四章 友情の果てに

第154話 覚悟と想い


「ふ……ふ……ふっ!」


 アリアーヌ=オルグレン。


 現在は、その美しい白金プラチナの巻いてある髪を、後ろで一つまとめている。


 彼女はいつものように、トレーニングに励んでいた。


 もちろん魔術的なものではなく、筋トレ。


 魔術も重視しているが、今は何よりも己が体を鍛えたかった。


 ディオム魔術学院での文化祭も無事に終了し、二学期も半分が経過しようとしている。


 残すところ、大きなイベントといえば12月25日にある、聖歌祭せいかさいくらいのものだ。


 アリアーヌはそう思っていたのだが……今年限っていえば、それは違う。


 彼女は、父であるファルクハルトからある話を聞いた。


「アリアーヌ」

「どうしましたの。お父様」


 上半身裸。


 その圧倒的な筋肉に負荷をかけながら、彼は告げる。


「今年の十二月。聖歌祭の前日。そこで、新しい催しが導入されることになった」

「……それは、貴族社会にですの?」

「いや、学院での話になる」

「学院……?」


 ピンとこない。


 アリアーヌは腕を組んで考えると、ある噂を聞いていたのを思い出す。


「もしかして……団体戦のことですの?」

「さすが我が娘だな! ガハハ!」


 大きな声を出して笑うフォルクハルト。


 そう。今までは、この王国の学院生にとっての大きなイベントといえば魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエがメインだった。


 だが、貴族会議。さらには、魔術協会などの会議で合意に至り、決定したのが……。


「名称は、大規模魔術戦マギクス・ウォー

大規模魔術戦マギクス・ウォー……ですの?」

「うむ。三人一組で戦う。詳しいことは、後日発表になるはずだ」

「なるほど……そうでしたの。でも残り、二ヶ月程度しかありませんわね」

「そこはこちらとしても、早く発表したかったが……なにぶん、魔術師の世界も色々としがらみがあるもんでな……」

「お察ししますわ」


 伊達に三大貴族の長女ではない。


 アリアーヌはもちろん、この魔術師の世界に関してはそれなりに知識があった。特に貴族社会に関しては。


 何か新しいことを始めようにも、前例がない……と言われて反対意見が出るのは自明。


 おそらく、今回の件も裏で色々とあったのだろうと彼女は察していた。


「その中で、一番重要な話がある」

「一番重要……?」


 ──いったい、なんでしょうか?


 そして、彼は娘に向かってこう告げた。


「今回の大会。今後は分からぬが、今年に限って三人一組のチームを組むのに学院での縛りはない。これはアーノルド魔術学院の学長、アビー=ガーネット氏の提案だが、無事に可決された」

「灼熱の魔術師が、そのような提案を?」

「そうだ」


 ポカンとした表情を浮かべるアリアーヌ。


 というのも、今まで各学院は敵対とまではいかないが、お互いにライバル視することで、切磋琢磨してきたからだ。


 それに、その学院に所属している一体感というものも重視していた。


 その話を聞いて、今回の件に関して色々と察するアリアーヌ。


 保守的な考えを持つ魔術師は、きっとこの大会のルールには反発するだろう。


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエと同じように、同じ学院内でチームを組むべきだと。そう主張するはずだからだ。


 だが、結果として残ったのは学院での縛りはなし。


 つまりは、三つの学院で自由にチームが組めるということだ。


「ど……どうしてそのような話に?」

「彼女だけではない。我々もまた、ずっと思っていた」


 いつにもまして、フォルクハルトは真面目な顔つきになる。


 筋トレをいったん止めると、遠くを見据えるようにして語り始める。


「今まで、各学院は良い意味でも、悪い意味でも、一つの場所にとどまりすぎた。だからこそ、それぞれの学院に特色が生まれた。バランスのアーノルド、物理のディオム、魔術のメルクロスとな。だが、ここで新しい風が必要と考えた。自分の持っていないものを持っている魔術師と組んでこそ、新しく見える景色があるからだ」

「……はい。確かに、それには同意しますわ」

「どうだ。アリアーヌよ。心が踊らないか?」


 一呼吸置く。


 どちらかといえば、アリアーヌは保守的な人間ではない。


 その自由な在り方から、彼女は革新的な人間だった。


 そして何よりも、新しいものを好む。



「もちろん! さいっこうに、心が躍りますわ!!」



 高らかに宣言。


 大規模魔術戦マギクス・ウォーの話を聞いたときは、同じ学院で誰と組もうか考えていたアリアーヌ。


 だが今は違う。

 

 彼女はすでに、別の学院の人間と組みたいと……そう思っていた。


 もちろん、相手は決まっている。


「ふ……さすが我が娘。期待しておる」

「はいっ!」


 こうしてアリアーヌは、新しい自分を手に入れるために意気揚々とトレーニングを再開するのだった。



 ◇



「ふ……ふ……は……!」



 一室。


 そこでトレーニングを重ねているのは、アルバートだった。


 室内に滴る汗。それを拭うことなく、彼は淡々といつものルーティーンを続ける。


 上流貴族である彼は、寮では一人部屋だ。そのため、こうして自室でトレーニングを重ねても誰にも文句を言われることはない。


 文化祭を無事に乗り切り、今後は特に大きなイベントはない。


 それでもアルバートはトレーニングを欠かさない。


 レイに敗北し、前に進むと決めたその日から鍛錬を続けているからだ。


「……よし」


 いつものトレーニングを終了すると、椅子に座ってから水分を補給する。


 アルバートは、初めは不安を感じていた。


 このトレーニングをしても、本当に成長できるのか。もっと大きなことをしなければならないのではないか。そんな思いから、様々な人間にアドバイスを求めた。


 レイに部長、エヴィ、その他の魔術師に話を聞いて回った。


 だが一貫して、彼らが言うことは同じだった。


 劇的に、急に成長することなど、あり得ないと。


 毎日の小さな研鑽こそが、自分を遠くにまで連れて行ってくれるのだと。


 今日という一日を無駄にしないからこそ、振り返ってみるといつの間にか成長しているものだと。


 アルバートは数多くの話を聞いて、そう結論付けた。


 焦ることはない。


 ただ愚直に、まっすぐ進めばいい。


 不安はある。焦燥感もある。


 だからこそしっかりと今日という一日を積み重ねるのだ。


 その思いから、彼はトレーニングを続けていたが……今日だけは感情がどうしても昂ってしまう。



「……大規模魔術戦マギクス・ウォーか」



 彼もまた、公式発表がある前にすでにその情報は手に入れていた。


 三人一組で戦う魔術戦。それが、大規模魔術戦マギクス・ウォー


 形式は、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエと同じで予選があり、本戦はトーナメント形式。


 そして何よりも、チームメンバーは同じ学院の生徒には限らない。


 アーノルド魔術学院。

 ディオム魔術学院。

 メルクロス魔術学院。


 その垣根が完全に取り払われたのだ。


 彼としては、驚きだった。まさか、ここにきてそのような決断をするとは……と思わざるを得ない。


 本来ならば、レイとそれにエヴィと組んで出てみたいと思っていた。


 きっと二人ならば、了承してくれるとも思っている。


 だがアルバートは考える。



「……本当にそれでいいのか?」



 自省。


 自己を省みる。


 確かに、仲間と共に出場するのはいいだろう。魔術の特性も分かっている上に、連携もしっかりと取れる自信を彼は持っていた。


 だがそれは、ただの甘えではないだろうか。


 考える。


 自分の成長にとって、決して今の仲間が必要ない……ということではない。


 ただ、その環境にいてしまえば自分はきっと甘えてしまう。


 アルバートにはそんな予感があった。


 それに何よりも、彼が思うのはこの一点だ。



「またレイと……戦えるのかもしれないのか」



 レイと戦う。


 一対一の対決ではない。以前のような、私情に塗れた決闘ではない。


 その可能性はある。最近は、調子もいいとレイから聞いているアルバート。出場してくる可能性も、ゼロではないと思っていた。


「……はは。全く俺は、情けないな」


 レイと戦うことを意識すると、手が震える。


 あの時のことを思い出すと、やはりレイは別次元の存在なのだと認識せざるをえない。


 あの年齢にして、七大魔術師……それも最強の冰剣に至っているのだ。


 その才能は魔術師の世界でも最高峰。


 それだけは、間違いない。それにレイは、努力もできる。しっかりと研鑽を積んでいるのは、アルバートも知るところだ。


 でもだからこそ、アルバートは……。


「戦ってみたい。またレイと……」


 そう思っていた。


 怖さはある。だがそれを受け入れた上で、またレイと戦ってみたいと。


 今の自分がどこまで届くのか。


 それを彼は知りたかった。


 こうして、それぞれの想いが再び交錯することになる、大規模魔術戦マギクス・ウォーが幕を開けようとしていた。

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