第155話 チームを組みますわ!


「わたくしと一緒に、大規模魔術戦マギクス・ウォーに出て欲しいんですの!」

「……え?」


 唐突なアリアーヌの言葉。


 そして彼女は、とある資料を俺に渡してきた。


「これは……?」

大規模魔術戦マギクス・ウォーの資料ですわ。実際は、明日から公開ですけれど」

「拝見しよう」


 その資料に目を通す。


 まず開催される時期は、二ヶ月後。聖歌祭の前日になる。


 チームは三人一組。


 チーム戦では、拠点占有と攻城戦を採用するらしい。フィールドは拠点占有に関しては、カフカの森。攻城戦に関しては、王国の北の最奥にある古城を使うとか。


 確かにあれは今まで放置されていたものだが……これを機に、利用しようということみたいだ。


 さらに特筆すべきものは……チームを組む際に、学院での縛りはないということだ。


 これは流石に、俺も驚いてしまう。


「アリアーヌ……」

「なんですの?」

「学院での縛りがない。本当なのか?」

「えぇ。間違いありませんわ」

「そうか……」


 にわかには信じがたい話だ。


 俺もこの学院にやってきた半年以上が経過した。


 それに、貴族社会についても師匠にある程度は話を聞いた。


 その上で、このような革新的な案を採用するとは考えがたい……いや、言い過ぎかもしれないが保守的なこの社会で、新しいイベント。


 さらには、新しいルール。


 もしかすれば俺の知らないところで、色々な思惑があるのかもしれない。



「なるほど。概要は理解した」



 そう言って俺は、その資料をアリアーヌに渡す。


 彼女はキラキラとした瞳で、俺のことを見つめてくる。


 心なしか、その白金プラチナの髪もまた艶々としているような気がした。


 それに今日はポニーテールにまとめていて、いつもと印象が違って活発的に見える。おそらく学院までは走ってきたのだろう。髪が微かに乱れているので、間違いはない。


「わたくしとレイ、それにアメリアでいきますよ! 目指すは優勝ですわ!」

「少し、待ってほしい」


 とりあえず興奮しているアリアーヌを落ち着かせる。


「? なんですの? とりあえずアメリアのところに向かいますわよ!」


 と、意気揚々と女子寮に向かうアリアーヌだが、俺はその肩を掴んでその場に止める。


「……どうしたんですの?」

「アメリアの参加は理解できる」

「はい」

「どうして俺なんだ? 特に実績もないが」


 彼女は俺が【冰剣の魔術師】ということは知らない。


 一般人オーディナリーである俺を、誘うのは……どうしてだろうか。


 もしかしてアリアーヌは、何か知っているのか?



「レイにはアメリアを導いた実績がありますわ!」



 高らかにその大きな胸を張って、そう宣言する。


「今回の件に当たって、レイのことは聞いて回ったんですの。アメリアをどうやって鍛えたのか」

「ほぅ……」


 まずは話を聞いてみることにした。


 アリアーヌは悪い人間ではないが、三大貴族の令嬢。気をつけておいて、損はないだろう。


「聞けば、かのエインズワース式ブートキャンプを実行したとか」

「そうだな。ある程度は調整したが、アメリアはあの訓練を乗り切った」

「ふふふ……やっぱりそうでしたのね。そして、レイの実戦能力は随一とも聞きましたわっ!」


 じっと俺のことを見据える。その顔は、どこか得意げだった。


「レイが只者じゃないのは、もう分かっていますのよ?」


 ニヤリと笑うアリアーヌ。


 そして俺は、軽く肩をすくめる。


「敵わないな。アリアーヌには」

「ふふっ……でしょう?」


 今度はにこりと、とても魅力的な笑顔を見せる彼女はとても美しかった。


 回りくどいことはせずに、ただまっすぐそう言ってくるアリアーヌの性格は、やはりとても好感のもてるものだ。


「それで、参加してくれますの?」


 考える。


 俺は、参加しても良いのだろうか。


 今の状態としては、正直にいって悪くはない。


 先輩の件を経て、俺の能力は確実に戻りつつある。


 今まではただ静観しているだけだった。しかしあの魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエを観戦して、俺もまた戦ってみたいと思ったのは間違いない。


 師匠にも少し相談してみるが、今のところ前向きな返事をしても良いのではないかと思った。


「そうだな……少し相談したい人がいるが、俺は参加してみたいと思っている」

「なるほど。レイにも色々と事情があるようですわね。良いですわ。とりあえずは、仮ということでいかがでしょう?」

「あぁ。それでよろしく頼む」


 俺たちは握手を交わす。

 

 その後、二人でアメリアの自室へと向かう。おそらくこの時間は、寮にいるはずだ。


「その。どうしてレイが部屋の場所を知っていますの?」


 怪訝な表情で、アリアーヌがそう尋ねてくる。


魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの時には、早朝に迎えに行ったことがあったからな。と言っても、朝からうるさいということですぐに禁止されてしまったが」

「ふふ。レイらしいですわね」


 そんな会話をしていると、アメリアの部屋にたどり着く。


 女子寮に入るのは基本的には禁止されているが、ディーナ先輩に事情を話すと「今回は特別に良いわよ。でも、他の生徒にバレないようにしなさいよ」と、言われた。


 そのため、細心の注意を払ってこうして歩みを進めている。


「ここだ」

「では、わたくしが。アメリア、わたくしです。アリアーヌですわ」


 アリアーヌそう言いながらがノックをすると、中からドタバタと物凄い音が聞こえてきた。


「む? 何か問題が?」

「いえ。きっと、読書でもしていたのでしょう。わたくしには、覚えがありますので」

「読書をしていて、どうしてあんな音が出るんだ?」

「それは……まぁ、乙女にも色々とあるんですのよ」

「そうか……」


 いまいち釈然としないが、とりあえずは納得しておく。


 師匠にも、女性のことは深く考えるな……と言われているしな。やむに止まれない事情があるのだろう。


 そうして待っていると、バンっと勢いよくドアが開いた。


「お待たせ! って……あれ? レイもいるの?」

「あぁ」

「ふーん。今度はアリアーヌなの?」

「なんのことだ?」

「別に! まぁ……入ってよ」


 アリアーヌと二人、アメリアの自室へと入る。


 基本的には寮の部屋に変わりはないが、アメリアは一人部屋なので広々としている印象だった。


「二人とも座って。どうせあのことでしょ」


 と、座るように促されるので席につく。


 そしてアメリアが三人分の紅茶を淹れて持ってきてくれる。


 それをテーブルに置くと、三人で話し合いを始める。


「単刀直入に言いますわ。わたくしたちと、大規模魔術戦マギクス・ウォーに出て欲しいんですの!」


 アメリアはその言葉を聞くと、少しだけ考える素振りを見せる。


「私は別に良いけど……その。ここにレイがいるってことは……」

「師匠に相談する予定だが、俺は出たいと思っている」

「調子はいいの?」

「個人的な所感だが、悪くはない」

「そっか」


 二人でそんなやりとりをすると、アリアーヌがそれに入ってくる。


「レイはどこか調子が悪いんですの?」

「それは……ねぇ、レイ。もしチームを組むなら、アリアーヌにもちゃんと説明しておいたら? 色々と事情はあるかもしれないけど、周りにバラすような性格じゃないと思うし……」

「そうだな……」


 アメリアが言っているのは、俺の過去のこと。


 とりわけ、今は【冰剣の魔術師】であることだろう。


 確かにチームを組む上で、俺の素性は話しておいた方がいいとは思う……。


 あまり広がるのは困るが、アリアーヌは人の秘密を安易に広めるような人間ではないだろう。アメリアもそう言っているし、俺も彼女のことは信用している。


 そして俺は決断した。


 今までの件を経て、友人には誠実に向き合いたいと思っているからだ。


「そうだな。ちゃんと話しておくべきだろう」

「? なんの話ですの?」


 俺は隣にいるアリアーヌの方に顔を向けると、その美しい瞳を見つめながら、こう言葉にした。



「アリアーヌ。俺は、当代の【冰剣の魔術師】だ」

「え……は……?」



 ポカンとした表情を浮かべるアリアーヌ。


 そうして俺は、彼女に自分の過去を語るのだった。


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