第179話 共に実家へ


「う……おえっ……吐きそう」

「はぁ……はぁ……はぁ……今日も、疲れましたわぁ……」


 ついに11月に突入。今は秋と言うよりも、もはや冬にふさわしい気候だ。そんな中、俺たちは放課後にいつものようにトレーニングを続けていた。


 エインズワース式ブートキャンプ。


 それを二人には課していたが……そろそろ頃合いだろう。


「はぁ……はぁ……」

「……」


 汗の滴る髪を軽く掻き上げるアリアーヌに対して、アメリアはその場でうつ伏せになってびくともしない。


 側から見れば、打ち上げられた魚のようだった。流石に心配になるので、その体を優しく揺する。


「アメリア。大丈夫か?」

「う……うん……口の中すっぱいけど……大丈夫……」


 なんとかその場に座り込む。ギリギリまで追い込んだが、なんとか突破できたようだ。


 そして二人には、ここで伝えることにした。


「二人とも。大事な話がある」

「はぁ……はぁ……なんですの?」


 まだアリアーヌの方は返事をするだけの元気があった。アメリアは手を軽く上げて、聞く意志はあることを示してくれる。


「身体強化週間だが、今日で終わりにしようと思う」

「……本当にっ!!?」


 と、先ほどまで虫の息だったアメリアがガバッと体を起こす。


「本当だ。ここから先は、各自個人トレーニングに励んでもらう」

「……待って。と言うことは、私はリーゼさんに?」

「あぁ。アリアーヌは俺が付きっきりでコーチングする」

「……ふぅ〜ん」


 半眼で俺を見つめて後、アリアーヌの肩をぽんぽんと叩くアメリアは耳元で何かを囁いた。その途中、アリアーヌの体がビクッと反応したのは気のせいではないだろう。


 一体、なんの話をしているのか……まぁ俺が聞くのは野暮というものだろう。


「それでは、明日からは個別訓練に入るッ!!」

「「レンジャー!!」」


 その日はこれで解散となった。



 そして俺はアリアーヌには明日の準備をしてくるように伝えて……翌日。


「む。早いな」

「レンジャーっ! ですわっ!」


 彼女はバックパックを背負ってやってきたが、時刻は五時半。集合時間よりも三十分ほど早い。


「集合時間は六時だが」

「あはは……ちょっと早起きし過ぎましたわ」


 恥ずかしそうに頬を掻く。その仕草を見て、俺は微かに笑みを浮かべる。


「まぁ早いに越したことはない。では行こうか」


 バックパックを背負って移動する俺たちは、さっそく目的地へと向かう。


 アリアーヌが隣にタタタと小走りして並ぶ。彼女には、まだ目的地については伝えていない。


「それで、どこに行きますの?」

「明日からは連休だろう?」

「そうですわね。三連休ですけど」

「俺の実家に向かう」

「え……? レイの実家ですのっ!?」

「あぁ。俺の実家はドグマの森の近くにある。この連休中は、その森で訓練を……って、どうした?」


 その場で立ち尽くして、わなわなと震えているが何か問題でもあったのだろうか?


 俺は彼女のそばに近寄っていくと、心配になって声をかける。


「どうした? 体調不良か?」

「い、いえ……ちょっとびっくりしただけですわ」

「大丈夫だ。俺の家族は、全員が素晴らしい人だ」

「そ、そうですの?」

「あぁ。父と母。それに妹もいるが、本当に明るい家庭だ。心配はしなくとも大丈夫だ」

「まぁ……そういうことではないのですけど……」


 そうして俺たちは、王国の西の奥にある実家へと歩みを進めていく。夏には一人で帰った実家だが、こうして誰かと一緒に向かうことになるとは……そう考えると、とても不思議な感じがした。


 しばらくすると、左右に向日葵畑が広がる獣道に入った。すでに向日葵は季節ではないのであの夏のようにしなやかに咲き誇ってはいない。


 そして歩みを進める中、俺は気配を感じた。


 これは間違いなく……。


「どーんっ!!」


 腰に衝撃がやってくる。もちろんそれを、優しく受け止める。


 栗色の艶やかな髪を揺らしながら、突撃してきたのはステラだった。


「ステラ。久しぶりだな」

「お兄ちゃんだぁ! やったー! 本当に帰ってきた!」

「はは。まぁ、三連休の間だけな」

「それでも嬉しいよー!」


 グリグリと頭を押し付けてくるので、俺はその頭を優しく撫でる。


 そんな様子をアリアーヌは茫然と見つめていた。


「あ……えっと」

「あ! こんにちは! 初めまして!」

「これはご丁寧にどうもですわ」


 ステラは俺はパッと離れると、その場で深く一礼をする。


「私はステラ=ホワイトですっ! お兄ちゃんの妹です!」

「アリアーヌ=オルグレンですわ。レイの友人です」

「ステラって呼んでください!」

「わたくしもアリアーヌでいいですわ」


 握手を交わす二人。


 そしてステラはその両眼を輝かせながら、彼女の髪をキラキラとした瞳で見つめる。


「アリアーヌちゃんは、髪が綺麗だねっ!」

「この髪の素晴らしさがわかるんですの?」

「うん! くるくるで艶々で、とても綺麗だよっ!」

「ふふっ。ステラはなかなか、見る目がありますわね」

「ふふん! 伊達にお兄ちゃんの妹じゃないからねっ!」


 ステラは小さなその胸を、思い切り張る。自慢げに語っているが、そんな様子を見てやはり思うのは懐かしい……という感覚だった。この前帰ってきたばかりだが、やはり実家はいいものだ。


 それにアリアーヌはティアナ嬢という妹がいるからなのか、ステラとは相性が良さそうだった。


「よし! じゃあ早くお家にいこっ!」


 ステラが俺たち二人の手を引いて、目の前に見える家に向かうように促してくる。


「おーい! 早くー!」


 ステラはそのまま駆けていくと、実家の前でその手をぶんぶんと思い切り振っている。


「可愛い妹さんですわね」

「だろう?」

「えぇ。とても和みますわ」

「そうだな。俺もステラに救われたからな」

「それは……」

「まぁ。過去の話だ。行こうか」

「分かりましたわ」


 彼女がそれ以上言及してくることはなかった。



「アリアーヌ=オルグレンと申します。以後、お見知り置きを」


 実家に辿り着くと、リビングでは両親が待っていた。


「あらあら。ご丁寧にありがとうございます」

「流石は三大貴族の令嬢だ。こちらこそ、よろしく頼むよ」


 うちの両親ともに挨拶を交わす。アリアーヌはやはり、三大貴族の令嬢ということで挨拶はしっかりと丁寧に行っていた。


 普段は友人として過ごしているのだが、このような一面を見るとやはり彼女はお嬢様であると思う。


 その後、アリアーヌを含めて家族みんなで食事を取ることになった。


 彼女はいかに俺が破天荒なのか、という話をしていて、その度にみんな笑っていた。俺としてはごく普通に過ごしているつもりなのだが、みんなから見るとそうではないらしい。


 しかし、このような談笑の時に俺ことで笑ってくれるのなら……それもいいと思った。


「おにーちゃん! 一緒にお風呂に入ろっ!」

「そうだな」


 着替えを持っていき、ステラといつものように風呂を共にしようとするが……アリアーヌがそんな俺たちの様子を驚いた様子で見つめる。


「ちょっとお待ちなさい」

「うおっ! どうした?」


 服の襟首をぐいっと思い切り掴まれてしまう。そして俺は、彼女と向かい合う。アリアーヌは半眼でじっと、訝しそうに俺に尋ねてくる。


「もしかして、ステラと一緒にお風呂に入りますの?」

「無論だ」

「そうだよっ! いつも一緒に入ってるよっ!」

「……」


 その言葉を聞いて、アリアーヌは目を閉じて天を仰ぐ。そして、カッと開眼した瞬間。その声を思い切り上げるのだった。


「許せませんわっ! いい年の男女がお風呂を共にするなどっ! レイっ! ステラがお嫁に行けなくなったらどうしますのっ!」

「む……どういうことだ?」


 そして俺はアリアーヌから、年頃の男女が一緒にいることの危険性を伝えられた。もちろんその事実を知って、その場で震えて立ち尽くす。


 俺は今まで、そんな危険なことをしていたのか……?


「ば、バカな……そんな弊害が?」

「可能性の話ですけれど、しっかりとしないといけませんわっ!」


 アリアーヌの言葉は家族全員に伝えられた。両親もそろそろ問題かも……と実は思っていたらしい。


 そして、渋々ステラと別れて風呂に入ることになった。


 その代わり、アリアーヌがステラと一緒に入ってくれるらしい。


「お兄ちゃん! 離れ離れになっても、私たちの関係は変わらないよっ!」

「あぁ! 勿論だとも!」


 ガッチリと握手をしてから、抱擁も交わす。その様子を見て、アリアーヌは再びため息をついた。


「はぁ……なんというか、似たもの兄妹ですのね……」


 それはきっと褒め言葉だろう。


 ステラとは血は繋がっていないが、似たもの兄妹と言われて俺とステラはにこやかに笑うのだった。

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