第180話 頑張りますわっ!
「えへへ……お兄ちゃん……」
「う……ん……」
既視感がある朝。
あら、わたくしは確か……?
そうして意識をしっかりと覚醒させていくと……徐々に自分の様子がわかってきましたの。
「あぁ……そういえば」
レイの家に泊まりにきているんでしたのね。
思えば、本当にこんなことになると予想していなかったので、とても焦ったものです。
彼はなんというか、本当に破天荒でまぁ……そこが魅力的な部分でもありますけど。
でもステラと一緒にまだお風呂に入っているのは、許せませんの! だからしっかりと叱りつけると、レイはしゅんと落ち込んでいました。
頭を下げて、目を伏せて申し訳なさそうにしていました。
意外と可愛い部分もあると……って、わたくしは何を考えてますのっ!?
こほん。まぁ、いいですの。とりあえず、起きることにしましょう。
「ステラ。起きてくださいまし」
「う……ん……」
わたくしの胸に
アメリアは朝が弱いので起こすのに苦労しましたが、ステラはどうやらそうでも無いようです。
「あ。アリアーヌちゃん、おはようっ!」
「おはようございます。ステラ」
昨日はレイと一緒にお風呂に入る、一緒に寝るという年頃の淑女がしてはならないことをしているようでしたので、お説教をしました。
分別はしっかりとつけるべきですから。
二人ともに、そして両親も納得してくれたようで必要以上の接触は控えるように言いましたが……まぁ、ステラはレイのことが大好きなのでそれも効果があるかどうか。
でも、レイには特にキツく言い聞かせましたから。
彼は誰かがはっきりと言わないと、ダメなようなので。
アメリアとレベッカ先輩は、恋は盲目……という状態に入っているのであてにはなりません。
わたくしがしっかりとしませんとっ!
「私、お兄ちゃん起こしてくるねっ!」
「レイは多分起きていると思いますけど?」
「それでもいくのっ!」
タタタと走っていくのでわたくしはそれを見送りました。
まぁ……別にいいでしょう。ステラも久しぶりにレイが帰ってきたということで、とても嬉しいと寝る前に言っていましたから。
そうしてわたくしは、いつものルーティーンに入ろうとしますが……そっか。
ここはいつもの場所ではありません。
どうしたものか。そう考えていると、ステラがすぐに戻ってきました。
「アリアーヌちゃん! お兄ちゃんが今日は朝から訓練するって! 準備してきてだって!」
「なるほど。分かりましたわ」
いつもは朝起きてからすぐに筋トレなどをしますが、今日は訓練にすぐに入るということで訓練用の軽装にすぐに着替えます。
パジャマを脱ぎ捨て、その場で下着姿になって……姿見で自分の姿を見つめる。
うん。今日も悪く無いですわ。
「よしっ! じゃあレッツゴーだよ!」
「えぇ。って、ステラも来ますの?」
流石にステラは一緒には来ないだろうと思っていますが……まさか?
「もちろん私も一緒だよっ!」
「しかし、ドグマの森は最高難度に指定されています。危険ですわよ」
「大丈夫! いつもお兄ちゃんと一緒に行ってるから!」
「え……?」
その言葉に驚いてしまうのは、当然でしょう。
ステラはわたくし達よりも、一歳年下。だというのに、最高難度の森にいつも行っている……?
これはきっとレイのせいだと思って、わたくしは走って玄関に向かいます。
するといつものように精悍な顔つきで、彼が立っていました。後ろにはバックパックを背負って。
「来たか。では、向かおう」
と、背を向けて歩みを進めてようとするので、わたくしは彼の肩をガシッと掴んでその歩みを止めます。
「む……どうかしたのか?」
「ステラが一緒に来るなんて、大丈夫ですのっ!?」
「あぁ。すまない。説明をしていなかったな」
踵を返す。
そして、隣にいるステラの頭をポンポンと叩くと、レイはとんでもないことを言いました。
「ステラはドグマの森には何十回と行っている。それに実力的には
「……」
「どうかしたか?」
そう尋ねてきますが、まぁ……なんというか。本当に、似たもの兄妹ですのね……。
「あなた達兄妹はなんというか、規格外ですのね……」
「恐縮だ」
「恐縮だよー!」
血は繋がっていないことは知っていますけど……。
しかし、まぁ……よくもここまで似たものだと思ってしまいますの。
いや、レイに影響されてステラがおかしくなってしまったのかも……?
とまぁ……色々と考えますが、このホワイト家の異質さに真正面から付き合っていては体力が持ちませんわ。
ということで受付を済ませて──ホワイト兄妹はほぼ顔パスみたいなものでしたわ──わたくしたちは森の中へと入っていきます。
もうすでに冬も近くなっていて、木々は痩せ細っているため、いつもよりも視界が開けているとレイは言っていましたが……どこか不気味な印象を抱きます。
それはカフカの森とは違う、異質さ。
しかし二人は、その中を意気揚々と進んでいくのですが……まぁきっと慣れているのでしょう。
そして、三人で歩みを進めているとさっそく魔物と遭遇。
「よし。ステラ。いけるな?」
「うん! 任せてよ!」
レイはあろうことか、ステラ一人に任せるようです。
しかし目の前にいるのは、
それにしてもあのサイズの魔物、しかもその鋭利な尻尾は天にそそり立つようにして上がっていて……初めて見たわたくしはそんな魔物に怖気付いてしまいますが。
「うりゃあ!」
ステラがそのまま森の中を颯爽とかけていくと、
その大きなハサミと尻尾を高らかに上げて、威嚇をしてるみたいですの。
もちろん、ステラはそれを恐れることなくそのまま突っ込んでいくと……。
「よしっ! 終わったよ!」
「……え?」
流石の手際にわたくしも唖然としてしまいます。今のは魔術の兆候が見えなかったような?
それこそ、物理的に殴っただけのような?
「ふむ。やはりステラの技術は一流だな。俺と師匠が教えただけはある」
「えっとレイ。今のは?」
「今のはただ殴っただけだ」
「魔術は?」
「使っていない」
ま、魔術を使わずに魔物を倒す……? そんなバカなことがありますの……?
「使わずにパンチひとつで倒したと?」
「あぁ。ステラは生物の急所を見抜くのが得意でな。それに魔術強化なしの体術だけで言えば、俺を凌ぐのはそう遠くはないだろう。ステラは格闘のスペシャリストだからな」
「……」
人は見かけにはよらない、とはこういう時にいうものですのね。
ステラはいつもニコニコとしていて、とても愛嬌のある可愛らしい子ですわ。
それこそ、わたくしの妹のティアナもこのような成長をするのかと期待するほどに。
しかし今見たものは、そんなイメージとはかけ離れたもの。
レイの妹。血が繋がってはいないとは言え、色々と規格外だとは思っていましたけど……まさかこれほどとは。
「アリアーヌちゃん! 私、強いでしょ!」
えっへんとその小さな胸を張る姿を見て、思わず尋ねてしまいます。
「ステラはその……レイに鍛えてもらったんですの?」
「んーん。お兄ちゃんと、リディアさんだよー!」
「先代と当代の冰剣の魔術師ですか……なんというか、物凄い英才教育ですわね」
レイもまたステラが褒められて嬉しいのか、いつもよりも少しだけ饒舌に話をするようです。
「あぁ。ステラは俺と師匠で鍛え上げたからな。魔術戦闘。特に、ジャングルなどではステラはすでに魔術師の中でも屈指だろう」
「なるほど。思えば、もしかして実家に戻ってきたのは?」
「そうだ。ステラにもアリアーヌの訓練を手伝ってもらうおうと思ってな」
「そういうことだったんですの」
それを聞いて初めて得心がいきました。
わざわざ実家に連れてくるのだから、この森で戦うこと意外にも理由があると思っていましたが……まさか妹であるステラに協力を仰ぐとは。
「ではこれから訓練に入る!」
「レンジャー! ですわっ!」
「レンジャー! だよっ!」
わたくしがビシッと敬礼を決めると、隣でステラも大きな声で掛け声を上げます。
こうしてわたくしの訓練が本格的に始まることになりました。
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