第168話 乙女たちの集い


「う……ん、苦しい……ですわ……」


 早朝。


 アリアーヌはいつものように目を覚まそうとした。いや、意識自体は覚醒している。では何が問題なのか。


「う〜ん。えへへ……」


 それは隣で寝ているアメリアが、ギュッと思い切りアリアーヌを抱きしめているからだ。


 今日は休日。


 折角の機会ということで、アリアーヌはアメリアの部屋に泊まることにした。幼い頃はよく一緒に寝たものだったが、成長してから一緒にこうして寝床を共にするというのは初めてだった。


 もちろん、互いに積もる話があり夜通しとまではいかないが、かなりの時間まで話をしていた。


 アリアーヌはそのような場合であっても、いつものように早朝に目が覚める。


 ここからすぐにトレーニングをしたいと思うが、流石に連日の訓練により、体は悲鳴をあげている。


 エインズワース式ブートキャンプ。


 決して軽んじていたわけではないが、かなり過酷なものだとアリアーヌは知った。アメリアが逃げ出すのも、理解できるほどには彼女もまたその厳しさを痛感していたのだ。


「アメリア。離してくださいまし」


 揺する。


 その体を何度も揺すったり、叩いたりしてアメリアの拘束を解こうとするが……一向に起きる気配はない。


「あっ……レイってば、そんなところ……あっ……だ、ダメだってば……えへへ……」

「……」


 アメリアが性に対して興味津々なのは知っている。


 三大貴族は抑圧された環境で育つため、アリアーヌも別にそのことに対して何か言いたいわけではない。


 だがこうも間抜けな顔で、ちょっとはしたないであろう夢を見ているというのは……少しだけ、引いてしまう。


「アメリアっ! 起きなさいっ!」

「……ふぎゃっ!」


 おおよそ、貴族の令嬢とは思えない声を上げる。


 鼻を思い切りたたかれることで、アメリアは否応なく起床することになった。


「い、いてて……ちょっと、何するのっ!」

「今の状況。ご自分で確認してみては?」

「……はっ!」


 気がつく。自分が思い切りアリアーヌに抱きついているということに。


 そして、今までみていた夢を照らし合わせることで……アメリアは顔を朱色に染める。


「あ、えっと……その、ごめんね?」

「別に構いませんけど」


 ベッドから出ていくと、ストレッチを始めるアリアーヌ。


 別に気にしてはいないが、ここ最近のアメリアはどうにも浮かれているというか……何というか。


 その件に関しては、昨晩語り尽くしている。


 それを踏まえて改めて思う。


 ──恋は盲目。よく言ったものですわ。


 あのアメリアがここまで変わるとは、と思わざるを得ない。


「さて、と。今日はどうしましょうか」

「あ。久しぶりに一緒に街にでもいかない?」

「いいですわね」


 お互いにパジャマから普段着へと着替える。アリアーヌは今回の泊まりに際して、着替えなどの衣服はしっかりと持ってきていた。


「よし、じゃあ行こうか」

「そうですわね」


 まだ筋肉痛で体は思うように動かない。しかし、久しぶりに二人で出かけることができるのだ。


 二人ともに、それに異論などあるはずがなかった。


 そうして外に出て行き、目指す場所は中央区。そこでショッピングでも楽しもうと考えていた矢先、アリアーヌは彼を見つける。


「あら? あれはレイではありませんの?」

「本当だ。レイも街に出てきてたんだ」

「合流しますの?」

「まぁ……アリアーヌがどうしても、っていうならいいけど?」


 紅蓮の髪を指先に巻き付けながら、チラッと見つめる。


 素直じゃない、というか昨日の晩に散々その気持ちについて語り合ったのに……恋する乙女とは本当に面倒なものである。


 そんなことを考えながら、口を開こうとするアリアーヌだったが……。


「あら? レイはもしかして、待ち合わせしていたのかもしれませんわね」

「え……あれって……?」


 そう。


 二人が目撃したのは、レイとリーゼロッテが出会った瞬間だった。


 レイにとっては偶然の出会いであるし、リーゼロッテとはまだ付き合いは短い。


 だが、第三者が見れば話は違う。


 仲睦まじく話しているように見える二人は、まるで長年の付き合いに思える。


 さらに特筆すべきは、リーゼロッテのその美しさだ。


 レイも決して悪くはないが美という観点に焦点を当てれば、リーゼロッテに軍配が上がるのは自明。


 というよりも、あんな美人の知り合いがいることにアメリアは慄いていた。


「あ……あれは、えっと」

「恋人とかではないと思いますが……」

「よし。調査しよう」


 二人で路地裏に隠れると、そっと顔だけを覗かせてレイたちの様子を伺う。


 すると後ろからどこからともなく、別の人間の声が聞こえてきた。



「そうですね。それがいいと思います」



 黒い髪を靡かせ、ニコリと微笑む麗しき人。


「れ、レベッカ先輩? どうしてここに……?」


 アメリアが何とか声を絞り出す。一方のアリアーヌは驚きすぎて、放心状態になっている。


「レイさんと一緒にお出かけしようと思っていたのですが、思わぬ伏兵と出会ったので。ここで待機してました」

「えっと……知っているんですか? あの人のこと」

「ふふ。知りたいですか?」


 勿体ぶる。


 そして、人の悪い妖艶な笑みを浮かべるレベッカを見て、アメリアは「ぐぬぬ」と内心で唸る。


「し、知りたいです……」


 自分よりもレイのことを知っている、と暗に言っているようなものでアメリアは今回は大人しく敗北を認める。


「リーゼロッテ=エーデン。虚構の魔術師ですよ」

「「きょ、虚構の魔術師!!?」」


 アメリアとアリアーヌの声が重なる。


 【虚構の魔術師】は、七大魔術師の中でもほとんどの者が存在を知らない魔術師だ。噂では、本当に実在しているのかも怪しい……というものもある。


 そんな人物が、まさかレイとあんな風に仲睦まじく話しているなど、予想できるはずもなかった。


「しかし、彼女はレイさんには興味がなさそうな感じでしたが……むむむ。これは分かりませんね」


 口元に手を当て、真剣な目つきで話をしている二人を見つめる。


 この中で、アリアーヌだけが浮いているというか……置いてけぼりだった。


 彼女はすでに、アメリアとレベッカの気持ちを知っている。


 アメリアの気持ちは本人から、レベッカの気持ちは昨晩、アメリアに聞いている──大部分は、愚痴というか……レベッカが相手ということで萎縮していたのだが──そのことを踏まえて、この場で冷静なのはアリアーヌただ一人だった。


 ──それにしても、二人とも熱心ですわね。


 確かにレイはいい男性だとは思う。


 だが、アメリアとレベッカがここまで熱中する理由は分からない。


 彼女は学院が違うということもあり、まだレイとの交流が浅い。彼の人間性をある程度は把握しているが、それはあくまで表面的なものに過ぎない。


 そして、アリアーヌは知りたくなった。


 この二人をここまで変えた、レイ=ホワイトという存在に少しずつ興味が出てきたのだ。



「よし! では、三人で付けますわよ!」



 高らかに宣言。すると、アメリアとレベッカはすぐに頷いてくれた。


 思えば、こうして三大貴族の長女で揃うのは幼少期以来。


 それが、レイを中心としてまた集まっているのだから、きっと彼には何かあるに違いない。


 【冰剣の魔術師】であること以上に、人間としての何かが。


 アリアーヌはそのように分析をしていた。彼女としても、ここまで一人の人間に興味を持つのは初めてのことだった。


 そうして三人は、レイとリーゼロッテに気がつかれないように細心の注意を払いながら、こっそりとストーキングを開始する。


 と言っても、伊達に七大魔術師ではない二人。

 

 自分たちに並々ならぬ視線が注がれていることは、すでに気がついているのだった。

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