然と笑みが溢れる。
すると、アリアーヌもまたにこやかに微笑むのだった。
今まではこうして笑い合うことなどできなかった。しかし、いつしか自然と笑うことができるようになった。これもまた、みんなと出会うことができたからだろう。
そして、アリアーヌもまた成長していることが俺は嬉しかった。
「ふぅ……」
まだ時間には余裕があったので、寮の自室へとゆっくりと戻っていく。
と、その際に校門に立っている一人の女子生徒を発見。
それは見間違いようがない。レベッカ先輩だった。
「レベッカ先輩? どうしてここに……?」
「あ! レイさん! お帰りなさいっ!」
その顔を綻ばせながら、レベッカ先輩がタタタと近寄ってくる。いつにも増して、機嫌が良さそうだった。
「昨日帰ると聞いていたのですが、帰ってこないので。早朝に戻ってくると思って、待ってました」
「それは申し訳ありませんが……その、自分に何か用事でも?」
レベッカ先輩から、何か用事があるという話は聞いていない。だが、俺が聞き漏らしていた可能性もある。
最近は大会への準備で忙しかったからな。
「いえ。でも、用がないと会いにきてはいけませんか?」
じっと上目遣いで見つめてくる。それはどこか、妖艶に思えた。いつもより大人っぽいというか、最近の先輩は妙に美しくなっている気がしている。
「そんなことはありません」
「それはよかったです! ささ。一緒に朝ご飯を食べましょう!」
「おぉ! それは良いですね!」
俺たちはいつものベンチへと移動する。
そうして一息ついて、先輩が持参してくれたサンドイッチを頬張る。
「む……っ! いつにも増して、美味しいですね」
「ふふ。レイさんのことを想って、作りましたから」
「それは恐縮です」
「それで、この三日間はどうでしたか? アリアーヌさんと特訓をしていたとか、お聞きしましたが」
素直にそのことを話そうとする。
しかし、どうしてだろう。
先輩はいつものように、にこやかに笑っている。笑っているのだが、その瞳の先には何か別の意志があるように感じてしまうのだ。まぁ……気のせいだろう。
ということで、アリアーヌと過ごした三日間について詳細に話すことにした。
もちろん、アリアーヌに言うなと言われた事は避けておいた。
「まぁ! それはそれは。大変だったみたいですね」
「いえ。彼女もよく頑張ってくれたようで」
「それにしても、レイさんの実家ですか」
「アリアーヌも家族と打ち解けたようで。特に妹のステラとは、とても仲がよくなったみたいです。本当の姉妹のようでした」
話をするに連れて、レベッカ先輩の笑顔の輝きが増していく。
とてもニコニコと笑っていて、やはり先輩とこうして話す時間はとても楽しいと思う。
「そうですか。とても良い時間を過ごしたようですね」
「はい」
「それで、次は私もレイさんの実家に伺っても?」
「うちにですか?」
「えぇ。だめですか?」
再び、上目遣いで、じっと見つめられる。それは懇願しているような瞳だった。
なるほど。先輩も今の話を聞いて、純粋に遊びに来たいと思ったのだろう。
もちろん、特に断る理由もなかった。
「構いませんよ。そうですね。冬休みにお時間がある時にでも」
「えぇ。そうしますね」
そうして先輩はスッと立ち上がる。
「それではレイさん。大会。頑張ってくださいね」
「はい。きっと優勝します」
「期待してますね」
去り際に、「あっちも警戒すべきだったみたい……」と聞こえてきたが、何を警戒するのだろうか。
先輩は大会に出る事はないと言うのに。
いまいちその言葉の意味は理解できなかったが、とりあえずは今日もいつものように一日を過ごすのだった。
「レイ! 久しぶり!」
教室に向かうと、アメリアが元気そうに挨拶をしてくれる。
「アメリア。そうだな。なんだか久しぶりだな」
「で、どうだったの!?」
思い切り詰め寄ってくるので、何事かと思ってしまう。
「どう、とは?」
「アリアーヌとの特訓よ!」
なるほど。やはりアメリアもチームのことをよく考えてくれているようだ。すぐにアリアーヌの成長を確認しにくるとは……彼女もかなり意識が高まっているみたいだ。
そうして、レベッカ先輩にしたようにアメリアに俺たちの特訓を話すことにした。すると、見る見るうちに顔が難しいものに変化していく。
「──ということだ。アリアーヌはしっかりと成長している」
「うん……なるほどね。まさか実家に一番乗りが、アリアーヌだなんて……」
「ステラとも仲良くなったみたいでな。まるで本当の姉妹のようだった」
「しかも、家族とも仲良くなる……やっぱり、油断できないわね」
「そうだな。大会に際して、油断はできない。いくら成長したとはいえ、まだまだ課題は多い」
「そうね。課題はまだまだ多いわ」
真剣な顔つきになっているアメリアは、どうやらチームのことを本気で考えてくれているようだった。
もうじき、
全ては優勝するために。
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