第185話 燃え上がる乙女ですわっ!


 三連休の最終日がやってきた。


 夕方には学院に戻るために移動しなければならないので、今日のメニューは正午過ぎには終了する予定だ。


「ですわああああああああっ!!」


 疾走する。


 森の中を縦横無尽に駆け回るアリアーヌを俺は追いかける。今回は以前とは異なり、全員が魔術を使用している。


 だが、追いかけているのは俺一人であり、アリアーヌはステラと仮想チームという想定で森で戦っている。


 今回の訓練のルールは、ステラとアリアーヌの二人で俺の胸にある薔薇を散らすことだ。限りなく本番に近いルールで行う戦闘。また、ステラはあくまで補助に過ぎない。


 アリアーヌが主軸となって俺に立ち向かう必要があるのだ。


 いうならば、俺は仮想ルーカス=フォルストと言ったところだろうか。


「なるほど……そうきたか」


 現在は、アリアーヌが突っ込んできたのでその相手をしているが、木の上からステラが虎視淡々と機会を狙っているのも把握している。


「まだまだですわああああああっ!」


 この短期間で、その近接格闘の練度はかなり上がっていている。それに、森の中での戦いもかなり熟知してきている。足を取られないように、第一質料プリママテリアの配分を体全体にバランスよく施している。


 本当にアリアーヌの飲み込みの速さには感嘆を覚える。


 捌く。捌く。捌く。


 そして、ついにアリアーヌは俺の腰に向かってタックルをしてきた。


 その瞬間。


 ステラがここぞとばかりに、俺にしがみ付いてこようとする。


 おそらく流れとしては、ステラが俺を拘束してアリアーヌがとどめを刺すと言う算段なのだろうが……。


「うわっ!!」


 上から突撃してきたステラの腕をがっしりと掴むと、思い切り放り投げる。もちろん、空中でも受け身のとれる彼女はくるっとその場で反転すると綺麗に受け身をとる。


 と、次は意識の外からアリアーヌが尋常ではない速さで迫ってきていた。


 後方。完全に死角ではあるが、俺はその場に追い切りしゃがみ込む。


「なぁ……っ!!?」


 空振り。


 タイミングを完全に逸した彼女は、胴がガラ空きになっていた。もちろんここで躊躇するような俺ではない。


「アリアーヌ。腹に力を入れろよ?」


 せめてもの手向けとして、そうアドバイスを送る。


 そして、俺は内部インサイドコードを存分に走らせた拳を躊躇いもなくアリアーヌの腹部へと叩き込んだ。


「ぐ、うううううううううっ!!」


 落ち葉を撒き散らしながら、地面を無造作に転がっていくがしっかりと受け身は取れているようだった。


 そうしていると、二人の気配が消える。


 おそらくは体制を立て直す気なのだろう。


「さて、どうくるか」


 足をトントンと地面につけて、思い切り体を伸ばす。


 二人が次はどんな攻撃で来るのか。俺はそれを、心待ちにするのだった。



 ◇



「う……ぐぅ……」

「アリアーヌちゃん。大丈夫?」

「な、なんとか……」


 あ、危なかったですわ。


 あの攻撃。レイの言葉がなければ、きっと気を失っていましたの。自分の腹部に第一質料プリママテリアを収束させて、なんとか防御できましたが……レイのあの拳はとんでもない威力。


 もう少しで、意識が飛ぶところでしたが……なんとかステラと二人で体制を立て直します。


「で、次はどうするの?」


 真剣な表情で、ステラが次の指示を尋ねてきますが……次にすることは決まっています。


鬼化オーガを出しますの」

「いいの……? 使用は一回きりだよね?」

「えぇ。でも、ここでタイミングを逸すると次の機会はありませんわ」

「わかった。じゃあ私が撹乱するから、なんとかお兄ちゃんを倒してね」

「任せてくださいまし」


 自分の胸に手を当てる。


 レイ=ホワイト。

 

 こうして何度も立ち向かっているからこそ、分かります。使用している魔術は、内部インサイドコードのみ。だというのに、その圧倒的な強さ。


 わたくしレベルの魔術師では、到底届かない存在だと分かってしまいますが……決して諦めたりはしませんわ。

 

 乙女たるわたくしが、ここで折れるわけにはいきません。


 それにレイはずっと教えてくださいました。まだまだ未熟である自分に多くのものを与えてくれてる……だから、それに報いるためにもここは絶対にレイに勝ちたいと。


 そう思うのはきっと、彼に出会えたから。


 わたくしもきっとアメリアのように変わることができると信じて、この先も戦いますの。


「アリアーヌちゃん。がんばろうね」

「えぇ。よろしくお願いしますわ」


 ステラがギュッとわたくしの手を握ってくれます。この三日という短い期間でしたが、彼女にはとてもお世話になりましたの。いつもニコニコと笑っているけれど、こうして戦っているときの姿はレイにそっくり。


 血の繋がった兄妹ではありませんが、二人は本当によく似ていて、兄妹とは決して血のつながりだけではないと知りました。


 そんなステラにも、わたくしは報いる必要がありますの。


 今まではずっと一人で、努力に努力を重ねて進んできました。いつかアメリアと和解できると信じて、前に前にただ愚直に。


 でも、人生はもっと長いものだと知りました。


 きっと彼との出会いはわたくしの今後の人生の指針を決めるような、そんな大きなものになると予感していますの。


 こんなことを言えば、アメリアとレベッカ先輩に怒られてしまうかもしれませんが……今となっては、レイに惹かれるのもよく分かってしまいます。


 心の中に何か芽生えているような……そんな感覚が胸の奥に残っています。


「では、次会うときはレイに勝利する時ですわ」

「うん! お兄ちゃんに勝とうねっ!」


 そんな約束を交わす。


 最後に入念にステラと作戦を練ると、わたくしたちは森の中をさらに駆け巡っていくのでした。



「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 呼吸が荒い。体が痛い。間違いなく、全身が悲鳴を上げていますの。


 でも、止まることはない。止めることなどできるわけがない。


 自分という存在を証明する。わたくしもアメリアのように、前に進めるのだと。そう信じてレイについてきた集大成が、きっと今だと思うのです。


 我慢するのは慣れている。けれど、この森での戦闘という未知はわたくしに容赦なく襲いかかりました。


 心が折れそうな時もありました。でも、なんとかギリギリのところで耐えて、耐えて進んできました。


 周囲の評価は自由奔放。誰よりも気高い存在だと評価されているのも、知っています。


 でもわたくしは、そんな大した存在ではありませんの。


 正直言って、魔術師の才能はアメリアやレベッカ先輩よりも劣っているのは知っていました。わたくしには魔術師らしい才能よりも、内部インサイドコードという魔術に適性が高かった。


 しかし、貴族社会では身体能力が高く、実戦能力が高いということはあまり評価されません。評価されるのは、華々しい魔術。それこそ、アメリアの因果律蝶々バタフライエフェクトやレベッカ先輩の魔眼などはその最もたるものでしょう。


 知っていますの。


 アリアーヌ=オルグレンは戦うしかできない、愚か者であると評価されているのも。オルグレン家のその適性は、貴族らしくはないと。そう噂されているのは、幼い頃から知っていました。


 でも、魔術師らしいって、なんですの?


 自分らしいって、なんですの?


 そんなものはきっと、ないんですわ。それは、自分自身で定義しないといけない。


 だからわたくしは、自分の中にある【理想の乙女】を求め続けているんですわ。


 乙女たるもの、ここで負けるわけにはいきませんのっ!!


 

「いましたわ……」


 レイの姿を確認。


 しかし、木の上からわたくしが覗いている事はお見通しなようで、彼はすぐにわたくしに視線を向ける。


 それと同時に、鬼化オーガを発動。


 今回は一度だけ使用を許されているので、ここで彼に肉薄しなければ全てが終わってしまう。


 いえ、そんな気概ではダメですわ。


 彼に勝つ。


 そう心に刻みつけます。


 今こそ、乙女としての自分が燃え上がる時なのですからっ!!


 そう覚悟を抱いて、わたくしは木から飛び降りるとそのまま思い切り駆け抜けていきます。


「はあああああああああああっ!!」


 軽い。

 

 身体はここ数日の訓練で悲鳴を上げている。それは自分のことだから良くわかります。


 けれど、どうしてでしょうか。こんなにも、自分の血が湧き立つような感覚になるのは。


 見据える。


 その黒い双眸が、わたくしの姿をしっかりと捉える。


 レイにとって、わたくしの切り札である鬼化オーガは対処できる範囲の魔術。それは以前の経験から知っていますが、それでも諦めたりはしませんわ。


 彼は言ってくれた。わたくしには、まだまだ伸び代があると。ならば、今までの特訓で絶対に自分は成長していると信じてそのまま突撃。


「ぐ……っ!!」


 振り抜いた拳をガードされますが、それは承知の上。ここからは、手数が勝敗を決める。わたくしは、ありったけの力を込めてレイと戦い続けます。


 森の中を縦横無尽に駆け巡りながら、互いの位置を入れ替えるようにして、めくるめく攻防を続ける。


 しているのは、わたくしなのは分かっています。しかし、決め手にかける。レイもそれは理解しているようで、攻撃よりも防御に専念しています……いや、というよりもカウンターを狙っているような。


 脳内に過る。


 思えば、今まではただ愚直に攻めるだけだった。でも彼の教えによってわたくしは多彩な攻撃パターンを覚えて、駆け引きというものを覚えました。それに、森には数多くの木々がある。


 魔術による射線を切りながら、適宜攻撃を繰り出していく。


 その基本に忠実に従って、攻める。攻める。攻めるっ!!


 鬼化オーガを使用しているため、四肢は赤く黒いコードが可視化できるほどに走り、徐々に痛みが増していきます。


 その痛みを受け入れながら、わたくしは攻撃を続ける。ここで攻撃をやめて仕舞えば、全てが終わってしまう。


 だからわたくしはずっと待っていた。

 

 ステラが待機しているその位置に、レイが後ずさっていくことを。


「ステラ! 今ですわっ!!」

「了解だよっ!!」


 と、彼女が出てくるのはいつものように木の上からではなかった。そう。ステラは、地面に潜って待機していたのです。


 曰く、「一時的にならお兄ちゃんに感知できないくらいには、気配を消せるよ」とステラがいうので木の上ではなく、奇襲も込めて地面に潜るようにわたくしが提案したのです。


「ぐ……そっちかっ!?」


 レイも流石に慌てているようで、ステラの体がレイに巻きつくようにして拘束に入ります。その瞬間をわたくしも逃すわけはなく、全力でレイの胸にある薔薇に手を伸ばしますが……。


「うわっ……!!」

「ふんっ!!」


 あろうことか、レイはそのまま体を自ら地面に叩きつけたのです。その瞬間に、ステラも思い切り潰されてしまい、拘束が解けてしまいます。


「あ……」


 唖然とした声が漏れる。


 全てがスローモーションのように……見える。


 完全に機会を逸してしまった。ステラが作ってくれたチャンスを、逃してしまった。


 ここから先、勝てるイメージなど湧くはずもなかった。



 ──あぁ。結局わたくしは、あの時のように負けるしかないのでしょうか?

 ──ここまで頑張ってもレイに届く事はない?



 いえ。違いますわ。


 そんな弱気になるわたくしは確かに存在している。

 

 でも、彼は言った。


 人は誰もが弱い生き物であると。


 ならばわたくしは、そんな自分を受け入れるしかない。


 魔術師らしい魔術師になれなくてもいい。


 ただ、これが自分らしいと思える自分になるのだと。


 そう焦がれてたどり着いた瞬間がきっと、今なのです。


 ならばここでわたくしが諦めていい道理などありませんわ。


 きっとこれはちっぽけな自分との、矮小な自分との、戦い。世界から見れば、アリアーヌ=オルグレンの存在など塵にも等しいに違いない。


 しかし! 


 乙女たるわたくしは、自分の理想の乙女にたどり着くんですわっ!!


 今のわたくしは、燃え上がる乙女なのですわっ!



 ドクン。ドクン。ドクン。


 心臓が高鳴る。


 愚直にただ進んできた人生。けれど、省みる事はなかった。それは過去と向き合うのが怖かったから。自分の立ち位置を知ることが怖かったから。


 わたくしは同じだった。アメリアと同じかそれ以上に、貴族としての自分の在り方を恐れていた。


 だから、前向きで明るい振りをして、そんな過去と決別をした。


 けどアメリアが向き合ったきたように、わたくしも自分に向き合うべき時なのだと。


 彼女がそう、教えてくれましたの。


 そうして──レイに立ち向かっていきました。


 乙女として、全身全霊をかけて──。



 ◇



 後のことはよく覚えていません。ただ、わたくしの体から溢れんばかりの雷撃が走り、気がつけば手の中に焼け焦げた薔薇がありました。


「え……? わたくしは……?」


 意識が現実に帰ってくる。

 

 すると目の前に広がっているのは、見渡す限りの氷の世界。地面だけでなく、木々も完全に氷ついています。


 まるで凍てつく氷の世界に迷い込んでしまったような。


 そして地面には大量の冰剣が突き刺さっていました。


「はぁ……はぁ……はぁ……戻ったか。アリアーヌ」

「……レイ。わたくしは?」

「無我夢中だったようだな。最後は冰剣を出してしまったが、遅かったようだ。君の勝利だ」

「……そう。そうですの」


 あまり実感がないですの。


 夢の世界から自分を眺めていたような……そんな気がする。そしてわたくしは、新しい力と共にレイの課す試験をクリアしたようです。


「あら? あらあらあら?」


 ポロポロと涙が零れ落ちる。


 決して悲しくはないのに。まるで、感情と体が解離しているみたいに、わたくしの両目からはたくさんの涙が零れ落ちてきます。


「おめでとう。アリアーヌなら、きっとできると思っていた」

「……わたくしは、成長できましたか?」

「あぁ」

「わたくしは、自分と向き合えましたか?」

「その結果が今だろう」

「……そう。そうですの……」


 そしてゆっくりとレイが近寄ってくると、優しくわたくしの頭を撫でてくれます。


「今までよく頑張ったな。本当にアリアーヌはすごい女の子だ」

「う……ぐすっ……」

「だから今日は泣いてもいい。俺もそれを受け止めよう」


 そんな優しい声をかけられたら、決壊してしまいますわ。


 でもきっと、ここでわたくしは泣きじゃくりながらレイに抱きついてしまうのは違うと思うのです。


 理想の乙女たるわたくしは、もっと気丈に振る舞えるはずですわ。


「レイ! ありがとうございました!!」


 涙を流しながら、頭を思い切り下げます。


 そして、顔を上げるととびきりの笑顔で彼に笑いかけるのです。


 涙が溢れて、みっともないとしても、これが今のわたくしなのですわ。


「こちらこそ。本当に素晴らしい成果だ」

「乙女たるもの、これくらい当然ですわっ!」


 胸に手を当てて、思い切り自慢げに胸を張ります。


 そう。これは、当然のことなのです。


 だからわたくしはきっと、これから先も進んでいくのでしょう。


 理想の乙女を求め続けて──。

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