第169話 合流


「あはは〜」

「失礼しますね」

「お邪魔しますわ」


 アメリア、レベッカ先輩、アリアーヌの三人と同じ席を共にする。


 配置としては、俺の隣にリーゼさん。


 対面には三人が座っているものとなっている。


 だが何というべきだろうか。妙に空気が重いというか……大きな圧力プレッシャーを感じるのは俺の気のせいなのか?


 そして、全員がそれから注文した品が揃う。


「さて、と。いやはや、美しい友情だね」


 依然として無感情な声色だ。しかし、顔はわずかに緩んでいるような……そんな気がした。


「自己紹介でもしようか。そちらの二人は初めて出会うからね」


 すると、リーゼさんは周囲に音が漏れないように結界を展開する。街中での魔術の使用は原則禁止だ。しかしそれはあくまで、気がつかれてしまうのがよくない……ということである。


 今回の使用は、暗黙の了解だろう。


「七大魔術師が一人。【虚構の魔術師】である、リーゼロッテ=エーデンだ。気安くリーゼで構わないよ」


 続いて、アメリアから順に自己紹介を続ける。


「アメリア=ローズです。よろしくお願いします」

「アリアーヌ=オルグレンですわ」


 そして、最後にレベッカ先輩の番がやってくる。


「以前お会いしましたが、レベッカ=ブラッドリィです」

「レベッカはそうだね。この前、少しだけ話をしたね。あとは、アメリアにアリアーヌ。うん。しっかりと覚えたよ」


 一人一人を指差して、名前を確認する。


 これは以前聞いた話なのだが、リーゼさんは人の名前を覚えるのがとても苦手とのことだった。


 複雑な魔術におけるコードの構成などは一瞬で覚えるし、学術系のことに関しては瞬間記憶に近いらしい。


 だが、名前はこうしてしっかりと確認しないといけないというのは……なかなかに大変だろう。


 それでもしっかりと向き合っているのは、彼女なりの成長なのだろうか。


 互いに人生を彷徨っている身の上だ。


 その中で、彼女はまずは見た目を変えることで前に進もうとしている。俺はそんな変化が、まるで自分のように嬉しかった。


「それでなのですけど」


 レベッカ先輩は半眼で、じっとリーゼさんのことを見つめる。


「この前とはとても装いが違いますね。何か心境の変化があったのでしょうか?」


 すると、紅茶を飲む手をいったん下ろしてから……彼女はとんでもないことを口にした。


「女が変わる理由なんて、一つしかないだろう?」

「……? それは?」


 ポカンとするレベッカ先輩だが、次の瞬間。


 この場の空気が完全に凍りつく。



「彼に出会ったからさ。レイ=ホワイトにね」



 と、俺の腕に絡みついてきて頭を右肩に乗せてくるのだった。


 流石にこの動作は予想していなかったので、俺も驚いてしまう。


「ちょ……!?」

「ふふ。ごめんね。でも、なるほど……ね。おおよその関係性は理解できたよ。やはり人の感情とは面白いものだね」


 ふと正面を見つめると、アメリアは厳しい顔つきになっており、レベッカ先輩はなぜかニコニコと笑っていた。


 その笑顔はいつもの二割増しに輝いて見えるが、やはり……あのときのような圧倒的な圧力プレッシャーがあるのは間違いなかった。


 一方でアリアーヌは、額に手を当てて「なるほど。そういうことですのね……」と呟いていた。


 一瞬の攻防。否、この錯綜を俺は理解できていなかった。


 やはり女性の人間関係とは完全なる理解は不可能。後日、改めて師匠に相談しに行くとしよう。


「さて。あまり年寄りがこの場に長居するのは、よくないね。今日はアメリア=ローズを借りて、失礼しようかな」

「え!? わ、私ですか?」


 アメリアは驚きの声を上げる。


 おそらく、俺が先ほどお願いしたことをすぐに実行してくれるのだろう。


因果律蝶々バタフライエフェクト。まだ完全に制御に置けていないだろう?」

「そ、それは……」

「特別に私が見てあげよう。同じ因果に干渉する魔術師としてね」

「えっと……いいのですか?」

「あぁ。レイと特別な約束をしたからね。支払いは彼がしてくれるようだ」

「「へぇ……」」


 と、アメリアだけでなくレベッカ先輩も俺のことをジッと睨みつけてくる。


 う……流石に二人分だと、なかなかに堪える。


「では行こうか」

「え? 今からですか?」

 

 唖然とした表情を浮かべる。


「もちろん。訓練はすぐにすべきだろう」

「えっとその……今日は疲れているかな〜なんて」

「ははは。そんな道理は私には通用しないよ。それに知っているよ。今までは身体強化に重点を置いていたんだろう? 今日は魔術に集中するからね。大丈夫さ」

「だ、大丈夫ではないと思いますけど」

「……ごちゃごちゃとうるさいから、さっさと行こうか」

「わ……ちょ!!?」


 リーゼさんは財布を取り出すと、その場に多めのお金を置いていってくれる。

 

 そしてそれと同時に、アメリアをスッと肩に担ぎ上げるのだった。見た目とは裏腹に、力はかなりあるようだった。


「支払いは任せたよ」

「う、うわあああああああん! どうしていつも、私はこうなのよおおおおおおおおおお!!」


 すっかり聞き慣れてしまったアメリアの悲鳴だが、それはどこか安心感というか、妙な感覚を覚えてしまう。


 そして、残った俺たちも食事を終えると外に出て解散するのだった。


「では、私はこれで失礼しますね」


 丁寧にその場で一礼をするレベッカ先輩。すると、アリアーヌの耳元で何かを囁いた。


「それではまた学院で」


 踵を返して、颯爽と去っていく彼女を俺たちは見送る。


「アリアーヌ。何を言われたんだ?」

「い、いえ……レイは知らない方がいいですわ……」

「そうか?」


 少しだけ顔が青ざめているのは気のせいではないだろう。


「よし!」


 パンパンと自分の頬を叩くと、彼女はいつものように大きな声をあげる。


「レイ! わたくしの家に向かいましょう!」

「オルグレン家の本家か?」

「はいっ! 文化祭前に約束しましたわよね?」

「あぁ。今日は時間もあるしな。伺わせてもらおうか」

「もちろんですわっ!」


 そして俺たちは中央区から、南区にある貴族街へと歩みを進めていく。


 思えば、アリアーヌとは学院が違うので頻繁に会うことは少ない。初めて会ったときは、俺が女装していた時だがそれももはや、懐かしいと思ってしまう。


「レイは、あれですわね」

「あれ、とは?」

「周囲に面白い人たちがいるんですのね」

「……そうだろうか?」

「えぇ。とっても魅力的な人が集まっていますわ」

「そうか。でもそれは、アリアーヌも同じだろう。君もまた、十分に魅力的だ」


 そう褒め返すと、アリアーヌは珍しくその頬を朱色に染める。


「な、なるほど……こういうことですのね……」

「どうした? 体調でも優れないのか?」

「いえ! 乙女たるもの、体調管理は万全ですわ!」


 その豊満な胸を張ると、ニカッと歯を見せて笑うアリアーヌはやはりとても魅力に溢れている。


 その性格から、彼女もまた周囲に人を集めるような人間だと俺も思っている。


「それにしても、七大魔術師は変わっている人が多いみたいですわね」

「……そうか?」

「まぁ、当の本人が自覚がないみたいですけれど」

「俺は比較的、普通だと思っているが……」

「変わっている人はみんなそう言いますの。それに、リーゼロッテさんもちょっとお茶目というか、二人をからかっているようでしたし」

「やはりそうか。そんな人ではなかったみたいだが、色々と心境の変化があったみたいだ」

「アメリアは任せて大丈夫ですの?」


 俺としてはリーゼさんとの付き合いはかなり短い。

 

 だが、彼女は信用に足りうる人間だと……直感にはなるが、そう思っている。


「あぁ。きっと、彼女ならば力になってくれる。それに、アリアーヌは俺が付きっきりで指導しよう」

「本当ですのっ!!?」


 その声色は、急にトーンが上がる。


 そんなに嬉しいものなのだろうか。


「七大魔術師でも最強の存在に指導してもらえるなんて、とっても嬉しいですわ!」


 素直な気持ちをぶつけられて、俺もまた少しだけ照れてしまう。


「それは光栄だ。ビシバシ鍛えていこう」

「レンジャー! ですわっ!」


 そうして俺たちは、オルグレン家へとさらに歩みを進めるのだった。

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