第186話 立ち向かう漢たち
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「おらああああああああああっ!!」
森の中を駆け抜けるアルバートとエヴィ。その視線の先には、ルーカスが姿勢を低くして疾走していた。
木々を躱し、足元を取られないように注意しながら、最高速度で駆け抜けていく。周囲の木々を意識することなく、無意識化で把握しながら二人はルーカスの背中を追いかける。
三連休最終日。
三人もまた、このドグマの森で最後の訓練に励んでいた。
またレイたちとは偶然なことに、出会うことはなかった。それは、レイたちがいるのは主に森の西側で、ルーカスたちは東側で訓練をしていたからだ。ドグマの森はあまりにも広大なためそうなっている。
そして、現在はルーカスに対してアルバートとエヴィが一撃を入れる……という訓練をしている。
アルバートが後衛から魔術による支援。エヴィはその巨躯と持ち前の身体強化の魔術を活かして肉薄しているが、ルーカスは伊達に七大魔術師ではない。
さらにレイとは異なり、その能力に制限はない。遺憾無く発揮できるその実力は、到底二人では追いつけるものではない。だが、そんなことは承知の上だった。それを踏まえた上で戦っている。
またハンデとして、ルーカスは魔術を使用しない。
全て基本的な身体能力で相対しているにもかかわらず、アルバートとエヴィの二人がかりでもギリギリ届くかどうか。いや、二人は気がついていた。わずかにだが、ルーカスの方が上であると。
「アルバート。どうする?」
「……俺が仕掛ける。その瞬間、エヴィが突っ込め」
「了解だぜっ!」
アルバートは一気にコードを走らせる。そして緻密なコードを構築した上で発動させるのは、
中級魔術ではあるが、一瞬で発動まで持っていくと、ルーカスを起点にして発動。
「……ぐっ!」
声を漏らすのはルーカスだった。
彼を中心にして起こるのは荒れ狂う暴風。流石に魔術が使えないということで、足元がぐらついてしまう。しかし、ここで完全に風に流されないのは流石の技量と言ったところか。
そして、ちょうどその風がやむと同時に……エヴィは全力疾走してルーカスに迫っていた。そのまま勢いに任せて、その拳を振るう。
「おっらああああああっ!」
だが、片手で器用にそれは払われてしまう。一方のエヴィは、この程度で諦めはしない。彼にこうして簡単にあしらわれるのは、百も承知。そして、エヴィはさらに右脚から蹴りを繰り出す。
ルーカスはそれを軽く飛ぶことで避けるが、後ろにはアルバートが迫っていた。
発動するのは、
そして、一気に発射した。
「……そうきたか」
ボソリと呟くルーカスは、すぐに行動に移る。
腰に差している刀をスッと抜くと、あろうことかルーカスはそのまま魔術を切り裂いたのだ。しかしそれは、魔術を行使して切り裂いたのではない。
物理的に、刀のみでその氷を打ち砕いたのだ。
これには一瞬だが、二人の動きが止まってしまう。
そう思いきや……エヴィの方はすぐに攻撃に移っていた。
「まだまだあああああああああああっ!!」
そうしてこの日もまた、残念ながら二人は敗北を喫するのだった。
「じゃあ、僕は食料でも探してくるよ。二人はゆっくりと休んでいるといい」
ルーカスはそう言うと、後ろで一つにまとめた黒髪を揺らしながら森の中へと消えていく。
一方のアルバートとエヴィは、ボロボロになった体を治療していた。今日もまた、いいところまで言ったが敗北。
あともう少しで手が届きそうなのだが、まだ届きえない。
「なぁ。今回はどこかダメだったと思う?」
「そうだな。まずは俺が一瞬でもあの時に、呆けたのが良くなかった。すぐにエヴィのカバーをするべきだったな」
「あー。あれか。刀で氷を切り裂いたやつな。あれは俺もビビったぜ……」
「でもエヴィはすぐに動くことができただろう?」
「ま、咄嗟にな」
肩を竦めて、そう答える。
エヴィとしてはあれは意識しての行動ではなかった。ただ体が勝手に動いた。そう言うしかない行動だった。
「俺はダメだな。努力を続けているが、まだまだ先は長い」
「それって、いいことだと思うぜ?」
「どう言うことだ?」
素直に尋ね返す。すると、白い歯をニカっと輝かせる。
「まだまだ先は長い。でも、成長する余地がそれだけあるってことだろ?」
「……前向きだな」
「へへ。これしか取り柄がないからな」
照れているのか、エヴィは軽く微笑む。
思えばアルバートはそれほどエヴィについてまだ知らない。互いにこうして語り合ったことはないからだ。いや、エヴィだけではない。
アルバートは今まで自分だけでなく、誰かと向き合うことなどなかった。
だから彼は、思い切って疑問をぶつけることにしてみた。
「エヴィ。どうして、今回の大会に出る気になったんだ?」
「ん? まぁ……そうだな。俺はハンター志望だから、別にこう言った大会は興味なかったな。
「あぁ。間違いない」
レイ=ホワイトという存在が規格外なのは、二人ともに知っている。けれど、エヴィはさらにレイについて語り始める。
「あいつと同じ部屋になって、ずっと過ごしてきたが……本当にストイックなやつでな。ちょっと世間知らずなところはあるが、情に厚いし義理堅い。それに、努力を絶対に欠かさない。そんな姿を毎日見てきたんだ。俺だって、触発されるってもんだ」
「そうか。確かにレイと同じ部屋だと、色々と刺激は受けそうだな」
「それに……」
「? まだ何かあるのか?」
エヴィは、ふとどこか遠くを見るような目つきになる。
「あいつは親父に似てる」
「確か……軍人だったか?」
「あぁ。レイは言わねぇが、親父と知り合いだと思ってる」
「エヴィの父上と、レイが?」
「あぁ。でも俺は、親父のことがあんまり好きじゃない。それももしかして、知っているのかもな」
「……そうか」
初めて聞く話だった。それをアルバートは冷静に受け止める。
人には人の人生がある。今までは、自分しか見えていなかった。
だが、こうして友人と語り合うだけで世界はこんなにも広いのだと改めて自覚する。
「親父は軍人ってことで、あんまり家にいなかった。母さんと俺の二人でずっと暮らしていたようなもんだった。母さんはいつも寂しそうだった。そして、親父は極東戦役に参加した。元々、距離があったのがさらに開いた感じがした。そこから、俺はろくに親父に会ってない。けど、今ならちょっとは話せる気がするんだ」
かなりプライベートな話を聞くことになったが、アルバートは嬉しかった。誰かとこのように共有できることが、今まではなかったことだからだ。
「そうだな。家族は大切にするべきだな」
「おう! で、アルバートはどうなんだ?」
「俺か?」
自分のことは聞かれるとは思っていなかったので、少しだけ間が空いてしまう。
「俺は家を継ぐだろう」
「アリウム家は上流貴族だったよな?」
「あぁ。長男である俺は、当主になるだろう」
アリウム家の長男であるアルバートは、幼い頃から当主としての自覚を持つように育てられた。その弊害もあって、不遜で傲慢な貴族に育ってしまったが……レイと出会うことで変わりつつあった。
それは、魔術師としてではなく、人間としても。
「そっか。そりゃあ大変だな」
「そうかもしれない。けれど、今までのように後悔したくはない。レイと出会って、俺は変われそうな気がするからな」
「へへ。あいつは本当に不思議なやつだよな。気がつけば、みんなレイの側にいる。そして、変わっていく。全く、すげー男だぜ」
その場に大の字に寝そべると、木々の溢れ日を存分に浴びる。
小鳥のさえずりが耳に入り、もう冬だというのに今日は少しだけ暖かい気候だった。
「勝とう。レイに」
しばらくの沈黙の後に、アルバートは真剣な声音でそう告げた。
「おう! 戦う前から負ける気はさらさらないぜ! 俺たちの力見せてやろうぜ!」
「あぁ」
コツンと拳を合わせる。
それぞれの想いがかかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます